第10話 伝えたいこと
「だから、優希くんに伝えたいことがあるんです」
「ーーもっとそばで一緒に過ごしてもいいですか?」
一ノ瀬さんは、ゆっくり1歩俺の方に踏み出して言う。綺麗な黒髪が揺れて、あたたかな風が吹いてきたかのように感じた。
「……もちろん!」
「ありがとうございます」
まだちょっと泣きながら、でも聖女みたいな微笑みを見せてくれた。
一ノ瀬さんにはやっぱり笑ってて欲しい。
「ーー俺も、一ノ瀬さんに伝えたいことがあるんだ」
(このタイミングなら伝えてもいいよね?初めのプランとは違うけど)
ここで想いを伝えないでいつ伝えるんだ?
俺は少し考えて腹を決めた。
そして一ノ瀬さんの顔を見ーー
「え?」
寝てる。……入眠速度が某アニメキャラぐらい速くないですか?
しかもがっつり俺に寄りかかってる。
一ノ瀬さんが呼吸するたびに、服がちょっとだけ擦れて、くすぐったいような気持ちになる。
「まじかー……」
このレベルの大チャンスはそうそう来ないのに。。
まあ、今日は朝から来てくれてたから、疲れもあったんだろう。
(今何時だ……?)
……もう21時過ぎてるんだけど……? いつこんなに時間は溶けたの?
えー、どうしようか。
今起こすのも可哀想だけど、家帰らないといけないだろうし……。
……仕方がない。
起こそう。
俺は一ノ瀬さんの、抱き締めたくなるほどにリラックスしきった寝顔を眺めながら、しばらく考えて決める。
「ごめん、一ノ瀬さんー」
俺は、どう起こすべきか迷ったのち、普通に声をかけて起こすことにした。……正直に言うとほっぺツンツンしたかったです、はい。
「んー、まだ寝てたいです…… はっ」
一ノ瀬さんは、目を擦りながら甘えるように言う。視界がはっきりしてきて、俺の姿を捉えたみたいだ。
「ごめん、疲れてたよね?」
「す、すみません!」
「いや、大丈夫だよ。 一ノ瀬さん、帰らないといけないかなーと思って」
「そうですね……でも今日は泊まらせてもらってもいいですか……?
あ、優希くんが大丈夫ならでいいですけど……」
一ノ瀬さんは、ちらりと時計を見てから考えて言う。確かに、もうそろそろ22時になろうかとしているから、夜道を高校生2人で歩くよりかはその方がいいだろう。
「え、大丈夫なの?」
「はい、母には一応連絡します」
(まじか……!)
夏休みの最初からこうなるとは思ってなかった。
正直嬉しすぎる。叫んでもいいですか?
しかし、問題が1つ。ベッドが俺のしかない。
「もっと一緒に過ごしていいですか?」っていう6割ぐらい告白みたいなこと言われたけど、流石に一緒に寝るのは大丈夫ではないだろ……。
俺は床で寝るかな。
「一ノ瀬さんはベッドで寝ていいよ、疲れてるだろうから」
「優希くんはどうするんですか?」
一ノ瀬さんは心配そうに聞く。
「床で寝るよ、たまにやるから大丈夫」
俺は、床に敷かれたカーペットを指差しながら言う。……疲れてるときは帰ってそのままあそこで死んだように寝るんだよ。そして翌日、身体中が痛みを訴えてくる。
俺の生活、新卒1年目で一人暮らし始めた人みたいだな。
「……大丈夫じゃないです」
一ノ瀬さんは、目を伏せて申し訳なさそうに言う。
「あはは、まあ気にしなくていいから」
一ノ瀬さんが快適に寝られるなら、これぐらいなんてことない。
「気にします……! 優希くんが嫌じゃなかったら一緒にベッド入りませんか? ……わ、私は嫌じゃないです」
頬をちょっと赤く染めて、恥ずかしそうに聞いてくる。最後の方はとても小さくてあまり聞こえなかった。
「え、一ノ瀬さんがいいなら」
予想外の言葉に、嬉しいような、恥ずかしいような気持ちが沸き上がってくる。
それを隠そうとして、確認を取ろうとする。
「……いいですよ?」
俺たちは、2人が入るには少し小さいベッドにもぞもぞと入る。
近くで顔を見るのがちょっと恥ずかしいから、俺は反対側を向いて寝ることにした。
自分のベッドで、一ノ瀬さんと一緒に横になっているというシチュエーションのおかげで、眠気はどこかへ行ってしまい俺の目はばっちり冴えている。
「今日は……本当に、ありがとうございました」
布団に入ってしばらくして、一ノ瀬さんが俺の背中に優しくつんつん触れてから、おもむろに口を開いて言う。
「いや、いつも俺ばっかり助けてもらってるから……もっと普段から頼ってもらっていいよ」
俺は一ノ瀬さんの方をゆっくりと向いて言う。
「分かりました……! おやすみなさい、優希くん」
「うん、おやすみー」
一ノ瀬さんはすぐに寝てしまった。すぅ……すぅ……と甘い寝息が、すぐとなりから聞こえてくる。
おやすみなさい、という一ノ瀬さんの声が、何度も脳内を巡る。その度に、俺は口元が緩んでしまうような気がした。
(そんなに俺のこと信用してもらって大丈夫なんですか……?)
男子に対する耐性があるのかないのか分からないんだよなあ。
結局俺は、隣で無防備に寝る一ノ瀬さんのことを意識しまくって、心臓バクバクで朝までろくに寝られなかった。
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