閑話 オープニング回収 その後①
【王子】
今まで何をしていたんだろう。
気が付けば午後4時。図書館で女性に人気の婚約破棄というジャンルのラノベを読んでいた。
レイシアに愛の告白なんかしたから、その反動が俺をこんな行動に駆り立てたのだろうか。乗馬だけでは何ともならなかったからな。普段は手にも取らない本だが……。
女性の気持ちを知りたかったのかもしれない。それにしても……。
「なんでここに書かれている王子って、みんなバカみたいに書かれているんだ? 何でこいつらこんなに簡単に婚約破棄などできるんだ? 貴族、特に王家の婚約なんて様々な思惑と権力と陰謀がごちゃ混ぜになっているものだろう。いくら王子でも簡単に破棄などできないだろうに」
もしかして、こんなありもしない話を信じている女性がいるのか? まさかな。
女性向けならイリア・ノベライツに限るな。あの作品に出てくる王子はどこか俺に似ている。婚約破棄もののバカ王子とは違うのだよ! ははははは。はぁ~。
さっき、レイシアに婚約を申し込んだんだ。アリアにもいつかちゃんと婚約を申し込まないといけないが、今日じゃないよな。
だけど、これから春まで学園は休みだ。アリアともしばらく会えなくなる。離れてしまう前に、好きだということをもう一度伝えよう。
彼女はとても質素で贅沢を嫌う。贈り物をしようとしてもなかなか貰ってくれない。贈ったはずのドレスは、いつの間にか生徒会の備品となっていた。なぜだ?
――――着飾るお金があるのでしたら、私は本を貰います。どんなに豪華なドレスでも日常着ることができなければ必要ないのです。
そうだった。初めて会った時彼女は、確かにそう言っていた。いつも控えめで、だけど間違った事には立ち向かっていく。質素で誠実な女性。だけど、もっと着飾ることも必要になってくるんだよ。レイシアでさえ、ドレスを着こなすようになったんだ。
そろそろ約束の時間が近づいてきた。ラノベを本棚に返し、迷路のように複雑なこのスペースを抜けてアリアが好きな学習スペースに迎えに行こう。
◇
【アリア】
食事に誘われただけだと思ったら、買い物につき合わされた。
まあ、あたしには縁のない高級な貴族街の商店。制服着ているから入っていても大丈夫だよね。
これって生徒会の仕事じゃないよね。まあいいか。いつも会長にはお世話になっているし。
宝石店ですか。縁はないけど目の保養と価格調査くらいにはなるよね。まあ、二度と来ることはないと思うけど、どのくらいの値段かは知っておいても無駄にならないよね。お嬢様達のマウント合戦、よく分からないから。
「ジュエリーとか興味ないの?」
石じゃお腹は膨れないからね! 換金物だと思えば興味出るけど。
「貧乏な男爵家の養女ですので。ご縁がないものは興味も持ちようがありませんわ」
ほら、お店の人の対応が会長とあたしと露骨に違うじゃない。私は使用人の扱いよ。
「会長のお買い物ですので、私は外で待っていましょうか」
「いや、俺が君を連れてきたんだ。……店を変えようか。ここは客に対する態度がなってないようだ」
うわっ、奥の方で女性の店員さんが青ざめて走り出したよ。店長さんがやってきた。会長を担当していた店員さんが奥に連れ去られたよ。会長、めちゃくちゃ怒っているし。店長さん大変そう。
うわっ、会長、ここで身分明かしたら……。店長さん、下町でも見たことのないような謝り方を!
「私の事でそこまで怒らなくてもいいのですよ。落ち着きましょう会長」
別に義理もないし知り合いでもないけど、あまりにもかわいそうなので止めに入ってみた。
「君に対してあんな対応を取ったんだぞ。許せるわけがない!」
でもさ、なんか店の周りに人が集まってきたよ。こんなことで目立ってもやばくね?
「落ち着きましょう。会長にとってもお店にとってもここでこのまま続けていればマイナスにしかなりません。落ち着いて奥で話されてはいかがでしょうか」
「そうか。アリアが言うならそれでいい。いいな!」
店長さん、涙目で私に何度も頭を下げなくていいから。とにかく会長を何とかなだめるから! お茶飲んで落ち着きましょう、会長も店長さんも!
向き合って座る店長さんと私達。お店の人が何人か店長さんのわきに立っている。
私の隣にはむすっとして何も言わない会長。
手が付けられない紅茶が冷めていく。
従業員さんたちのいたたまれなさがひしひしと伝わってくる。
これはあれだ。ゴーン組の事務室で下手やらかした子分が詰められていた時の状況と一緒だ。あの時は消されたっけ。
「後学のため見ときな嬢ちゃん」ってなんでかいさせられたんだよね。あたしが怖くて泣きだしたら、「てめえのせいでアリが泣いたじゃねえか!」ってさらに追い詰めがきつくなったのよね。
この店、あたしのせいで潰れるね。う~ん。そこまでさせたくない。完全にもらい事故。会長が来なければよかっただけの巻き込まれ案件だよね、これ。
「会長! 身分を明かした会長が悪いです。店長さんに謝ってください」
理不尽だと思いつつ、会長を悪者にした。
「は? アリア、何を言っているんだ! 俺はアリアのために」
「そういう所です!」
会長がぽかんと間抜けた顔になった。店長さんも訳わかんないよね。でも、組長が言ってたよ。交渉通すなら、理不尽なことから始めろ、ってね。膨大に受け入れられないことから、これくらいなら受け入れられるってレベルまでさげたら、かなりの無理でもできると思わせることができるんだって。今のシノギは暴力だけじゃダメなんだよ、駆け引きは度胸と頭脳ってね。
「会長は私をこの店に連れてきました。理由はまったく分かりませんが、私のような男爵家の入るお店ではないですよね。おそらく、伯爵家クラスの方がご利用されるお店ではないでしょうか。どうでしょう、店長さん」
「はい。確かにこの地区のお店はそういった方を対象にしております」
「そして、王族や公爵家の使うお店でもない」
「はい。その通りでございます」
私は会長に向かって勝負に出た。
「もともと、私達はこのお店にとってターゲット外なのです。会長のための買い物であればもっと高級店に、私のための買い物であればもっと気安いお店に行くべきだったのです。お店選びを間違えたのに、そこで身分を盾に怒鳴るなど言語道断です! 会長、お店を騒がせたことを店長さんに詫びて下さい!」
理不尽だよね。知ってるよ。でもとっとと帰りたいし、これ以上騒ぎを大きくしたくないの! 何もなかったことにしましょう。そう、何もなかった。手締めってそんなもんでしょ。
会長、悩んでるよ。おかしい理論展開に気付く前に追い詰めなきゃ。
「間違いを犯すことは誰にでもあります。立場もあります。位の高い方が低いものに謝るのは屈辱かもしれません。しかし、間違いを犯したのち、それを正せるか正せないかは大きな違いなのです。間違いを正せる者こそが救われる者なのですよ」
テキヤ界隈じゃ、金ちょろまかした若いの、利子付けて返せたヤツと返せなかったヤツとじゃ扱いが違っていたからね。同じようなこと、クソ神父も信者相手に言っていたし。建前も真実も一致しているよね。
「結果的に、何も起こっていないお店で騒ぎを起こしたのは会長なのです。会長に悪気がないことは私が分かっています。それでもスジは通さなければいけないのです」
義理と人情と筋と道理はひっこめちゃあいけねえ。そうですよね親分! 堅気集にゃあ迷惑かけるな。それこそが正しいテキヤ業! なつかしいなぁ。久しぶりに思い出したよ。
「アリア。なんて清廉な言葉を。確かにそうだな。俺が間違っていた。店主すまない。騒がせてしまった」
「いえいえ! こちらの従業員がお客様に失礼な態度を取ったせいでございます。ほら、ぼんやり立っておらずに、君が謝るんだ!」
しぶしぶと王子の前に動いたね。
「申し訳ございません」
「謝る相手が違うだろう! こちらのお嬢様にだ!」
店長さんが私を指示して一喝したね。
「……申し訳ございません」
「何を不貞腐れた様に誤っているんだ! ええい、お前はクビだ! 貴様のような店員はうちにはいらん、連れて行け!」
無礼な態度の店員はわめきながら連れて行かれた。
「お見苦しい所をお見せいたしました」
「いやいい。あいつが俺に謝った時、アリアに謝り直させたことを評価する。俺で終わっていたら本当に怒るところだった」
まあ、あの謝り方はなかったよね。店長さんまともでよかった。って、店長さんがあたしに跪いてお礼を言い始めたよ。
「この度は本当にありがとうございます。お嬢様のご配慮がなければ、この店も私も、いえ、全ての従業員が職を失う所でした。ご学友とはいえ、アルフレッド殿下に意見なさる勇気、素晴らしいお言葉の数々、まるで聖女か女神さまのようでした。本当に……本当にありがとうございます」
涙ぐみながらあたしにお礼を言っているよ! 素晴らしいお言葉って、親分の受け売りだからね!
「そうだ。アリアは素晴らしい女性なんだ。学園でも聖女コースだしな」
「本物の聖女様でしたか!」
見習いだけどね。それに聖女って本当は照明係なのよ!
「なんと! 本物の聖女様でしたか! 神よ感謝いたします。聖女様に祈りを!」
やめて~!
「しばしお待ちください」
店長が奥から何か取り出してきた。
「これは我が家の家宝、非売品のダイヤモンドでございます。オークションなら開始価格が一千万からの逸品でございます。聖女様にお礼として」
「そのようなこと必要ございませんわ」
無理無理無理!! そんな恐ろしい金額のもの身に余るわ~!
「ご迷惑をかけたのはこちらですわ。そのようなお気遣い必要ございませんわ」
お金は欲しいけど、限度ってものがあるわ! しかも売っちゃいけない流れの品だし! トラブルに巻き込まれるの目に見えている。
「何と! そのようなこと!」
「アリアの誠実さがわかったか? そういう女性なんだ」
仕方ないじゃない! あたし貧乏性なんだから!
「アルフレッド様はどうしてこのお店に来のですか! 来なければこんな騒ぎにはなりませんでしたのに」
話を戻してさっさと終わろう。
「あ、ああ。アリア、君に何かプレゼントをしたくて」
「え? 私に? プレゼントなんて別になさらなくていいですのに」
「そういうことでしたら、こちらでご商談を! どのようなお品でしょうか。もちろん最大限のサービスをさせて頂きます。聖女様もこの店の顔を立てると思ってお受けください」
顔を立てるか。確かに仁義は大切だね。まあ、迷惑料としてお店の物を買うのと、あたしに対しての迷惑料代わりならスジが通るか。何かしないとお店も顔が立たないし。しょうがねえなぁ。
「そういうことでしたら」
「そうか! ではそうしよう。店主、相談があるんだが」
王子と店長がお店の方に歩いて行ったよ。あたしはここで待っていればいいのか? あ、お菓子とお茶が追加された。うん、甘ったるいけど腹の足しになるね。お茶おかわり下さい。甘くて口の中が。って、会長戻ってきた。
「アリア、これを貰ってくれ。エメラルドのネックレスだ」
エメラルド! いくらするのよ⁈
「お前が気にするほど高いものではない。それに迷惑料だといって半値にしてもらった」
ちょっと待て! 迷惑料なら倍払えや! 迷惑かけたのあんたの方だよ、会長!
「半額ですか」
「お気に召しませんか? でしたらもっとまけても。今回の迷惑料として無料でも私共はいいのですが」
「違う! そうじゃないでしょ。全額払いなさい、会長! 値切られた品物を贈るのですか! それで私が喜ぶとでも思っているんですか! 私は半値の価値しかないのでしょうか」
だから詫び料はちゃんと払えよ! 人のせいにして値切るな! そんなんだったら貰わなくていいよ。店に対して顔が立たないじゃない。
「すまない! そんな事はないんだ! アリアを半値の女にする気なんて絶対ないから! 店主、割引はなしだ。全額払う!」
「それではこちらの気持ちが」
「それは他で何とかしてくれ。このネックレスは定価で頂く。いいな」
「はい。では300万リーフになりますが」
「問題ない! あとで運ばせよう」
ちょっ、なに? 300万⁈ いらない! 無理!
「そのような高価なもの、頂けませんわ」
「心配するな。君は一度受け取ったものを返すとか、そんな非礼はしないよね」
受け取るって言ったっけ? 言ってないよね?
「お嬢様。受け取って頂かないと我々の立場が無くなってしまいます。それからこちらは我々から聖女様に感謝の気持ちとして送らせて頂きます。聖女様の瞳の色と同じアメジストのイヤリングです。ささやかな品ですのでお受け取り下さい」
アメジストでこの大きさならそこまで気にする値段でもないか。いや、私の金銭感覚壊れかけてない?
「喜んでお受けいたします」
これで手打ちだ。いいよね。
「ありがとうございます。今後なにか御用の際は、いつでも割引をさせて頂きます。聖女様にはぜひご贔屓にして頂けますよう、心からお詫びと感謝を申し上げます。誠に、ありがとうございました」
なんだかんだ言って、ジュエリーを二種類も無料で貰ってしまった。仕方ないよね。ゆすったわけじゃないし。まあ、貴族の授業で宝石何もつけていないのあたしだけだし、これから必要になるしね。でも300万のネックレスは身の丈に合うのか?
なんか疲れたけど、これから会長と食事か。まあ、機嫌直ったみたいだからいいか。
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