第四章 冬休み(そしてオープニング回収へ)

帰郷まで

 卒業パーティーが終わった翌日、レイシアは休日でもまだ用のある生徒たちが行きかう学園のゼミ室で、ポマール先輩と頭髪乾燥機の改良点について話し合いをしていた。


「あまり熱くしすぎると、髪が傷むみたいです。温度に上限を付けないといけないとおもうの」


「それなら、レバーが必要以上に動かないようにするか」


「そうだけど、万が一にも上がらないようにしたいのよね。何かのはずみにズレて高温になったら嫌なのよね」


「そこまで必要なのかな?」


「使う方々は魔道具の事を分かっていない人たちだからね。構造理解できない人が使っても安全を担保したいのよね」


 レイシアの要求は高い。量産化する前に問題点を解消しておきたいということで次々に要求がポマールに伝えられる。なにせ使うのは高貴なお嬢様方。万が一にも怪我などさせられない。言葉に力が入る。

 ポマールも日常の会話は相変わらずだが、こと趣味に関しては別。たまに専門的な会話になると細かい所をオタク語りのようにすらすらと話し始めたりする。


 いつの間にかお昼になり、レイシアはランチを出した。片手で食べることができるバクットパンは、作業効率を上げてくれる。


 食べながらポマールはレイシアに聞いた。


「冬の間は……どうするんだい? ……準備とか、オズワルド様の……裁判……とか」


「そうね。いろいろ忙しいですね。でも一度ターナー領に帰ろうと思うの。しばらくの間帰ることができなさそうだし。今年くらい新年を家族や領地の人々と過ごそうと思っているの。あちらの工場の様子も見てみたいしね」


「そ、……そうなんだ」


「とはいっても、こっちでいろいろやらなければいけないこともあるから、寮が閉まっても残らないと。黒猫歌劇団の初日見てから帰るから、25日までは王都にいるわ」


「劇団。……ナズナ先輩の入る……」

「ええ。今勉強中で手伝っているみたいね。メイド喫茶でも働いてもらっているわ」


 そこに卒業式の後片付けをしていた王子がとアリアが教室のドアをあけて入ってきた。


「レイシア、25日まで帰らないのか?」

「え? アルフレッド様なにして……あっ、お昼ご飯狙いに来たんですか! バクットパンでいいなら小銀貨1枚ですよ」


「ああ、じゃあ二つくれ。ってそうじゃない! 来週まではいるんだな」

「ええ。いつまでいようと私の勝手じゃないですか。パンはいらないんですね」


「いやいる! 2人分だ」

「隣の子の分ですか? まあいいですよ。お金さえ頂けるのでしたら」


 レイシアが銀貨を受け取った。


「で、ここで何しているんだ?」

「魔道具の改良です。量産化は始めたら規格変更が難しくなりますので。ポマール先輩に協力してもらっているんですよ。邪魔しないで下さい!」


「あ、ああ。パンありがとう」

「どういたしまして」


 王子はバクットパンを貰うと、アリアと部屋を出ていった。



「会長って普段はあんな風に話されるのですか?」


 レイシアとの会話を聞いたアリアが、王子に尋ねた。


「あ、ああ。ゼミでだけだよ。ほら、ゼミは自由に話さないと研究が進まないからね」


「そうですか? 先ほどの女性とずいぶん仲良さそうな感じでしたが」


 その言葉に、王子はアリアがヤキモチを焼いているのだと思った。アリアからすれば、会長にも友達がいたんだ、よかった。とおもっていただけなのだが。


「レイシアとはなんというか腐れ縁みたいなものというか、そう、ライバル! 好敵手というやつだ」


 慌てながら弁解じみた話を始める王子。


「そ、そうなんだよ。ヤツはいろいろとお店を持っていてさ。このパンもそのお店の人気商品なんだ。そうだ、一緒に食べよう。できれば人気のない所で」


 王子に他意はない。二人きりでの食事を目立つところで行うのは問題があるだけ。それでも、外で食べている限り人の目から逃れることはできない。かといってどこか個室に二人きりでこもる訳にもいかない。


 結局、桜の木の下で食べることになったのだが、またしても女生徒たちに燃料を与える結果になったのは言うまでもなかった。



 お祖父様、オズワルドの離婚等における裁判は二月の半ばに行うこととなった。現在は裁判に向けて資料を集めなければいけないのだが、オヤマーの邸宅にはオズワルド自身の出入りが息子から拒否されていた。人を使って最低限の身の回りの物を持ってこさせるのが精一杯。商業ギルドや個々の商店の書類をかき集め分析するのが裁判に向けてできる精一杯の対策だった。もちろんギルドや商人たちはオズワルドの味方だ。


 黒猫歌劇団の準備は佳境に入っている。ナズナも執事喫茶パートのお客役(セリフ一言)で出演することになっている。まあそれ以上に小道具の管理やお茶出しなど、末端であれ貴族のお嬢様が普段したことのない雑用に振り回されてぃたのだが、それでも夢のために頑張って働いていた。在学中からメイド喫茶で接客を学び、掃除や買い出しなど仕込まれていたことで、なんとか喰らい付けるだけの素養を持つことができていたのが幸いした。


 イリアはギリギリで脚本完成させ、今は魂が抜けたような状態になっている。リテイクに継ぐリテイク。小説と全く違う脚本制作に、もう二度とやるものかと誓っていたのだけれど、ナノが許すはずもなく来年の戯曲を書くことになるのだが、それはまた別のお話。


 舞台の初日は黒猫甘味堂を閉めて、従業員全員と常連客たちで観劇することが決まっている。終わった後はマイムを貸し切り、初日打ち上げ兼メイド喫茶主催ファン感謝祭が行われる。これはメイド喫茶従業員と常連客が打ち上げに参加できる企画だ。


 帰郷するまでレイシアの予定はぎっしりと詰まっている。日中はゼミ室で研究もできるだけしていたい。ポマール先輩との最終仕上げは年末までに完成させないといけなかった。



 一方王子はアリア、そしてレイシアとの関係に決断を下さなくてはいけなかった。王国主催のパーティーまでには何らかの形を作らなければ、帝国からなにがしかの要求が来るかもしれなかった。


 どんな形であれ帝国皇女との婚約は話題にすら上げてはいけない。


 今はまだ正式な離婚に及んでいない第一皇女だが、間もなく離婚は成立するという情報は入手していた。一年後には改めて再婚できる状況になる。

 王子も王女も18歳の卒業までは正式に婚約を発表できないのが、ガーディアナ王国の王室の決まり。だが、内々には候補を予定しておかなければいけないのは事実。

 ただ、神に認められればそれは別。王女が帝国に行く前に、相手もいないのに『真実の愛』ということにこだわったのはそのため。神に認められた場合は人の法は関与できない。


 もっとも、『真実の愛』など、何十年も認められていない伝承レベルの事例なのだが。


 教会に頼み込んで、金とコネで何とか出してもらった件はいくつか認められるのだが、まあそんなものだ。現王がそれをしていたのは公然の秘密。


 王子は姉からその話を聞いた時、父への尊敬を失いかけたのだが、今この状況におちいって父の苦悩を分かったような気になっていた。


 姉からは、レイシアが正妃であるなら何も言わないといわれた。他に侯爵家の女性数名候補を上げられたが、王子の中にその選択肢はなかった。


 王子は姉にレイシアの指のサイズを聞いた。何度となく接している姉なら分かるかもしれないと思っての事だ。


「まあ、すぐに欲しいなら私が用意してあげるわ。意匠は凝れないけれどシンプルなもので良ければ三日で仕立て上げさせる」


 王女はレイシアを取り込みたかったので、快く王子に協力をしたのだった。




 そして、長い事 かかったのだが、話はオープニングの時間にたどり着くのだった。









 ――――私はどこで間違えたんだろう。

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