たかが子爵家
鈴原みこと
プロローグ
少女はメイド服に身を包んで、姿見の前にいた。
貴族屋敷の一室。使用人専用として使われている部屋に、今は彼女ひとりだけ。
早朝。
彼女の始動は他のメイドたちよりも早い。令嬢の侍女、という特殊な立ち位置が理由の一端としてはあるが、この日は特に早かった。
鏡の前で、まずは服装に乱れがないかを
鏡の前でくるりと回ると、その反動でふわりとスカートが舞い上がり、裏地に
向かうのは二階。彼女が仕える令嬢の寝室だ。
今日は大事な予定が入っている。その主要人物をこれから起こしに行かねばならない。彼女の責任は重大だった。
使用人専用の階段を上って二階の廊下に出る。昨夜
とはいえ、それを消すのは別の者たちの役目。彼女はまっすぐ目的地へと向かう。ローヒールのショートブーツが床を弾いてコツコツコツと軽快な音を響かせる。
屋敷は大きくて立派な造りだが、その内装は
廊下の壁紙はアイボリーを基調としたダマスク柄で統一されており、屋敷全体の雰囲気を上品に引き締めている。各所に飾られている花瓶の花は落ち着いた色で可愛らしく
そのシンプルで落ち着いた雰囲気が気に入っている。
広い廊下を途中で左に曲がり、そこから二つの部屋を通り過ぎた先に目的の場所はあった。
辿り着いた部屋の扉をじっと見つめる。使用人の部屋とは違う両開きの大きな扉だ。
緊張はしていない。それは彼女と無縁のものだ。ただ、
小さく息を吐きだすと、意を決して扉を叩いた。コンコン、と乾いた音が辺りに響く。
「失礼いたします、お嬢様。起床のお時間でございます」
部屋の
扉を開けてすぐ、やわらかな風とともに、雨上がりの独特なにおいが鼻先をかすめて、少女は異変に気がついた。
部屋には人の気配がなく、さらに正面に見える窓が開いている。
一目で状況は
脱出方法は容易に知れた。
「最近おとなしくなさっていたから、油断したわ……」
ぼそりとつぶやく少女の
――お嬢様は
それは
あのとき、どうして自分は呑気に笑っていたのだろうか。その
自分のバカさ加減に腹が立つ。
窓際まで移動すると、風をその身に受けて力なく揺れる布製ロープの姿が、少女の黒い両眼に映った。
風に押されて揺れ動く布すらも自分を
自然――彼女の
「ふっ、ふふふ……」
窓辺を通りすぎる
「今日ばかりは許しませんことよ、ウリカお嬢様」
引きつった笑顔を浮かべながら
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