Ⅰ 変わり者の邂逅③

 それは電光石火の早業はやわざだった。

 一瞬で身をひるがえしたかと思うと、少女は扉に挟まれたままの長剣を鞘から抜きとり、間髪いれずに、扉と壁のわずかな隙間に刀身を滑り込ませた。

 ウィリアムの顔のすぐ真横。そこでぴたりと動きを止めた剣の切っ先が、彼を脅すように鈍い光を放つ。

 不敵な錬金術師もこの時ばかりは二の句が継げなかった。

「ロクな話も聞かずに追い払うというなら、いっそこの扉を切り裂いてでも……」

 少女の声音からは明確な殺気が感じとれた。

 彼女は本気だ――それを肌で実感したウィリアムは、抵抗の無駄を悟って扉から手をはなす。

 不本意な圧迫からようやく解放された鞘が、乾いた音をたてて地面に転がった。

「なんて危険な子なんだ、君は……」

 もはや驚きを通り越して呆れるしかない。

「大体、君みたいな身なりのいい子が、どうしてそんな物騒なものを持ってるんだ」

「これは護身用にって、お父様が……」

「そうか……父親が非常識なんだな」

 妙に納得してしまい、ウィリアムは諦めとともに嘆息たんそくした。

「好奇心旺盛な子爵令嬢が、今度は錬金術に興味をお持ちか……面倒なことだ」

 少女が首を傾げる。

「私のことを知っているんですか?」

「人のことを言える立場じゃないが、変わり者の貴族令嬢として、君は有名だからな」

 今年で十五の歳を迎えた子爵令嬢ウリカ・フォン・シルヴァーベルヒは、好奇心が強く、かつ飽きっぽいことで知られていた。

 幼少のころに父親をまねて剣を握ったのが始まりらしい。メイド、シェフ、執事など、目にするものに次から次へと挑戦したがり、ひと通りこなせてしまうと、興味はまた別のものへと移る。

 そんな調子で最近では市井しせいの学校に通い、一般庶民の子供たちと机を並べ、理学に数学、さらには経済学や魔術学まで習っていると聞く。

 そしてついに錬金術ここにおはちが回ってきたというわけだ……。

「私、あなたみたいな錬金術師になりたいんです」

「やめておいたほうがいい。君には向いていない」

 手っとり早く追い払うため――ではなく、正当な根拠のもとにそう告げる。

 もちろんそれで少女が納得するはずはない。

「どうしてですか?」

 案の定、彼女は食い下がった。説得には時間がかかりそうである。

 ウィリアムの口から再度ため息がもれた。

「立ち話もなんだから、入りなさい。お茶ぐらいなら出してやる」

 そううながすと、冷たい視線を向けられたにもかかわらず、子爵令嬢の表情は華やぐのであった。

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