第9話 家事代行の理由

期末テストが終わってから、あっという間に夏休みが来る。


 1学期の期末後とかウイニングランみたいなもんだしな。とりあえず席に座っておけば勝ち。


「夏休みは家事代行どうしますか?」


終業式の日、帰ろうとすると一ノ瀬さんに声をかけられる。


「んー、いつも来てもらうのは申し訳ないし……」


「いや、いつでも時間あるので毎日でもいいですよ?」


 凄く有難い。

 でも自分の家で過ごさなくていいんだろうか……?

 あと家族には何て言ってるんだろうな。


(そろそろそこらへん聞いてみてもいいよね?)


俺は、「じゃあ、早速明日から行きますね?」と俺にだけ聞こえる声で言ってくれた一ノ瀬さんの顔をぼーっと眺めながら思った。




 夏休み1日目。

 朝から一ノ瀬さんが来る。

 いちおー昨日の午後のうちに掃除はしておいた。


「今日もよろしくー」


「はい、よろしくお願いします」


 今日も美味しいお昼ご飯を作ってもらって、夏休みの宿題も一緒にやって家事代行の終わりの時間が来た。


「じゃあ今日はこれで終わりますね」


「うん、ありがとう。 あ、ちょっと時間ある?」


「はい、ありますよ?」


一ノ瀬さんは俺の方を不思議そうに見ながら答える。


「……夏休みいつも来てもらえるのは凄く助かるんだけど、一ノ瀬さんの家のことは大丈夫なの?」


 俺がそう質問すると、少し一ノ瀬さんの表情が曇る。


「……帰っても結局1人なんです」


その声からは、寂しさがひしひしと感じられる。


「……そうなんだ。俺で良ければ話聞こうか……?」


俺はつい、そんなことを口走っていた。……もう、俺が一ノ瀬さんの支えになろうとしてもいいよね。

恋愛感情抜きにしてもだ。


「有難いんですけど、長くなるので……」


一ノ瀬さんは一瞬表情を緩ませたけど、また曇った表情に戻る。


「大丈夫だよ」


俺は一ノ瀬さんに頷いて見せる。


「……私の親は片親なんです」


「……!」


予想外の言葉に驚きを隠せない。


「父は私が小さい時に亡くなってしまって……今は母だけなんです」


「……そうなんだ」


「母は私が今の環境のまま過ごせるように働いてくれているんですが……毎日夜遅くまで働いていて、私が寝てからしか帰ってこないです」


「えっ」


 返す言葉が見あたらない。


「母も私のことを考えて働いてきてくれていることは分かるんです。でもやっぱり寂しいんですよね……」




「そっか……」


 俺は一ノ瀬さんみたいに、それで納得して耐えられるだろうか。


 いつも強く在るように見える一ノ瀬さんがそんな想いを抱えていたことは知らなかった。

……本当に、一ノ瀬さんは強いな。


「だから、寂しさを埋めるために家事代行を始めてみようと思ったんです」


「……!」


俺は再び、予想外の言葉を聞いて目を丸くする。


「そうしたら誰かと関われて、認めてもらえると思ったんです」


 一ノ瀬さんが家事代行をする理由がやっと分かった。お金を受け取ろうとしなかった理由も。


 ……こんなに辛い理由で家事代行をしていたんだ。


 そのことに気づいてあげられるまで、時間がかかりすぎた。


「ごめん、そんな想いでやってきてたことに全然気づけてなかった」


俺は、申し訳なさで胸がいっぱいになって、一ノ瀬さんに勢いよく頭を下げる。

こんなに無理してたのに、どうして俺は気付けなかったのだろう。


「どうして優希くんが謝るんですか?」


一ノ瀬さんは、優しい声音で俺に言い、それで俺は顔をゆっくりと上げる。


「え、だって……」


「最初は家で1人でいる寂しさを紛らわしたいという想いで家事代行をしてみようと思っていました。でも、優希くんと出会えて、家事代行も楽しくなったんです」


「……!」


「学校生活もそうです。いままで、頑張ったら母も褒めてくれるんじゃないかって思っていつも勉強してきたんです」


「それで、いつもあんなに……」


「でも、褒めてはもらえませんでした。まあいつも帰って来れないんだから、話もできないのは当たり前なんですけどね」


一ノ瀬さんは寂しそうに笑う。


「え……」


「……優希くんは違ってました。私の努力を認めてくれた。それだけで私がいることに意味ができたような気がしたんです」


「……一ノ瀬さんがいる意味はもともとあるよ」


なんだか上から目線みたいに聞こえそうだな、とは思ったけど、その当たり前の事実を伝えずにはいられなかった。


「ありがとうございます……優希くんには、助けてもらってばかりです」


 そう言って一ノ瀬さんは涙をこぼす。

 こんなにも美しい涙は、もう一生見ることがないだろう。なぜだか、俺はそう思った。


(あれ……?)


 気づいたら俺も少し泣いてた。


「だから、優希くんに伝えたいことがあるんです」


涙を拭いながら、いつものような微笑みを見せて一ノ瀬さんは言った。


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