告白された翌日も、みんな変わらず忙しい
幸せな夢を見ていた。
レイシアはベッドの中で大きく息
を吸うと、お母様との思い出にもう一度ひたった。一生懸命にお母様のために計画した「お帰りなさいお母様パーティー』でのお出迎え。お母様に読み聞かせた夜。一緒に買ったクリシュへのプレゼント。
懐かしい幸せな記憶だけを引き出して思い出をかみしめていたが、大きく首を動かし、このままじゃダメだと気持ちを入れ替えた。
「昨日はいきなりなことに動揺しすぎた。確かに衝撃だったけど、アルフレッド様の事は今考える余裕はないわ。落ち着いてやらなければいけないことを整理しましょう」
レイシアは着替えをして日課のターナー式メイド術の基礎訓練を行いながら思考を整理し始めた。
「アルフレッド様の件は今は動きようがないわね。これからターナーに帰れば会う必要も機会もないのだから。それは学園が始まるか呼び出されるまで放置しておきましょう。ターナーに帰るまでの残り二日は、メイド喫茶の状況確認と、お祖父様とカミヤ商会との綿密な打ち合わせ。そしてメインは黒猫歌劇団の初日公演と打ち上げよね。それが終わったらターナーに帰るから、アルフレッド様は放っておくしかないわね。関わっている時間ももったいない」
グルグルとアルフレッドに関わりたくないということと、帰るんだという予定とが脳内で繰り返し巡っていく。それは告白された女の子としてのドキドキも無きにしも非ずの状態も関係していた。
だって、そんな告白されたことが初めてだったから。
そんな気持ちを振り切るように訓練を続けた。
◇
メイド喫茶は明日の公演初日に向け休業中。傍らでは長期休暇中のサチが新人教育を行っていた。劇団の公演で休みが多い人員が出たことと、執事喫茶へ引き抜かれる従業員の補充が定期的に行われていたのだ。
人気とやりがいがあるメイド喫茶なのだが、メイド教育のクオリティの高さについて行けず初期で辞める者も一定数いた。教育期間中もバイト代は出すのだが、その分求められることも多くなっていた。
「サチお疲れ。ランさん、サチの指導はどう?」
レイシアが店によって聞くと、ランは目を輝かせて言った。
「レイシア様お久しぶりです! サチ様のご指導は私達にとっても非常に勉強になります。さすがです。素晴らしいです」
メイド一同うんうんと頷いている。
「明日の観劇の準備はどう? 終わった後のお客様との打ち上げ兼ファンの集いの準備は?」
メイがランを押しのけ、食い気味にレイシアに答えた。
「もちろん完璧に準備いたしております! ナノ様主演、イリア様初脚本、『甘美・黒猫歌劇団』と名を改めての初公演です! もともとあった私的なファンクラブもどきを全て統一し公式ファンクラブを設立しました。会員NO.001はもちろん私。会長も私。会員特典といたしましては、チケットの先行販売。年三回の会報の発行。公式グッズの予約販売。それから」
「や、やりたい放題ね」
「あ、こちらのファンクラブは、平民対応の組織の事ですから。元々は執事喫茶の会員様達がファンクラブを作ると提案されまして、あの方たちが作られたのです」
「え? 公爵夫人の皆様が、ですか?」
「はい。その時、『平民の有象無象のファンを統一しなさい。ナノ様にトラブるが起きるのを防ぐのです。資金は心配なさらずに。あなたに全てを任せるからおかしなことにならないように管理しなさい』という密命を受けたのですよ。ナノ様と父親には
公爵夫人たちの命令なら仕方がない。しかしそれをいいことに、やりすぎなまでの実行力を発揮したメイは、休みという休みをすべてファンクラブのために捧げた。
夫人たちにとってははした金、メイたちにとっては信じられないほどの大金をつぎ込んで精力的にやりたい放題を行っていたのだ。とはいうものの、あの方たちの後ろ盾なら仕方がない。
劇団とご婦人たちに迷惑さえかけなければ何をしてもしょうがないと、レイシアは容認するしかなかった。
「これから劇場にお昼ご飯のバクットパンを差し入れに行くのです。レイシア様も行きませんか?」
厨房ではエミたちが何十個ものバクットパンと温かい紅茶を準備していた。
レイシアは、「お祖父様と話し合いがあるから」と断り、喫茶を後にした。サチもレイシアについて行った。今日からレイシアは喫茶黒猫甘味堂の二階で二日過ごすことになるから、その手伝いもするつもりだ。
ターナーに帰る前の打ち合わせは、カミヤやギルド長も交え情報のすり合わせが行われた。
◇
その頃劇場では、ゲネプロと呼ばれる最終リハーサルに向けてキャスト・スタッフとの綿密な調整が行われていた。去年までは照明を使う余裕も許可も下りなかった歌劇団で、日光の入るマチネ(昼公演)しか許されていなかったのだが、今年から照明を使う許可が出た。去年の公演の成功、並びに資金も集客も十分に用意できたおかげだ。貴族の後ろ盾もある。
照明は聖女の役割。劇場としてはそのシステムは軽々しく明かすわけにもいかず、照明を使える劇団は厳選されている。ましてや平民街の劇場では、照明が使えることは超一流としての証だ。
もっとも、明るさは一定。明るくなるか暗転するかのどちらか。それが平民街の劇場の限界。聖女が二人、交代交代で行っている。
これが貴族街の劇場になると、レンズを使いスポットライトのような効果や、色ガラスを通した赤・青・黄色と三色の色分けができるようになる。それはこの後のナノの演出の苦悩になるのだが、それはまた別のお話。
ナノは初めて指定する照明のきっかけに感覚を合わせることに苦労していた。
主演をしながらの演出と舞台監督の三役。相方のニーナが団員とスタッフをまとめてくれているからなんとかなっていたが、それでも疲労はたまっていた。
お昼休み、差し入れのパンを持ってナノは「考えることがあるから」と楽屋に引きこもった。メイたちは心配したが、ニーナは「本番前はよくあることだから」とメイたちを歓迎・接待し、ナノを一人にしてあげた。
ナノは楽屋でカバンの中からぬいぐるみを取り出すと、思いっきり抱きしめた。そして一人で会話を始めた。
「にゃんタン、にゃんタン、にゃんタン! もう、バカばっかりだよ~!」
「ドウシタ、ナーシャ。クチ悪イヨ」
「だって~。役者バカばっかりなんだもん。スタッフの言う事理解してよ! わたしの言うことにすぐ反応してよ~! 時間ないんだよ!」
「ダイジョウブ。ダイジョウブダカラ」
「何で今さら、『このセリフ、どんな気持ちでいったらいいんですか』って聞くのよ! 大きな声ではっきり言えばいいから! あんたに感情表現期待していないから! って言いたいんだよ~!」
「言ッタラダメダヨ。人トシテ」
「分かってる。グチっているだけだから」
「ナーシャハ頑張ッテイルヨ」
「本当に?」
「アア。ナーシャハ素敵ナ団長ダヨ」
「にゃんタン、にゃんタン、にゃんタン!」
「ま~たやってるのねナノ」
「ひゃっ! なんだニーナか」
音もたてず楽屋に入り込んできたニーナ。呆れた顔でナノを見ていた。
「まだ手放せないのね、その猫」
「いいだろう。この子のおかげで男役が続けていられるんだ」
「はいはい。どうでもいいけど他の子たちには見せないようにね。イメージ崩れるからね」
「分かっているよ。気を使ってはいるさ」
「私が入って来ても気が付かなかったのに?」
「お前はわざと静かに入ってきたんだろう」
お互いが軽口で言い合う。言葉はきついが信頼している証拠だ。
「早く食べて戻りなさい。私の王子様」
看板女優のニーナは、セリフを言うような口調でナノにハッパをかけた。
「もちろんだよ。僕のヒロイン」
気持ちを切り替え、ナノもセリフで応じた。
まあ、いつもの修羅場の光景。劇団は変わり者が多いし、主催は気苦労が多い。
ニーナのおかげで男役に気持ちを復帰させたナノは、テキパキと打ち合わせや場当たり稽古をこなし、無事にゲネプロを迎えることができた。
明日はいよいよ公演本番です。
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