閑話 爵位返上

「皆の者、よく聞いてくれ」


 レイシア様に教わったスーハーを村の者と一緒に行った後、私は60世帯、400名にも満たない村民に伝えなければいけないことがあった。


「私はここクマデの村で育ち、皆と一緒に日々の暮らしを守ろうと頑張ってきた。しかしだ。相次ぐ魔獣の出現、天候の不順による穀物の減収、最近のクマデは不運続きだ。一昨年のレイシア様の救援により何とか皆の命は守られたわけだが、このままではいつまた飢餓を味わなせなければいけなくなるか分からない」


 皆の顔が暗く沈んでゆく。朝から聞きたくもない現実を聞かされているのだから。


「国に払う税金もギリギリなんとかしているが、それもレイシア様からの施しで何とかなっている状態なのだ。あの時頂いた魔石を売ることでなんとかしのいできた。しかし、もはやそれも終わりだ。かといって、皆の税をこれ以上上げることはできぬ。いや、する気がない」


 税を上げないといった途端、ほっとした顔になったな。税率は五公五民。他と比べてもけして高くはないが、皆が貧乏だ。払うもの少なければ残るものも少ない。これが限界なんだ。


「今まだ余裕のあるうちに決断しなければいけない。私ルドルフ・クマデは男爵位と領主の座を王国に返還する」


 どよめきが広場一面に広がる。「わしらはどうなるんだ!」「見捨てられるのか!」「やめないで下さい!」そんな声が次々と上がった。


「これからの事を話す。聞いてくれ」


 何度か同じことを大声で言って、ようやく怒号が静まった。


「廃爵にあたり、今年の税は免除申請を行った。ここクマデ領は王国が管理する天領となる。だが王国から離れた辺鄙な地。気にかけてもらえるとは思えない」


 またざわめきが起こる。


「私は爵位を失い、平民として生きることになる。皆に対し私ができる事はなくなる。だから領主として最後の提案をする」


 ざわめいていた声が止んだ。


「レイシア様が生まれ育ったターナー領。ここからずいぶんと離れた所にあるのだが、そこで移民を求めている。開墾と新しい事業を一緒に行っているそうだ。今の領主は私が学園にいた時の同期で良く知っている。人の好い真面目な男だ。開墾すれば土地がもらえる。女子供の働く場所もある。ここからの移動は大変だが、向こうにまとまっていくならば、路銀はこちらで持つ。このクマデの村を捨てるのは本当につらいが、新しい豊かな土地でやり直してみないか? 強制ではない。残りたい者は残ってくれ。私が皆に出来る最後の提案だ。よくよく話し合い考えてくれ」


 領地を潰すことになった無能な領主。ここから先そう言われ続けることになるだろう。先祖代々名乗ってきたクマデの名を汚すことになった。


 しかたがない。領民を飢えさせ苦しませるよりはましだ。



 結局、村民全員が移民することになった。私はクリフトと連絡を取り合い受け入れ態勢を整えてもらうことができた。


 移動は夏と秋の二回に分けることになった。早く行けるものは夏に移動し、残りの者達のために受け入れる準備を始めた。

 今年の収穫のために残った者は、商人と交渉し作物と家財を売って金に換えてから移動した。買いたたかれたが税を納めなくてよい分何とかなったみたいだ。


 私は一代限りの名誉貴族を王国から頂き、ターナーとクマデの移民との交渉役として働いた。


 村にはなかった活気がこの領には満ち満ちていた。孤児に対する偏見がないためなのか、移民に対する偏見や嘲りもなかった。働けば働くだけ豊かになる未来がこの地にはあった。


 不安がっていた村民も、今は笑顔で暮らしている。

 そのうち交渉役の仕事もなくなるだろうな。そう思えるほど優しい世界があった。






※村人の人数、242話の『まだ足りない?』で出てきた数ごと変更しました。

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