たかが子爵家
鈴原みこと
第一部
プロローグ
少女はメイド服に身を包んで姿見の前にいた。
貴族屋敷の一室。使用人専用として使われている支度部屋に、今は彼女ひとりだけ。
まだ
しかし、
令嬢の侍女を務めるハイジには必要のないものだからだ。いわば立場を明確に示すための特別な正装に他ならない。
ハーフアップの結び目に素朴な
ハイジは鏡の前でくるりと回る。ステップを踏むような軽やかさに、スカートがふわりと舞い上がり、裏地に
「うん。型崩れなし」
使用人専用の階段を軽い足どりで上がって向かう先は、彼女が仕える令嬢の寝室だった。
「今日は太陽が元気ね……」
廊下を明るく照らす朝陽に目を細めて、ハイジは独りごちる。
夏の終わりは近いはずだが、それを感じさせない陽光が、この日の晴天を告げていた。昨夜降り続いた雨が嘘のようなさわやかさだ。
ローヒールのショートブーツでコツコツと軽快な音を響かせて廊下を歩くハイジは、やがてぴたりと足を止めた。
目的の部屋の前で、その扉――使用人部屋とは違う、両開きの大きな扉をじっと見つめる。
緊張はしていない。それは彼女と無縁のものだ。ただ、小さな不安がちくりとその胸を刺激する。
コンコン、と扉を叩いてから、ハイジは部屋の中へと声をかけた。
「失礼いたします、お嬢様。起床のお時間でございます」
返事はなかったが、別にそれは気にならなかった。これだけ早い時間なのだ。まだ寝ていても不思議はない。
彼女が異変を悟ったのは、部屋に一歩、足を踏み入れたあとだった。
静かに押し開けた扉が、いつもより少し重く感じた。さらに風に乗って雨上がりの独特なにおいが鼻先をかすめ、小鳥のさえずりが
閉めきった部屋ではあり得ない感触に五感を刺激されたハイジは、室内を覗きこんで目を
状況は一目瞭然。
布をつないで作ったロープが、ベッドの
急いで窓辺に駆け寄ったハイジは窓外を見下ろした。
脱出に使われたであろう布製ロープが、風に吹かれて力なく揺れている。
令嬢らしからぬ脱出方法はしかし、この屋敷では茶飯事のことだった。
「最近おとなしくなさっていたから、油断したわ……」
悔恨に歯噛みする少女の脳裏に、屋敷をとりしきる執事の言葉がふと
――お嬢様は
それは
いま思えば、なんて軽率なことだろう。こんな事態は十分に予測できたはずなのに、あのときの自分はそれを想像すらしなかった。
自分のバカさ加減に腹が立つ。
「ふっ、ふふふ……」
窓辺を通り過ぎる穏やかな風が、そっとハイジの頬をなでる。今はそれがひどく不快に感じた。
ふいに、艶をおびた唇が美しい弧を描く。
「今日ばかりは許しませんことよ、ウリカお嬢様」
ハイジは、風にそよぐ布を黒い両眼で静かに見つめる。怒りを
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