黒猫グループ 緊急会議②

「では、次に王都の執事喫茶と歌劇団について。メイ、報告を」


 オヤマーの店の資金繰りがついたため、話を先に進めることになった。

 メイが進捗状況や予算などを細かく報告した。

 現在困っている事と言えば、あまりにも高級商業地のため、従業員をどのような服装で通わせるかということ。

 執事喫茶だからと言って、男装させるのか、それともかなり立派なドレスを着用させるか。従業員とは言え品のない格好では街を歩くことはできない暗黙の空気感がある高級商業地。その場合、その服は従業員の私物になるか、それとも店の支給品になるか。


「貴族街の商業地はそんなことになっているのか? オズワルド様、そうなのでしょうか?」


 カミヤがこの中で状況を知っていそうなメイとオズワルドに聞いた。


「儂もあの区画には近づくこともないからな。そういうこともあるかもしれん」

「はい。内装業者でさえタキシードに着替えて道路を歩いています。中に入ると作業着に着替えて仕事をするのです。私も店を見に行くときは会員のご夫人様達から譲られてドレスを着て行くのです。着付けに人を雇わないといけませんし、歩き方や作法が本当に大変です」


 レイシアが『うんうん』と頷いた。


「ボクはタキシードで何度か行ったけど、タキシードでいいのではないか? タキシードならドレスと違って毎日同じものを着続けても良いだろう?」


 ナノがそう言うとメイは反論した。


「ナノ様ほどの男装が似合う方であれば。それでも悪目立ちしているのは事実です。例えばエミさんを始め料理人は?」


「え? あたしたち? いやいや、無理無理! 男装なんてとんでもないし、ドレスも無理! 貴族街のこの店に来るための服じゃ駄目なんでしょ」


「そうね。この地域で通用する服ではとてもとても」


「うへ~。馬車に入って通うとかは? できないの?」


「もちろん近くまではまとめて馬車で送ることはできます。しかし、商店街は馬車の乗り入れは禁止されています。歩かなければいけないエリアの事を言っているのですよ」


 そんなエリアがあるのかと出席者のほとんどが愕然とした気持ちになった。レイシアですら、ドレスの格については学園で学んでいる。子爵の着るドレスとは格の違うドレスを何度も見ているからこそ実感できる。ましてや平民のメイド喫茶関係者は、貴族のドレスなど縁のない人生を歩んでいたのだから……。


「コルセットも貴族の靴も私達にはかなりのストレス、いえ、拷問器具と言っても過言ではないのです」


 メイの実感こもりすぎ、歯に衣着せぬ告白のような物言いに恐れおののく女性陣。レイシアもうんうんと頷きながら解決策を探った。


「靴は私の履いているモデルを量産すれば何とかなるかも。でもドレスはねえ」

「そうですね。私達のようなメイド服やレイシア様の着ている制服のようなどこでも出入りできる服があればいいのですが」


 とサチがボソッと感想を述べた。それを聞いたレイシアはメイに聞き直した。


「メイド服? メイさん、メイド服で歩くことはできるのですか?」


「そうですね。貴族についてメイドが歩いている光景は見ますが、メイドだけでは」

「でもいなくはないのね」

「はい。まあ執事が多いですがたまにメイドもおりますね」


「エリア内で制服を着ている学生は?」

「それは見たことがありません」


 ファッションに政治を持ち込む上級貴族の子女が制服で歩くわけはない。


「でしたら、お店の制服を作るというのはいかがでしょうか?」


「「「店の制服?」」」


「はい。メイドではない、しかし動きやすく斬新な制服。もちろん生地は上質なものを使い、全てお店からの支給品。同じ型紙を使いサイズ別に作れば経費も削減できるでしょう。そうですね、執事喫茶だけではなく、新しい商会でも同じ制服を使ったらどうでしょうか。あるいは色違いで分かりやすく分けるとか。あ、それでしたら男性用も必要ですね。靴は今私の履いている型をベースにサイズ違いを作れば働き者の皆様の足にも優しいはずです」


 働き者の平民の足先と、女性貴族の外反母趾や内反小趾で形作られた尖った指先とでは履ける靴が全く違う。レイシアが苦労した靴問題がこんな所で役に立つとは思いも寄らなかった。


「しかし、そのような突飛なアイデアと服が受け入れられるのでしょうか?」


 常識人のカミヤが疑問を呈した。


「そうですね。このようなアイデアは確か、いくつかの作品に書かれておりました。新しい商会で販売する商品は、ラノベを参考に開発や改良を加えたものもあります。ラノベの世界観をコンセプトにした新しい価値観。これを全面に押し出せばまったく新しい流行として受け入れられるのではないでしょうか」


「しかし、ラノベは最近でこそ若い学生や平民を中心に売り上げを伸ばしておりますが、私達やその上の年代は拒否感の強い方も大勢いられます。『悪書』だとか『悪魔の書』だとか、『変な趣味の女子供の書』、『読んだら腐った女性になる』、『頭が悪くなる』、『犯罪者になる』などと言われ焚書が行われたこともあるのですよ」


 オズワルドが頷きながら答えた。


「うむ。しかしそれらは教会が行ったネガティブキャンペーンだったことが判明しただろう。カク・ヨーム様という神が授けたことが判明してからは表立って教会も手出しできなくなったはずだ」


(腐るのは……否定できないかも)ランとリンは心の中で思った。


「今ボクの劇団で脚本書いているイリアの本もかなり売れているからね。それに貴族で流行っているオペラや朗読劇でもラノベを原作や原案にしている作品も多いんだよ」


「そうなのですか」


 本は取り扱っていないカミヤは話題について行けない。ラノベに関しては娘が読むのは仕方ないなと思っている程度だ。


「悪役令嬢が出てくるものは舞台化されやすいね。展開が分かりやすいし、衣装にも凝れるからね。そこに恋愛が絡むとお嬢様達に受けがいいんだ。今回のボクたちの舞台は、大人気作家イリア・ノベライツの代表作『制服少女と制服王子』をベースに、悪役令嬢と聖女の三角関係を描く恋愛もの。それだけでも宣伝効果が抜群だよ」


「チケットの売れ行きは?」

「まもなく始まる下町の分は完売しているよ。貴族街の方はすべてお任せだから。まあ、大丈夫だと思うよ。あの方たちだから」


 公爵夫人と侯爵夫人が売り捌くのだ。心配しようがない。


「稽古状況は?」

「順調。メイド喫茶と執事喫茶の紹介ストーリーも良い感じに仕上がっているよ。広告価値は高いね」


 ナノは順調ぶりをアピールしながら、執事喫茶の教育もこなしていると報告をした。


「話がそれたな。では先程の制服に戻ろうか」


 オズワルドが修正をかけた。


「制服について意見のあるもの」


 オヤマーの執事喫茶店長ランが答えた。


「私としては、どのようなものかは分かりませんがそのような制服があるとありがたいです。というか、私自身毎回ドレスを着こんで出勤するのは無理ですし、従業員やバイトにそのような負担をかけるのは現実的とは思えません。王都の執事喫茶とは定期的な従業員の入れ替えや交流事業が予定されています。そのためにぜひ制服をお願いします」


 王都執事喫茶店長ナノも答えた。


「ボクたちは男装でもいいけど、もし制服があったらそれを着て出勤するのもいいかもしれないね。それに料理担当の人たちはあった方が楽だろう」

「楽です! っていうかドレスとか無理!」


 商品開発のポマールも賛成した。


「ぼ、僕も……制服あったら……楽」


「デザインだったらレイシア様と劇団の衣装担当に任せたらいいよ。そこでラフデザインを書いて注文する。これでどうかな」


「カミヤ商会の伝手で仕事の速い仕立て屋をいくつか紹介しましょう。しかし受け入れられるか」


「ボクからあの方たちに頼んでみるよ。新しい流行に手を貸してくださいってね」

「うむ。公爵家のご夫人とご令嬢が話を回せばどんなものでも流行の先端になるな」

「過剰戦力ですよ~!」

「大丈夫。欲しいものを聞かれているけど断っているんだ。このくらいのお願いなら聞いてくれるはずだよ」


「じゃあ、私はキャロライナ様に話してみるよ」

「ひい~! レイシア様! おやめください!」


「大丈夫だと思うけど。じゃあ靴は私が先にいくつか頼んでおくわ。まずは王都の執事喫茶関係者からね」


 こうして、新商会の制服を作ることに満場一致で決まった。


「それで、新しい商会の名前はどうするつもりなんだ、レイシア。 そろそろ決めた方が良いだろう」


「そうですね。いくつか入れたい言葉はあるのですが。まずは『黒猫』を入れたいとは思っています。劇団まで黒猫が入りましたから」


「そうだな。しかし黒猫商会ではいまいちだな」


「そうなのですよね。『アクレク商会』という名前も考えたのですが」


「アクレク商会? どういう意味だ?」

「アクレク商会。響きはいいのですが意味が分からないですね」


 オズワルドとカミヤが悩み始めた。


「い……異世界商会……とか……」


 ポマールが頑張って提案した。


「異世界商会ですか。確かに商品のラインナップを考えた時に特徴はつかんでいますね」


「制服を使用することの整合性も取れる。問題は突飛すぎる名前だな。黒猫商会くらいの違和感がある。他にはないのかレイシア」


「ターナー商会。とか?」

「それではターナー領が経営しているように勘違いされる。面倒ごとになるぞ」


 オズワルドに否定された。レイシアは「これくらいです」と答えるしかなかった。


「黒猫商会。アクレク商会。異世界商会。意味は分からないですがアクレク商会が一般的な商会名にきこえますね」

「レイシア、どういう意味なのだ?」


「私の家族です。アリシア・クリフト・レイシア・クリシュ。あまりにも個人的な思いです」


「ふむ。まあ個人的な思いでも問題はない。しかし、黒猫は何としても入れたいところだな」

「その通りですね。黒猫はもはやグループの象徴です。が、黒猫商会では違和感が高いですね」


 個人の名前や屋号を入れるのが商会としての基本。アクレクなら名前っぽいし四人の頭文字として成立するのだが、動物や異世界という概念では商会名としてはあまりに異質。


 メイが「ラノベ商会では?」と手を上げて発言したが、「教会に喧嘩売る気か!」と父のカミヤに怒られ発言を撤回した。


 結局、レイシアの噛んでいる喫茶部と劇団と新商会が『黒猫グループ』としてまとまることにした。新商会の名は『黒猫グループ/異世界商品販売所・アクレク商会』と決まった。

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