閑話 クリシュとサカの新工場

 お姉様が夏休みに帰ってくることができないという手紙が来た。

 新工場を視察するのを楽しみにしているって手紙がつい最近来たばかりなのに!

 それでも……。お姉さまの手紙の内容を見たら、とんでもないことが書いてあったんだ。


 王女様が液体の頭髪洗浄剤と米ぬか入りの石鹸を気に入った⁈

 王都に持ち込んだ分を全品買い取る? しかも1200リーフの石鹸が10000リーフだって⁈ 頭髪洗浄剤も半月分で10000リーフ⁈ お姉様何をしたんですか⁈


 工場は、建物は完成した。中で働く孤児と孤児出身のみんなも完璧な仕事ができる。しかしあまりにも人が足りない。


 僕は石鹸だけでなく田んぼの方もお父様の代理として担当しているんだ。そこにも孤児と孤児出身の人を中心に回している。頭脳労働は孤児関係者とオヤマーの指導者が行っている。実際に体を動かすのは平民、特に農民の二男三男が多い。冒険者もかなり入っている。果樹と田んぼの繁忙期はんぼうきはずれているからいいのだけど、麦はかなり被ってしまうからこれからの人の管理も大変だというのに。まあ、移民の受け入れが上手く行けば来年からは楽になりそうだけど。


 それでも、お父様が教育改革を取り入れてくれたおかげで、数年後には平民の若手の質も上がるだろう。礼儀作法も教育プログラムに入れた方がよさそうだね。


 しかし貴族の頂点、王女様が関係するとなると、商売の方向性から変わってくるじゃないか! 石鹸作りも平民から労働者を雇うか? ターナー領だけでは人口が足りなくなる? 移住者を増やさないといけない?


 僕は手紙を何度も読み返して、お姉様の周りの状況を推理し、様々なシミュレーションをしてみた。まったく、祭りの準備もあるっていうのに!


 そんなこんなでやること満載の中、サチさんが婚約をした。今度はお祖父様の提案で温泉近くにホテルが作られることになった。財源はサチさんの婚約者のシロエさんが持つっていうけど、計画は多分僕に来るよね。優秀な孤児だって数が限られているというのに。いいの? 三年後、僕、学園に入学するんだよ! お姉様帰ってくればいいけど。


 お祖父様たちが帰って一息つけるかと思ったら、今度はヒラタの領主様がわざわざやってきた。学園長まで。申し合わせしたわけでもないけど一緒になっていた。


 祭りがあるっていうのに!


 それでもお姉様の現状を、第三者の視点で聞くことができたのはありがたい……っていうか、何しているのですかお姉様! 信じられないっていうより信じたくない現実が! 結局僕はビオラ様と婚約を結ぶことになった。


 まあ、よく分からない理由で訳の分からない人と婚約をするよりなら、顔見知りで僕に好意を持っているビオラ様の方が安心できる。努力家なのは分かるし、努力しない周りの貴族の子供たちのような馬鹿でもない。少なくとも信頼と信用はできる相手だ。お義父さまとも上手くやっていけそうだし。


 取り合えず、ホテル事業と温泉の事業を手伝ってもらうことにした。王女様が温泉に興味を持っているということでかなり乗り気になってくれた。ヒラタの領主様も温泉が気に入ってくれたみたいだし。


 本当は石鹸事業にも咬みたそうだったけど、いきなりそこまで踏み込ませるつもりはない。出し惜しみしながら貸しを作らないと。駆け引きなら僕なんてまだまだ未熟。お父様は腹芸無理そうだから。そうだ、せっかくだからそういったところも習おう。海千山千、修羅場の数が凄そうだから。



 石鹸類をカミヤ商店に渡すとき、王都の情報を知らせてもらう。最近は領内で売る分が不足するほど注文が多くなっている。


 今は果樹や種など油を搾れる植物が多いけれど、冬になったらどうする?

 動物も乱獲するわけにはいかないし。


 カミヤ商会の伝手を頼んで、油の材料は各地から安定的に集めることができた。しかし、いつ注文量が増えるか。

 そして問題は石鹸。新鮮な脂でないと匂いがきつくなるという問題があった。こればかりはターナーでしかできない。


 僕はお父さんに許可を貰い、というかもぎ取り、ヒラタの領主様に石鹸工場をヒラタにも作らないかと提案する手紙を出した。


 一も二もなく賛成の手紙が届いた。僕は技術者の孤児を三人連れてヒラタに向かった。

 ヒラタでは領主自らヒラタの街を案内してくれた。ビオラ様は王都で僕を見返すために特訓中らしくいなかった。


「こうしてクリシュ君が来ていると知ったらずいぶんと残念がるだろうね」


 領主はそんなことを言ったが、そんなことは些細などうでもいいこと。さすが伯爵領。農業も商業もターナーとは比較にならない素晴らしさ。


「畜産に興味があるのかい? ここでは家畜化されたボアをそだてているのだよ。正確にはボアと豚を掛け合わせた二元豚という元特許商品だがね」


 ヒラタが持っているボアの家畜化の特許? 凄いな。


「この畜産のおかげでここら一帯の食事事情はよくなっているんだ。肉の安定供給は周りの領にも喜ばれているよ」


 新鮮な脂が確実に手に入る! こんな理想的な場所があるなんて!

 果物など、油を取れる農産品も多量にある。


 計画の練り直しだ。僕は工場を広げ米ぬか入りの石鹸も作ることができる工場になるように提案した。

 領主は喜んで提案に乗って来た。そこでしばらくこちらに泊まり込み、孤児の技術者と共に土地の選定や工場の規模など練り直した。


 僕たちの仕事を領主は格別なほど評価してくれた。僕は今後の事もあるのでこの三人が孤児であることを告げた。


「もし、孤児であることが差別や侮蔑で仕事に支障が出るというのであれば、この計画自体を白紙にしなければいけません。僕が連れてきた最高の技術者なのですから」


 孤児ということで最初は驚かれたが、計画段階での彼らの明晰さや知識の深さが関係者には知れ渡っていたため、侮蔑的な目で見るものはいなかった。信用と信頼を勝ち取ることができた。


 そうこうしているうちに、王女が帝国に留学することになった。ビオラ様が王女に着いて行くサカのガーベラ様から勉強を習っていたらしく、サカの街まで一緒に付いて来てそのままヒラタに帰って来た。


 以前あった僕に対してのおどおどした様子もなく、凛とした佇まいは彼女の美しさを引き出していた。


 とは言っても、この忙しい中、彼女の相手をしなければいけないという仕事が増えたのは確か。


 帝国で頭髪洗浄剤と石鹸が大評判になっているらしい。工場を仮稼働させてあわてて試作品を作った。まだまだ品質は低いが、まあ最低限はクリアだろう。請われるがまま帝国行の船に乗せて王女に送った。


 品質は作業員の質に比例する。お父様と神父様の教育改革は本当に画期的なものなのだったんだと気付いた。


 僕は領主に頼んでみた。


「孤児院から孤児を全員買い取って、僕たちで育てる許可とそれなりに大きな家、いや寮を下さいませんか?」


 そう。孤児院をターナーのように改革するのは無理だろう。ましてや教会から引き離すのは。だったら孤児だけ買い取れば早いのではないのか? 教育はターナーから孤児を送り込めばいい。孤児が出るたびに買い取れば実質孤児院ができるのではないのかな? 僕たちの孤児院のように。


 ヒラタの孤児たちはサチさんの事を女神のように思っていた。パクっとパンを与え、サチさんがボクの姉のメイドだと言うとみんなが僕に忠誠を誓ってくれた。


 まずは孤児たちに人間らしい生活を叩きこもう。おいしいご飯と安心できる睡眠。そして規律と勉強。


 一年あれば孤児たちにそれなりの教育が施されるはずだ。そうなったらヒラタの工場で作る製品も品質が向上するだろう。


 そうだな、せっかくだからビオラ様に孤児寮の責任者になってもらおう。領主のご令嬢が責任者になっている事業の成果にケチをつける者はいくらでも排除できるしね。孤児だからと差別するものは絶対にゆるさないよ。それに孤児への教育と成長を目の当たりにすれば、ビオラ様も今よりやる気になってくれると思うしね。一緒に学んだらいいよ。


 僕の先輩で婚約者なんだから。できるよね、ビオラ様。

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