黒猫グループ 緊急会議③

「では、販売用の製品と製造状況を確認したいと思います。まずは魔道具についてですが、ポマール様とレイシア様よろしくお願いいたします」


 ポマールは開発しか行わないため、レイシアとカミヤが製造ラインの開拓をしていた。


「ま……魔道具は、どこでもかまど……と……湯沸かし器と……頭髪乾燥機と送風機が……完成しています」


「ポマール先輩が頭髪乾燥機と送風機という新商品を開発してくれました。全てが素晴らしい魔道具なのですが量産化するにあたり優先順位を付けなければなりません。現在、かまどを量産できるように動いています」


「ほう。なぜかまどからなのだ?」

「全ての貴族が欲しがるからです」


「どういうことですか?」


 カミヤは理解しているのだが、皆が理解できるようにレイシアに質問を投げた。


「美容に関しての製品は女性に対して爆発的に売れることでしょう。しかし、美味しい料理は老若男女全てが欲しがるものです」


「そうですね」


「さらに、パーティーで出される料理のトレンドがどこでもかまどで保温された料理になるでしょう。王室から流行が始まり、公爵家・侯爵家と次々に王女が認めた高位の主催するパーティーで温かい料理が出されていったらどうなるでしょう? かまどの有無がパーティーの格を決めてしまう、そんな未来が来るのです」


「パーティーの格が決まるのか。末恐ろしいものだな」

「はい、お祖父様。王子と王女の反応を見ただけで確信出来ます。温かい料理がどれほど人を魅了するのか」


「それで、どのくらいの生産量になりそうだ?」


「初年度は、一月あたり28台。年間で336台。うち販売数は年間で240台。一台あたり3000万リーフで販売できればと思っています」


「一台一億リーフといっておったではないのか?」

「数が少ない現状ではそうなのですが、増えてくれば価格は下げざるを得ません。であればある程度価格を下げて手を出しやすくした方が現実的です。それに、一台買えば終わりということでもないのですよ」


「一台買えば終わりでない? だと?」


「王室ですと40は最低でも欲しいでしょうね。パーティーで一台だけ会場に出すわけにはいきませんもの。メイン料理一つだけが温かいだけで済むのは最初だけ。慣れてくると何品もの温かい料理や、作り立てのデザートを出したくなるのです」


「では、240台あっても購入できるのは」


「おそらく、王家40台。公爵家6台×4家 これだけで64台。残り176台は侯爵家で取り合いになることでしょう。ですから一年間は生産を調整しながら価格を維持します」


 本当はもっと量産できるのだけれど、あえて一日一台の生産、販売数も制限をかける事にすると説明をした。


「二年目は一年目に作っておいた余剰分と体制強化で出荷量を増やします。値段もかなり下げられるでしょう。それまでには魔石箱の量産体制も整っていると思いますので。最初に数を出し過ぎて魔石箱の数が足りなくなるとそれも困るのです。燃料は絶えないように在庫を管理しなければいけないのです。ターナーだけで作る訳にもいかなくなると思いますので、王都の近くにも工場が欲しいですね。オヤマーは丁度良いと思っているのですが、今は状況が悪いですので、フージかクッシー辺りに作業場と倉庫を探しています」


 燃料がなければ魔道具は動かない。商会の信用も魔道具の評判も落ちる。


「二年目からはパーティーへのレンタルも考えております。まずは王都限定で。これにより、伯爵家のパーティーでも温かい料理が流行するはずです。そうですね、料理人も付けてのレンタルなど行っても良いかもしれません。子爵家でも例えば結婚式などここぞというお披露目で使用されるかもしれませんね」


 レイシアは話しながら次々とアイデアが湧き出していった。予定していた発表が単なるたたき台になっていくような斬新なアイデア。カミヤもオズワルドも理解するのに必死。逆に、喫茶関係者はレイシアのアイデアに補強を入れる柔軟さがあった。


「これがジェネレーションギャップというものでしょうか。レイシア様だけでなくメイやリンの発想まで」


「レイシア様との付き合いの長さですよ」

「濃さもあります」

「それと私達、ラノベを読んでいますから」


 女子達がわきゃわきゃとアイデアを出し続ける。レイシアがさらに出てきた話題を発展させる。そして話題がそれまくる。


 そんな女子特有の乗りに付いて行けない男性たちにマイムの給仕が慌てた様子で近づいてきた。


「店長、オズワルド様大変でございます」

「なんだ? そんなにあわてて」

「キャロライナ王女殿下がご来店になりました。こちらの会合に用事があると」


 女子達の話し声が止まった。


「サチ、お出迎えを」

「はい」

「え? あ? サチさん?」


 当たり前のように動くサチを、困惑しているシロエが止めようとした。


「サチはキャロライナ様に慣れているから大丈夫ですよ」


 レイシアがシロエに言ったが全く理解できないシロエだった。王女にしばらくの間、王女付きで帝国に行っていたことは機密扱いのためシロエにも教えていなかったから。当たり前のように王女一行を先導して入ってきたサチを目を泳がせながら見守るしかなかった。


「礼とかはいいわ。こちらが勝手にお邪魔したのですから」


 そう言われても王女様に対応することができるのはわずか数名。過去に接待したことのあるナノであっても、状況が揃って心づもりができている役者モードでなければ対応などできない。ましてメイ以下喫茶部関係者はシロエまで含め固まったまま。


「ようこそお越しくださいました。本日はどのような御用でしょうか。出来得る限りご要望にそわせて頂きます」


 カミヤが王女を出迎え、用向きをたずねた。


「そのようにかしこまらなくてもいいわ。カミヤ、あなたから今日このような会議があると聞いていましたので顔を出させて頂きました。私からのお願いはこの企画書に目を通して頂きたいということですわ」


 王女が連れてきた執事がレイシアに企画書を持っていった。


「私の立場を抜きにして、内容を素直に読めるのはレイシアさん、あなただけですよね。お願いいたしますわ」


 レイシアが表紙を見ると『新事業の提案。ヘアウオッシュ事業(仮)』と書かれていた。


「ヘアウオッシュ?」

「ああ、教えてもよろしいでしょうかキャロライナ様」

「いいわサチ」


「レイシア様。帝国でキャロライナ様は限りある頭髪洗浄剤を有効利用するために、帝国にある王家の館の浴室で、貴族夫人や令嬢の髪だけを洗うサービスを行っておられました」


「そうなの。その時思いましたわ。どうしても足りない頭髪洗浄剤。量産化できた所で帝国にも一定量輸出しなければなりませんわ。一度覚えたあの感触を二度とできないなどと言えば戦争すら引き起こしかねません。レイシア、量産体制はどうなっていますか?」


「はい。ターナー領での洗髪剤の生産量は季節により変わりますが秋は月12000瓶ほど。しかし冬になればほぼ0になります。植物性の油が主なので果物や穀物が少ない時は食料を削ってまでは作れないのです。帝国への輸出を聞きまして、弟のクリシュがヒラタの領主と提携を結び、ヒラタに工場を開設しました。そこへ技術者を派遣して生産を行っております。近隣の広大な農村部から油を仕入れやすく、港町のサカにも近いため、帝国への製品はそちらの物を回す計画になっております」


 ヒラタには小型の家畜化されたボア種もいるので、石鹸工場も視野に入れた提携だった。


「冬場は生産量が減るの⁈」

「もちろんです。自然相手の商品ですから」


 王女は頷いて自慢げに言った。


「でしたらなおさら在庫管理が大切ですね。このプランでしたら人数が限定されますから一日に使う量が決まっているようなものですし、定期的に洗髪剤を買えない方でも通うことができます。ここぞという時、自身が行うホームパーティーや特別なお茶会などの前日に髪を徹底的に洗うことも可能ですわ」


 レイシアは企画書を一読し、質問を始めた。


「一日何人の来客を予定していますか?」

「え? そうね、最初は午前中に2回、午後に3回。これが一人で、×従業員の数ですね」


「従業員の数は?」

「お店の規模にもよりますが、一店舗3人かしら」


「では、一日15人を見込んでおられるのですね」

「そうなるわね」


「平時はそれでよいかもしれません。使用できる日数を月一度とか決めてしまえば、月に420名対応できますね。二回なら210名。予約制でしたらトラブルも少ないと思います。しかし」


「なにレイシア。問題でもあるの?」


「王家主催のパーティーや、入学式や卒業式、また高貴な方のパーティーなどの前はどうなるでしょう? 15人で切ってしまえますか?」

「それは……」


 王女相手に容赦ないレイシアのダメ出しが続いた。


「……そういった点を考慮してもう一度練り直してください。まあ、石鹸と頭髪洗浄剤に関しましては、販売相手を王室が管理するという契約ですので、このような企画書を出さずとも、販売先を決めて頂けたうえで余剰分を任せて頂ければよいだけなのですが。なぜ企画書を提出なされたのですか?」


「それは。私が結婚したら王室を離れるからです。この企画が通ったら、私をこの商会で雇って欲しいのです」


「「「はぁ???」」」


 全員が失礼を無視して信じられない思いを吐き出した。それでも王女はしっかりと続けた。


「資金集めや場所の用意は私が責任を持ってやるわ。帝都から帰る時に『止めないで』との要望が皇室に押し寄せたのよ。一年、いえ、半年以内に再開させないと大変なことになりそうなの。数の管理や品質のチェックなどこまめに行うなら、いっそのことあなた達の商会と提携、いえ、グループに参加した方がいいのよ。そう思わない⁈」


 王女にはもともと、女性が働きやすい環境で自己実現を行えるようにしたいという夢があった。そのため学生時代はその事をメインに学んでいたのだが、女性が女性をキレイにするための仕事を帝国で発見し、起業することを考えたのだ。

 さらに第三皇子を名目上帝国の店長に起用することによって、帝国との繋がりと情報収集を切れないようにし、王国と帝国の交渉時に役に立ってもらおうという計略もあった。

 そのためには王都に本社を持つのが必然。それならばレイシアとその技術ごと巻き込んだ方がいい。

 レイシアを帝国に渡すわけにはいかない。それが中央の一致した意見。レイシアたちはそんな事には気がついていないが、軍も政府も王室もレイシアの動向にはかなり注目をしている。


 王女の企画書は確かに粗は多いが魅力的なものだった。


 レイシアは「前向きに検討します」と快く受け取り。王女は「後日修正案をお持ちします」と対等なビジネスに向かうものとして挨拶を交わし帰っていった。



「生きた心地がしなかったよ」


 シロエがくたびれた姿勢でサチに愚痴を吐いた。

 喫茶部の女子もシロエの言葉に共感していた。


「キャロライナ様は気さくな方ですよ」


 何事もなくサチが言うと彼らにダメージが追加された。


「兄猫様、すごいです」

「素敵です」

「格が違います」

「さすがレイシア様の右腕だね。ボクも見習わないと」


 喫茶部女子の称賛の声を浴びながら、サチは「たいしたことないよ」と謙遜。

 シロエは「僕が頼りないから……。サチさん、本当に僕みたいな頼りない男と付き合ってもいいのかい」と自信を失いながら聞いた。


「て、店長は優しくて、頼りがいがあります! 物理的に弱くとも、いざとなったら私を守ろうとしてくれます。そんな店長に、あ、あたしは甘えてばかりなのです。物理は私にお任せください。ならず者も王女の対応も私が引き受けます。店長はそれ以外の事であたしを守ってください」


「僕がサチさんに何をしてあげられるかな」


「あ、頭をなでてくれたり……、かわいいって褒めてくれたり……、え~と、抱きしめてくれたり」


「サチさん」

「店長」


 いきなり始まった二人のありえない惚気合い。レイシアはどうしていいか分からずあたふたしながら見守り、喫茶部女子は(後で話のネタが凄くなりそう)と好奇心丸出しで凝視し、おっさんらは生暖かい目で見ていた。


 それでも当事者の二人以外は同じことを思っていた。


(((これだけやらかしているのに、なんで『店長』呼び名なの~)))


 何とも言えない空気の中、緊急会議は幕を閉じた。

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