第42話 お花畑デート

土曜の朝。


ワンピース姿の結花が俺が出てくるのを待っていた。


「今日すごく楽しみにしてたんだー!」


「俺もだよ。じゃあ、さっそく行こう?」


 スマホのカメラじゃなく、性能が高いカメラをわざわざ買ってくるレベルには楽しみにしてた。


「うん!」


朝早くから俺の家に集合して、国営ひたち海浜公園を目指す。


ラッキーなことに雲ひとつない快晴だ。


今日のMVPは移動性高気圧だな。ありがとう。


「わー、すごい!」


少し遠くに黄色の絨毯のような菜の花畑が広がっている。

あ、ネモフィラは5月ぐらいに咲くらしいです。時期が違ってたらしい。

 またゴールデンウィークとかに行くべきかな。


「行くよ、ゆうくん?」


「お、おー」


結花は俺の手を取っていきなり走り出した。


結花は弾けるような笑顔で、菜の花畑までの野原を走る。


「ついてきてね?」


「うん」


それ、俺が言いたかったんだけど。


格好いい表情で言われたら普通に「うん」って返すしかないよ。


「着いたー!」


はあ、きっつ。

結花のスピードけっこう速かったんだが。

まあめちゃくちゃ楽しそうな結花を見るとそのきつさも一瞬で忘れてしまうんだけどね。


白のワンピースを着て、麦わら帽子を被った結花が黄色の菜の花畑の中に立っている。


もともと花だけで美しい風景はほぼ完成されているが、そこに結花がいることで絵画的な美しさになる。誰かこんな絵描いてたよね。誰かは忘れたけど。


「写真撮ろっか?」


「あ、うん! お願い!」


両手を合わせてお願いされる。……あと上目遣いも見られたら最高でした。

俺の方が高いけど、そこまで身長差ないから見られないのが残念だ。 セノビック飲むか。 



結花から少し離れたところでカメラを構える。


ほんとモデルみたいだな。


透明感が溢れてる。写真集作ったら売れそう。


まあ、こんなに可愛い結花を知っているのは俺だけでいたいのでもちろん世の中には出回りません。俺が全部買い占めるので。


静かに菜の花の中に佇む姿は美しさの象徴みたいだ。女神がいるとしたら、その姿は結花みたいだろうな。


「撮るよー」


俺はそう声をかけて、シャッターを切る。


風で少しはためいている白のワンピースがいい感じだ。爽やかさを感じる。


そして、太陽が上がってきてちょっと眩しそうな結花の笑顔も自然な美しさにつながってると思う。


 いいカメラ買ってて良かった。大活躍だ。



「撮れたよー」


「ありがと、あとで一緒に見よー?」


「もちろん!」



「ゆうくんもこっち来てー」


手を大きく振って、少し遠くにいる結花が俺を呼ぶ。

こういう子供みたいな仕草も普段とのギャップで可愛いんだよな。


「うん、いま行くー!」


可憐な菜の花を傷つけないように、それでも上げられるだけスピードを出して結花のもとに駆け寄った。


春らしい爽やかな風を顔に感じる。


「寝転がったら気持ちよさそうだね」


「そうだね」


あとで野原で寝転がってみるか。


「まだ色々あるから回ろー?」


「そうだね!」


俺たちはゆっくりと公園内を回ることにした。


とりあえず次に向かうところを決めるために園内マップを2人で眺める。流石に国営公園なだけあって広い。


 あ、東京ドーム○個分って例えは東京都民からしてもわかりにくいと思います! 代わりの例えは思いつかないけど。


「遊園地とかあるんだねー」


「ほんとだ」


公園は色々なエリアに分かれていて、BMXのコースとかもあったりする。


話し合いの結果、レストラン→アトラクション→野原ということになった。計画の段階では、行きたいとこしか決めてなかったな。


レストランで軽く昼食を取ったあと、アトラクションのところまで歩いていく。


「ジェットコースターとか乗ってみる?」


「え、ちょっと怖いかも……」


ジェットコースターを見て、珍しく結花が少しびびってる。

前観覧車乗ったときは普通だったのにな、スピード出たら怖いのかな。


……これは!

格好いいところを見せるチャンスなのでは?


立場が逆なら「私がいるから大丈夫だよ、ゆうくん?」って言ってたと思うな。それはそれで栄養が補充できそう。


「まあ、ゆうくんがいるなら安心だね」


そう言って結花は笑ってみせる。


ジェットコースターに乗る前から俺の心は結花の言葉でジェットコースターみたいに激しく動いてるんだが。


「……やっぱりちょっと怖いかも」


ジェットコースターの座席に座った結花がぼそっと呟く。たしかに、高さは意外とある。


「え、大丈夫?」


「うん」


 俺は珍しく怖がっている結花を見て、緊張を取ろうとその手に触れる。結花は、ぎゅっと俺の手を握ってきた。


ここで怖がってたらUSJは行けないぞ?

ゆっくりとジェットコースターは動き始める。


最高点に到達してからはかなりのスピードで流れるように走っていく。

隣をちらっと見ると、いつもより少しだけ表情が固いような結花の姿が目に入った。

綺麗な黒髪が強い風に吹かれている。つい前の景色よりもそちらに気を取られてしまった。


乗ってた間は2分ぐらいだったけど、いつもの2分より長く感じられた。


「芝生のとこ、行こ?」


結花は流石にジェットコースターで疲れたのか、朝みたいにダッシュはしない。それでも、朝と同じように手を繋いで一緒に芝生を目指す。

到着すると2人とも芝生に寝転がる。


「気持ちいいね」


「うん!」


手入れが行き届いている芝生はふかふかだ。


そよ風が優しく顔を撫でる。


どこまでも雲ひとつない青空が続いているように感じられる。


なんとなく手をつなぎたくなって、結花の方に手を伸ばす。結花も同じように思っていたのか、お互いからの距離のちょうど中間地点あたりで柔らかな手と出会う。


「ずっとこうしてたい」


「うん」


結花は顔をこっちに向けて、可憐な、美しい花のような笑顔を見せる。



ずっとごろごろしていたいところだったけれど、閉園の時間が近づいていることを知らせる園内アナウンスが聞こえてきた。


17時閉園らしい。そろそろ公園を出ないとな。


「また来ようね」


「うん、そうだね」


年間パスポートを買うべきだっただろうか。まあ、いいか。


「結花と一緒なら、どこでも楽しいね」


帰り道、気づいたら本心からの言葉が漏れていた。


「私もだよ」


言わなくてもお互いわかっていることだけど、言葉で確かめ合うことのときが一番心があたたまる。人間関係の基本は同意だと思う。


「夕日、綺麗だね」


夕日が俺たちの帰り道を鮮やかなオレンジ色に染めていた。




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