姉弟
「キャロライナさんもずいぶんと女の子らしくなりましたね」
夕食をとっているなかで王妃が嬉しそうに語りかけた。
「ライオット皇子からの熱愛は、それはそれは情熱的と伺っていますが」
「お、お義母さま! そ、そうなのです。まったく困ったものですわ」
照れ隠しなのか早口で嫌だ困っていると口にする王女。
「ふふ、あなたもずいぶんと慕っているとおききしましたのですが」
「そそそ、そんなことありませんわ。わ、私、帝国と王国の利益を考えた末の婚約の受け入れですのよ」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
フフフ、と楽しそうに笑いながら温かなスープを掬いあげる。
「そ、それはそうと、私報告しなければいけないことがあります!」
「なんだい、キャロライナ。結婚になにか問題でもあるのか?」
「お父様、そうではありません。卒業後の事でございます」
結婚するにしても一年ほど期間がかかるのが王家の結婚。ましてや二国間が絡んだ大義と見栄と名分をこれ以上なく詰め込ませないといけない披露宴。各所の思惑と利益が複雑に絡みまくるため、準備が大変なのだ。さらに婿入りのため王国だけでなく、帝国でも披露の宴を開かなくてはいけない。まかりなりにも第三皇子なのだから。
「結婚するまでは私は王女なのですが、結婚をすると臣下になりますよね。公爵ですとどこかの家が降爵しなければいけなくなりますよね。ですから私は侯爵になるかと思われるのですが、いかがでしょうか?」
「う、そうだな。そうしてもらえると助かる」
「どこかの天領を頂きたいのですが、それはまた後日に。それでも領を経営するため事業を起こさなければいけないと思っております。その件を食事のあとお話したいのですがよろしいでしょうか」
王は王女の提案を受け入れ、王子を含め三人で食事後に話し合うことになった。
◇
「するとお前はレイシアの行う事業に混ざって新事業を行うということなのか?」
ヘアウオッシュ事業についての説明を聞いた王と王子は、男性にとってあまりの奇想天外な商売に驚きを隠せなかった。
「それになんでレイシア……」
「アルフレッド、レイシアさんの周りは金になることだらけよ。レイシアさんを守るためにも私と事業展開をする方がいいの。私が王女でなくなれば普通の侯爵の保護下に変わります。お義母さまの保護下でもあるけど、私がレイシアさんと事業展開している方が他の方が手を出せないのよ。さらにライオット皇子も共同経営者になれば帝国への牽制になるの。まあ、確実にもうかる事業ですから、これからの生活のために必要なのよ。競争相手もいない独占事業ですから」
確かに、いくつもの特許で固められた新事業ならかなりの利益が見込まれる。それが女性の美容関係ならなおさらのこと。
「メリットはお金だけではないわ。美容の最先端をおさえておけば、あなたが王位につく時の強力なサポートになるわ。お父様も私達に渡す天領の規模をおさえることができる。侯爵としての体面が立てられる程度の領地でもいいのですから」
「そうして言ってもらえると、私としてもありがたい。領地についてはなるべくいじりたくはないからな」
いい条件の領地を与えようとすると、どこかの領主の土地を削ったり領主の移動を行ったりしなければいけなくなる。天領を与えることで済むのならそれに越したことがない。
「それから、レイシアさんの出身はターナー領ですが、子爵から伯爵に
「まて。レイシアは授業料が払えなくて奨学生になっているんだぞ。国に借金もあるらしいし。領の財源がひっ迫しているんじゃないのか?」
「王国への借金は、私たちの婚約で徳政令を出せば解決です。未払いの授業料はレイシアさんの報償として王家が肩代わりしましょう。子爵の学費ですから三年間でも数千万ですみますよね。微々たるものです」
「まあ、その程度なら魔石代にも届かないな」
「レイシアは奨学生という立場を気に入っている様だぞ」
「そんな貴族がいるのか⁈」
王としては理解しがたいレイシアの思考。
「しかし、娘がそうでも領主なら上を目指すのではないのか?」
「レイシアの話からは、領主も上昇志向がないみたいだけど」
「そうなのか? ターナー? どんなやつだ? 顔が出てこない」
「入学式でも来なかったらしい。ここ十年は領から出たことがないって言っていたけど」
「新年のパーティーにも来ないのか!」
「そうみたいだね」
ありえない。王はそう思った。
王家が年に二度公式にパーティーを開くのは、地方の貴族が社交界でのつながりを保つためだという意味合いもある。それを使わずにつながりを切ってしまっては貴族としての体面が保てない。
「そんな領主が伯爵になれるのか? 伯爵としての責任は子爵とは段違いだ」
「まあ、レイシアの父だから」
「そうね。レイシアさんのお父様よね」
王子も王女も混乱しかかっていた。
「調査しなければいけないな。一旦保留だ」
王は冷静に判断しないといけないと思った。
◇
話は終わりだと王は出ていった。王子も出ていこうとするのを王女が止めた。
「なに? まだ話があるの?」
「そうよ。アルフレッド、あなた好きな子いるの?」
「えっ、何だよいきなり! 自分が幸せだからっていきなり聞く? 惚気たいのかよ!」
「ふふふ、なんか噂がいろいろ出ているみたいよ。詳しく教えてもらえないから直接聞こうかと思って。何人か候補がいるみたいじゃない。なかにはレイシアさんまで入っているみたいだけど」
王女は弟がレイシアを気にしているようなのは以前から気が付いていた。しかし、それが異性としてなのかライバルとしてなのかよくわからないままだったので、とにかく聞いてみたかったのだ。
「生徒会の女性も候補に上がっているみたいだけど?」
「……………お付き合いしている人がいます」
「お付き合いしているの? 誰?」
「アリア・グレイ男爵令嬢。聖女で生徒会の一年生」
やっぱり。と思ったが素直に祝福できない。
「レイシアさんは?」
「レ、レイシアは……」
「レイシアさんは?」
「………………………多分」
「多分?」
「…………俺の」
「俺の?」
「………初恋」
「……あっ、……そう」
何というか。恋愛に慣れていない王女は、このじれったい告白に恥ずかしさMAXのダメージを受けた。王子に関しては言わずもがな……。
「そ、そう。……ごめんね」
「謝らないで」
気まずさが増幅する。
「え、え~と、アリアさん? アリアさんとお付き合いしているのは確かなのね」
「ああ。告白を受け入れてもらったし、ダンスにも誘った」
「そう。はぁ。そうか男爵か……」
「男爵家の令嬢だけど素敵な子なんだ」
王女は真面目な顔になって王子に言った。
「帝国が、あなたに婚約者を押し付けようとしているわ。私が第二皇子ではなくライオット様についたから。第一皇子派には歓迎されたけど第二皇子の派閥は不満だったみたいね」
「それって俺のせいじゃないよね」
「そうね私のせいでもないけど」
(あなたのせいだよ!)とは言いたくても言えなかった。
「帝国の皇女は四人。あなたに近い年の子で性格のいい子もいるけど、婚約予定者は第一皇女。現在三十歳よ」
「三十! おばさんじゃないか!」
「おばさんとか言わない! って言ってもかなりの年上ね。しかも今は侯爵夫人なんだけど、来年の夏には離縁されて戻ってくる予定の出戻り決定案件ね。金遣いと性格が悪いみたい」
「いいところなしじゃないか!」
「いい所は家柄。第一皇女だったからね。多いのは贅肉?」
「嫌がらせかよ!」
「嫌がらせね。それに不良在庫の押し付け。王家に戻られても困るみたいだから。国内にも置いておきたくないみたいね」
「どうしろっていうんだ! そんな未来考えたくもない!」
叫びにも似た王子の声が響く。ふぅ~と王女がため息を吐いた。
「政略結婚は貴族の務め。私もそう思って生きてきました。だけどね、ライオット様以外の方と今は結ばれたくなくなったの。王族としては失格なのかもしれない。でもね、恋って凄いね。まさか私がこんな気持ちになるなんて」
王女は弟を優しく見つめた。
「だから、あなたにも幸せになって欲しいって今は思っているの。だから『真実の愛』を神に認めてもらいなさい。第一皇女が離婚を成立させる前に」
「真実の愛って何?」
「神に認められた婚約よ。条件が認められれば祝福を受けられるわ。かなり厳しいらしくほとんどが却下されなにも起きないみたいだけど。この国の貴族は正妻と側室一人しか持てないわ。両方埋めてしまいなさい。だけど、あなたの好きなアリアさんは男爵令嬢。しかも聖女じゃない。はるか昔と違って、今は聖女って庶民が成り上がる程度の認識しかされていないわ。正妃にするには他の貴族が反発するでしょう」
「どうしろっていうんだ?」
「レイシアさんと婚約しなさい。アリアさんは側室でいいんじゃない? まあ、婚約は卒業と同時にしかできないけれど、王妃教育はその前からやらないといけないわ。婚約は最終的に破棄してもいいから」
「はあ? なんでレイシア?」
「初恋なんでしょ! それにレイシアのためでもあるのよ」
「だから何で!」
「いい、伯爵令嬢ならぎりぎり王家と婚約できるの。アリアさんは残念だけど側室まで。レイシアはあなたと婚約する前提なら帝国ほか様々な者から守られる。私が共同経営するより強く確実にね。あの子の才能は何が何でも手に入れたいと思う組織や貴族がいくらでも出てくるわ。王子の相手になれば防げることが多くなる。あなたも守られる。WINWINよ」
「そんな打算で」
「打算でも幸せになればいいんじゃない? あなたが手を出さなければ数年で別れられるし。商売が大きくなって誰も手出しできなくなるまで、がっちり王家で守ってやればいいの。もちろん国家経営を二人でしてもいいのよ」
「俺はアリアが」
「だから側室で守ってあげなさい。まあ、この話は私からの提案だから実行しなくてもいいけど一度きちんと考えてみて。これをたたき台にして別の案を練ってもいいけど。アルフレッド、あなたには幸せになってもらいたいと思っているの。レイシアさんも」
「そう。ありがとう姉さん」
「まあ、いきなりきいたら荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど、そして神に認められないとは思うけど、こういう方向もあるって話ね。神に認められなくても、教会、枢機卿に認められたら効力があるから。不可能なプランってわけじゃないのよ」
そう言うと、王女は弟を抱きしめた。不意な行動になされるがまま動けなくなる王子。
「こうやってお姉ちゃんとしてあなたに話しかけることも抱きしめることも、あと数ヶ月でできなくなるわ。私が侯爵になれば、私はあなたの臣下になるの。姉弟として接することはなくなってしまう。だから……。いろいろ言ったけど、本当に言いたいのは一つだけ。幸せになりなさいアルフレッド。国のため、国民のためになる行動と、あなたが幸せになる行動。両方叶えられる道を絶えず模索しなさい。あなたとあなたの大好きな人達を幸せにできるように」
いつの間にか涙をこぼしながら王女は弟に語り続けた。
――――こんなに本心を見せつけられたのはいつの日以来だろう。
いつも上から語りかける姉。間違いなどないような口調で命令するかのように指導する姉。
でも、いつも奥底に優しさが見え隠れしていた。だから負けないように頑張ってきた。
――――もう、子供じゃいられなくなったんだな。
姉を見ながら弟は、無理やり微笑みを作ろうと口角をあげた。
固まった頬に涙が一筋だけ、「無理するな」と言いたげに流れ落ちた。
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