第101話 沖縄で海遊び

「……ゆうくん、起きて? もう9時だよ?」



結花に優しく揺さぶられて、俺は目をゆっくりと開ける。

なんだ、9時か……えっ、もう9時!?


結花は俺が起きるまで待っててくれたらしい。遅めの朝食を2人で一緒に取る。



「今日は海に行くんだよね?」


「うん! ……ごめん、起きるの遅かった」


「大丈夫だよ、もともとお昼から行く予定だったから」



結花は昨夜の様子とは打って変わって、普段通り落ち着いているみたいだ。


俺、結花のこと直視できないんですけど……。


まだどきどきしてる感覚が残ってるのは俺だけなのだろうか。結花があまりにも普段と変わらない様子だから、それはそれで気になる。


昨日のテンションの結花なら、「海はいいから、私と一日中部屋にいよう?」って朝から甘く誘ってきそうだけど。


俺たち、昨日なにか変なものでも食べたかなあ……。



◆◇◆◇◆



(ゆうくん、昨日のことあんまり意識してないのかな……?)


私は一緒に朝食を取りながら、ちらちらゆうくんの方を見る。



そのあと、ゆうくんが私の分のお皿まで下げてくれるときに、手が触れ合ったのもなんだか普段以上にどきどきしてしまった。


昨日もう少し攻めた方が良かったのかな、でもゆうくんを押し倒したのが限界だよ……。


漫画でよく見るぐるぐる回ってる目になってそうだな、と私は思いながら着替えはじめた。



◆◇◆◇◆



俺たちはホテルを出てすぐの海に向かう。


結花は上にラッシュガードを羽織っている。

しかし、海に入るのが待ちきれないのか前のファスナーを半分ほど下ろしている。



「ゆうくん、行こ行こ!」



俺の手を引いて結花は走り出す。俺もあわててそのスピードについていく。


ファスナーの間から、谷が覗いてるんですけれど……。


俺はそのことを言うべきか迷う。

まあ周りに人いないからいいか……。



最近結花が実は小悪魔系なんじゃないか、って俺は密かに疑ってる。

全部計算ずくだったりするのか……?


でも、心からの笑顔で俺の手を引いていく結花を見たらそんなのどっちでもいいや、可愛いから。って風に俺の思考は収束した。


それに、俺にしかこの感じじゃないし。……なんか自意識過剰みたいで恥ず。



俺たちは波打ち際までやってきた。


浜辺はほぼ透明な青で、沖の方に目をやるとどんどん青が濃くなっていっている。



「なにする?」



俺が聞くと、結花は2人用の浮き輪を取り出して膨らませはじめる。

結花がチューブに一生懸命息を吹き込んでるのをじっと見てしまう。特に口元を。



「こんな感じかな。ん……どうしたの、ゆうくん?」


「いえ、なんでもないです」



俺は自分の脳内がピンク色すぎることに若干引きつつ、真顔を頑張って作って答える。



「……? まあ楽しもうね、ゆうくん!」


「うん!」



俺たちは波打ち際から沖の方に移動して、浮き輪にのる。結花はラッシュガードを脱いで、白い肌をあらわにしていた。



プカプカと浮かぶ浮き輪の上で、透明な海を楽しむ。

お、魚いるじゃん。



「……もっとこっち見て?」


「へ?」



俺は視線で魚を追いかけるのをやめて、顔をゆっくりと上げる。


結花もそんなこと言う予定じゃなかったのか、ちょっと慌ててる。



「あ……ゆうくん、朝からなんだか普段通りだなって。昨日のこと……あんまり意識してないのかなと」


「いやいや、そんなことないよ! 逆にちょっと恥ずかしくて直視できないというか」


「そっか。なら私も、おんなじかも」



結花は少し恥ずかしそうで、嬉しそうだ。


俺もなんだか恥ずかしいような……このままぎゅっとしたいような謎ムードになる。


……俺たちは海遊びに来たんだよ?



「ま、まあ……海は楽しまないと損だよ?」



そう言って俺は水をかけようと構える。水鉄砲隠し持ってて良かった。



「うん、ゆうくんの言う通りだね」


「!?」



結花もなぜか水鉄砲を持っていた。そうか、ラッシュガードで隠してたのか。



「ゆうくんが持ってきてるの、気付いてたんだ」



結花はそう笑いながら言う。



「じゃあ浮き輪から降りて……やりますか」


「うん!」



俺たちは互いの顔を見てうなずいて、浅くなってるとこではしゃぎまわりはじめた。




俺たちはお互いに水をかけあってはしゃぐ。



「うおっ……やったな?」



結花の水鉄砲から飛んできた水が、俺の顔面に命中する。うへえ……けっこうしょっぱいな。



「ご、ごめん……?」


「そう言いながら逃げていくの、やめよう?」



俺は、水鉄砲を片手に砂浜を駆け回って、結花を追いかける。


砂浜を踏みしめる音がなんだか気持ちよい。


俺は結花に波打ち際で追い付いて、しゃがんで水を両手いっぱいにすくう。


結花も同じようにして、2人で水をかけあう。



「ゆうくん、びしょびしょだね」


「結花こそ」



頭から海水を被ってしまった。びしょ濡れな様子がおかしくて、お互いに顔を見合せて笑った。




夕方まで遊びまくったので、2人とも疲れきって、砂浜に腰を下ろす。



「この砂、星の形してるね」


「星砂かあ」



結花はそれらの1つを拾い上げて、沈みかけている夕日にかざして見る。



「ゆうくんと一緒に沖縄に来た証、だね」



そう言いながら微笑む結花の横顔に俺はぼーっと見惚れる。結花の笑顔が、なんだか眩しく見えた。


なんだか夏の終わりみたいな、充実感とほんの少しの寂しさが俺の胸の中に広がる。


……まだ春も始まったばっかりだろ。



俺はゆっくりと立ち上がると、砂浜に座っている結花に手を差し伸べる。


結花が俺の手を包み込むように取って立ち上がる。

結花が立ち上がってからも、俺はその手をぎゅっと握って離さない。



「沖縄も楽しかったね、まだまだ1週間ぐらい遊びたいな」



俺はそう呟いて、結花に優しい視線を向ける。



「うん、明日には帰らないといけないけど……」


「じゃあ、明日までいっぱい楽しみますか」



俺は自分自身にも言い聞かせるように言う。



「そうと決まれば……ホテルに戻ろっか、ゆうくん」


「あ、ちょっと待って」



俺はラッシュガードを手に持って戻ろうとする結花を引き留める。



「どうしたの?」



足を止めて、振り返った結花に近付く。


俺は夕日が砂浜を照らすロマンチックな光景に後押しされて、結花にそっとキスをする。


結花が持っていたラッシュガードが、ばさっと砂浜に落ちる音がした。



「……いきなり、だね」



結花は熱を帯びたような表情をして、言う。



「あ、ごめん……つい」


「いやいや、私は嬉しいよ?」



とりあえず謝ることにした俺に、結花は微笑んでそう言ってくれる。



「昨日の続き……するの?」


「あ、いや……それは……」



昨日の夜は結花とずっとイチャイチャしてて、今日起きるのが遅くなったことを思い出す。


明日帰らないといけないのに、間に合わなくなる気がするんですが。



「……ゆうくんが仕掛けてくるのがいけないんだよ?」



「じゃ、戻ろっか?」と言って、結花は俺の手を引いていく。


結花が小悪魔すぎて怖い。いやまあ嬉しいけどね!


……とりあえず、部屋に戻ったら結花に可愛いらしい角とか尻尾とか生えてないか確認しよう。





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