第31話 オペラハウス、再び
二度目になると、オペラハウスの華やかな雰囲気にも慣れて余裕が出てきた。
でも、前回よりも事情がわかってきただけ、別な緊張感を抱くようになっていた。
何人か知った顔も増えてきている。
私は、お茶会などに出席する必要性を痛感した。
部屋に山積みになっている招待状のうちのいくつかには、ぜひ出席しないといけない。
このところ、相続問題で揉めていたことはみんな知っているだろう。
おかげで、これまでは忙しかったと、言い訳もたつが、この時期を過ごしたら、是非とも出るようにしなくてはいけない。
でないと、いつまでも姉の情報に頼りきりになってしまう。
何人かのご婦人と再会したので、ハリソン夫人に言ったのと同じ感想を伝えることになった。だって、皆さん、聞いてこられるのですもの。
「どんなお屋敷ですの?」
好奇心満々で尋ねるご婦人方。
ラムゼイ伯爵邸は、王都の真ん中に、デデンと構えていた。結構な広さの屋敷である。
ただ、外見上は普通の屋敷となんら変わりないのだが、ここ数十年誰一人として招かれた者がいなかった。特に女性は。
禁断の館だった。
これは、皆様方の好奇心をそそるに十分だったらしい。
入っちゃいけないって、言われると入りたくなるよね!
「中に入られたのですよね?」
何人かが、乗り出すようにして聞いてきた。
「庭は荒れまくっていましたわ」
「まああ」
あ、なんだか期待している目付き?
みんな、何か勘違いしているな?
元は素晴らしい庭だったものが、バラが伸び放題に荒れて絡まり合い、花々が咲き乱れ、庭園のテーブルやべンチにつる草が伸びて花を咲かせているとか……?
そんな幻想的で、ロマンチックなものではありませんから!
あの、ラムゼイ伯爵のやることですから!
全部ならされて草一本生えてません!
それに、彼女たちは、多少なりともラムゼイ伯爵の女性蔑視を知っていて、どうしてもザマアミロ的な展開を期待しているらしい。
「相続の条件として、庭を庭園に戻してほしいというのがあるのですが……」
私はため息をついてみせた。
「正面の庭には塹壕が掘ってあるのです」
みんな首を傾げた。
多くの貴婦人たちは塹壕がなんなのか知らない。知ってるわけがない。
塹壕の説明から始めなければならないところだったが、私は適当にショートカットした。そんな説明、どうでもよろしい。
「深さ五十メートルの穴が掘ってありますの!」
「まああ、こわい!」
「土を戻すのに大金がかかると思いますの。これから相当期間、緊縮財政になりますわ」
いつになれば美しい庭を取り戻すことができるか……これからの苦労を思うと、とても気が重いんですの。
ご婦人方は、にこやかに、しかし、なんとも言えない表情でうなずいた。
いずこも体面を保つのに苦労している。
そんな不良債権をつかまされたら、たまったものではないとわかるのだろう。
私には、実は、この事情を是非ともお聞かせしたい人物が一人いた。
ズバリ、サイモン・モリス氏である。
カネの切れ目が縁の切れ目と言うではないか。
世の中貧乏伯爵家なんかは多い。そしてサイモン・モリス氏は、貧乏貴族に用はないはず。
気取られないように気をつけて、観察していたが、サイモン・モリス氏は流石の情報収集力で、私の方をチラリとも見なかった。きっと値打ちなしと判断してくれたのだと思う。
誰から聞いたのかが気になったが、(つまりその人物がサイモン・モリス氏と繋がっているだと言う意味なのだから)まあ、それはおいおいわかってくるだろう。
私は確信している。
前提として、まず、私はちっとも美人じゃないし、絶対にモテない。
そもそも口が立って、学院時代の論戦には、最終兵器として登場したくらいだ。
なにしろ私が登場すると相手の陣営には、何か諦めに似たムードが漂った。
……あいつか、みたいな。
私が論戦に参加すると、毎回、見物人の修道女の皆様方の目がキラキラし出したことは、未だに意味がわからないけど。なんなら、余計な見物人を呼びに行っていたくらいだ。
修道院長様もこっそり覗いていたらしい。そして、私たちは真剣だったのに、毎回、全員がタオルで口を塞いで、めちゃくちゃ笑っていたらしい。
解せぬ。
女学院時代からして、ディベート技術に他の追随は許さなかった。
こんな女性を好きな男性なんか絶対に存在しない。
男だけじゃない。同性の女性でも、自分の家に嫁に来られたら、困るだろう。
だから社交界に出入りした場合、論戦好きで口では誰にも負けないなどという事実が漏れたら、あちこちの息子を持つ母やら息子ご自身からも、あの令嬢だけは結婚相手にしてはいけないと、こっそり噂が出回ると思う。そして、なんとなく敬遠されるだろう。
もし、私の黒歴史がバレなかったとしても、結局私は嘘は嫌いだから、男性の前ではいつでもバカで教え諭される存在であれだなんて、どこかで失敗するに決まっている。
だがしかし、今、私は無事に被害者をゲットした。旦那様だ。あ、違う、アーサー様だ。修道女様と同じように、何かあるとゲラゲラ笑っているけど、アーサー様は私の本性をもう知っている。そしてなぜだか面白がっている。
私は劇場内の華麗に着飾った人々を見回した。
どんなに口が回ろうと、理路整然としていようと、自分の妻や息子の嫁でなくて、仲の良い友達や知人となるなら、大歓迎じゃないかしら。
ふわふわゆらゆらはっきりしなかった私の身の上は、旦那様の言葉と目のおかげで、だんだん落ち着いてきた。
私は私でいいんだと。
この世でたった一人、旦那様さえ、かまわないと言ってくれるなら、それでいいんじゃないかしら。その気持ちをずっと信じられないでいたけど、繰り返し繰り返し、同じことを言ってくれた。
ようやく彼を信じることが出来て、私は余裕をもって周りを見ることが出来るようになった。
「アマンダの言う通りよね。美人だから好きだとは限らないもの」
まあ、旦那様はどう考えてもゲテモノ食いだとは思うけど、いいんじゃないかしら!
私は、何気無い様子を装いながら、まずはサイモン・モリス氏のトーク相手の観察などを始めてみた。
やはり、相当にお金のかかったドレスのご婦人に声をかけているらしい。それも最新流行の。
「センスの問題より、最新流行のドレスを仕立てるだけのお金があるかどうかを見ているのじゃないかしら?」
私は頭の中でつぶやいた。
私が前回着て行ったドレスは、諸般の事情により(主に私の寝室のドアが開けられないという事情だが)、ハリソン夫人のセンスにおまかせの、出来立てほやほやのドレスだった。
もしかしたら、モリス氏はドレスに引き寄せられたのかもしれない。
「ドレスはお金かかるものね……あ、お相手の女性の夫らしい人が出てきたわ」
ちょっと声が大きくなったかと思うと、モリス氏はさっさと退場させられてしまった。
「なーるほどー」
手早い。モリス氏の活躍の場が減ってきたことを実感した。
これ以上見ていたらまずいかもと思って、目を逸らした途端、私は衝撃的な光景を目にしてしまった。
旦那様、ファーラー様が誰か知らない女性に、親しげに話しかけられていた……しかも、同じソファーにくっついて座っている……?
たいして大きくもない目を真ん丸に見開いてしまった。あれは何?
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