第5話 大掃除

中間テストも終わったことだし……

この土日は何しようかなー。


(翔琉とか誘って遊びに行くのもありだな)


 俺はそう思って流れるような手の動きでトークアプリを開く。



 おっ、一ノ瀬さんから通知来てるじゃん……!


俺は翔琉とのトーク画面にたどり着く前に指を止め、わくわくしてメッセージの画面を眺める。

 なになに……?


「梅雨前なので大掃除をしませんか?」


「そうだね! よろしくお願いします!」


俺はすぐにそう打ち込んで返信する。

昨日に引き続き、2日連続で素晴らしいイベントが……!!


 ごめん、翔琉。

 今日は遊び(まだ誘ってなかったけど)には行けません。いま、俺の家にいます。

遊びたい気持ちもあるけど、これから大掃除をします!

……謝る気、なさそうだな。我ながら。



「どうぞー、今日もよろしくー」


「はい!」


 白のTシャツにジーパン。

 いつもの動きやすい感じの服装。

 流石に昨日お買い上げの2点のどちらも着てなかった。

 まあ掃除するから汚れてしまうかも知れないしね……! 今度楽しみにしておこう。


「さっそくやっていきましょう!」


 そう言って黒のエプロンをつける。

 それはそれで、家庭的というかなんというか、非常に素晴らしい。

 理想の奥さんって感じっす。帰ってきた時に出迎えてもらいたい。


「一条くんは台所の除菌してもらえますか? 今からやり方教えるので」


「おっけー」


 俺は一ノ瀬さんに教えてもらった通りにまな板や包丁を消毒していく。


 けっこー簡単だ。


 あと梅雨時の湿気でカビが生えそうなところをきれいに拭いていく。


 一ノ瀬さんは合服を洗濯しようとしている。

 もうそろそろ夏服の季節だ。


 高校の女子の夏服はどんなのなんだろう……?

 夏服姿の一ノ瀬さんを見るの、楽しみだなー。

爽やかな感じなんだろうなー、夏って感じなんだろうな。

うだるような暑さの中、髪を結ぼうとしている一ノ瀬さんが頭の中に浮かぶ。半袖のシャツだからチラッと何かが見え……

いかんいかん、想像を膨らませすぎそうになった。


 ……暇だし床でも拭くか。


 正気に戻った俺はクローゼットで雑巾を探す。


 ……ない。まあ普段進んで掃除しようとしないのに、雑巾持ってるはずがないんだけども。


 まあこのタオル使わないから雑巾にしてもいいかな、と思って俺は無情にもタオルから雑巾への格下げを決定する。


 さてさて、拭いていきましょう。


 いやーどれぐらい水浸けたらいいんですかねぇ。

小学生の時なみにテキトーに絞る。即席の雑巾から水滴がぼたぼたと滴り落ちる。


 ちょっと濡らしすぎたか……。

 もうちょい絞ろ。


バケツのところでしゃがんで、水気を切ろうと力をこめて雑巾を絞る。


 その時にちょうどタイミング悪く、一ノ瀬さんが歩いてくる。


「ごめん、そこ滑りやすいかm……」


 俺が言い終わらないうちに、一ノ瀬さんはフローリングがびしょびしょになってスケートリンク状態になった危険区域に足を踏み入れてしまう。


「!?」


つるっと一ノ瀬さんは脚を滑らす。

 やばっ。


 咄嗟に一ノ瀬さんを下から支えようとする形になる。


 間に合うか……?


 あの転ぶときとかのゆっくり時間が流れる感覚になる。


 間に合った。


 転ぶギリギリのところで俺の腕は、一ノ瀬さんを捉えた。

……俺、どんな身のこなしやってみせたんだよ。映画の撮影だったらスタントマン必要だったかも。


「ふぅ……大丈夫?」


俺は若干息を荒くして一ノ瀬さんに聞く。


「は、はい」


 めっちゃ一ノ瀬さんの顔が近い。そして赤い。

 転びそうになったから、恥ずかしくて……?



俺は冷静になって、今の状況を把握しようと努める。

 ……あ、今の体勢がまずいかも。

一ノ瀬さんの柔らかな体が、俺のお腹から胸にかけてバッチリ密着している。

甘い香りが俺の服にも染み込みそうなほどだ。


 第三者の視点で見ると一ノ瀬さんが俺に飛び付いて押し倒してるみたいになってるんだろうな。

……まあ誰も見ていないんだけど。


 清楚系美少女様としてはあり得ない状態だ。


 ……俺もめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?


 体が動いてくれなくて、5秒ぐらい俺たち2人はそのままの状態で固まってた。




「すみません……

 助けてくださり、ありがとうございます」


魔法が解けたかのように、慌てて一ノ瀬さんが立ち上がる。


「いや、俺が床濡らしすぎたよ、ほんとごめん」


 次からは気をつけよう。

 一ノ瀬さんが転んで怪我しなかったから良かったけど。



「あっ……ごめん」

「いえ! こちらこそ……すみません」


俺たちはその後も掃除を続ける中で、雑巾をすすごうとしてお互いの手に触れてしまう。

いつもだったら、たまたまのことだしそこまで気にしないけど……。


さっきの事件のあとで、なんとなく気まずい空気が2人の間に流れる。


 結局今日は、2人とも例の事件が恥ずかしくてあんまり話したりすることなく終わってしまった。


 まああんなことがあって、お互いに意識しない方が無理な話だ。


(気まずくならないよな……?)


 その日の夜はいつもより眠れなかった。も、もちろん今後がちょっと心配でね! 思い出してドキドキして寝られなかったとは言ってないよ!


……なに言ってんだ俺。


ふと我に帰って、どうしようかと考えつつも、一ノ瀬さんの甘い香りと柔らかな感触はまだ忘れられなかった。



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