470話 閑話 学園祭はパーティーでお終いです③

【王室料理長】


 学園祭でお披露目しようとしていた『どこでもかまど』を使用禁止にしろという報告が入ったのは学園祭が始まった日の夕方。

 待て、学生と話し合ってレシピを作ったんだ。あのかまど中心のレシピを! 当日料理人ゼミの生徒たちが行う調理の数々を今から変更しろって事か? そんなこと出来るか!


 いや、学園と王室の命令だ。従わざるを得ない。ただなあ。材料は発注済みだし、変更を言われても。まあ、騎士や法衣の会場はそのままで行けるか。


 貴族のダンスパーティー会場だけだよな。今からのメニュー変更。しかも生徒が作れるものか。


「私も協力させて頂きます。料理長殿」


 どこでもかまどの開発者のレイシア嬢が来た! 王女様から頼まれた?


「急な変更は冒険者なら当たり前。食材は思い通りに手に入らないのが当然。野営で調理器具が揃ってるわけないだろう! っていうのがうちの師匠の口癖でした」


 あいつ……。どんな教育しているんだ!


「ナイフがなければ引きちぎれ。かまどがなければ石を積め。焼けば大概食べられる。それがサバイバルだ! 師匠の名言です」


 それ、料理人としておかしいから! サムの野郎、それは冒険者のたわごとじゃないか!


「今はかまどがないだけの簡単なミッション。魔石のかまどが使えなければ、かがり火で肉を焼けばいいだけですわ。ハイ終了!」


 かがり火で肉を焼く? 出来る。確かに出来なくはないが。それでいいのか?


「かがり火に鍋を乗せてスープを温める。何か問題がございますか?」


 問題? いや、かがり火は明るくするためのもの。鍋をかけるものではない。はず。


「効率いいですよね。明るさと熱を両方使えれば」


 そういうものか? え? それでいいの?


「冒険者なら一択ですね!」


 だから! ここは森の中じゃないから!

 そう言ったらレイシア嬢が豹変した!


「けっ、出来るかやらねーかだ。やれるのにやらないのはなんだ? プライドか? プライドで腹が膨れるのか? だからおめーらの料理は味気ねえんだ。肉の脂を気にしてせっかくの旨味を捨ててしまっているんだ! あっつい料理の醍醐味はな、溶けた油の旨味なんだ! くどいほどの脂と、それを爽やかにする野菜のマリアージュ。食ってみろ! お前らが捨てている骨や内臓から抽出された旨味ってやつをな!」


 レイシア嬢が出した熱々の具のないスープを飲んだ我々は、脳天が壊れるほどの衝撃を受けた。


「鳥の骨と野菜くずを三時間煮ながらアクを取っただけのスープだ。お前らが捨てているもんがこれだけ上手いんだよ。次はこれだ!」


 柔らかい歯ごたえがある、肉なのか? 初めて食べる食材と味のしみた玉ねぎやジャガイモの入ったスープ。


「王都じゃ手に入れるのは無理だろうな。活きのいいボアの内臓だよ。貧乏人のスープはおめーらの上品な料理なんかよりうめえのさ。これがあっつい料理の醍醐味ってえものさ」


 価値観が崩壊してゆく。何を言っているんだ? でも旨い!


「冷めた料理にゃ脂は大敵! そいつは分かる。だがなあ。真逆な世界が貧乏人にはあるんだ。そしてそれは旨い! 現実を受け入れるんだ。王子が求めているのはこういうジャンクだ! 冷めて美味しいものと熱くて旨いものの違いを理解しやがれ! 冷ました料理は上品に、熱い料理は情熱を。これが基本だ!」


 熱い料理は情熱⁈ そんな理解でいいのか?


「ほらよ。冷めた握り飯を食ってみろ」


 美味しい。


「そしてこれが、炊き立て握りたての熱々握り飯だ。食ったことないだろう」


 ……。熱い! だが、うま~~~い!!! 冷めた握り飯の美味しさと何が違うというんだ?


「冷めた握り飯は上品だが、熱々のはどうだ? これが情熱の味だ!」


「師匠! 師匠と呼ばせてください!」


「やめなオジキ。俺たちはいわば同門。得意な事を教え合い助け合えばいいじゃないか」


 なんという懐の深さ! 年齢など、性別など、そんなものは関係ない。この方こそが私を導く料理の女神オリーヴェ様の化身! そうに違いない。


 私達はレイシア様より、様々なアドバイスを頂いた。レイシア様は素晴らしいアイデアを次から次へと出して下さった。帝国の皇子がいるなら帝国の調味料、ケチャップを使った料理を入れようといって、新しい握り飯を作り始めた。真っ赤なご飯を黄色い薄焼き卵で包んだそれは、見た目にも華やかな逸品となった。



「レイシア様。スープは特許を取らないのですか? 骨からこんなに素晴らしいスープが取れるなど大発見ではないですか」


 私の弟子がそう言うとレイシア様が怒鳴った。


「おめーら! 骨すら無駄にしないのは孤児の食事だからだ! 孤児が見つけて培ったものをなんで金持ちのお前らが独占しようとする! 特許だ? 神が許すはずがないだろう! 骨のスープは貧乏人にとっての神の恵みなんだ。おい、おめーら。骨のスープを、これから先『神の恵みのスープ』と呼べ。そして作るごとに孤児に食事を提供しろ! 金はだめだ。料理を渡せ。それが孤児への特許料だ! それが出来ない者はこの料理作るんじゃねえぞ!」


 やはり女神だ! 孤児に食事が行きわたるように指示するとは! そう金はどう使われるか分からない。直接パンや料理を差し入れろ、そういうことですね。


『神の恵みのスープ』 貴族に流行することでしょう。その際、必ず孤児院に食事を入れることを伝えましょう。全ての貴族が自領の孤児院に食事を出せば、全ての孤児が救われる。なんと素晴らしい考え。そして、一度知ったからは、骨のスープは毎日作られることでしょう。


 まさに神の恵みのスープですね。レイシア様の名は、料理界に永遠に残るでしょう。


 レイシア様は帽子とエプロンを脱ぐと、貴族令嬢の佇まいで挨拶を始めた。


「これくらい準備できれば十分ですね。では、後はお任せいたします。私はこれからドンケル先生と警備の相談とシミュレーションを行わなくてはいけませんの。皆さまの手腕存分に発揮してくださいね」


 任せて下さい、レイシア様! 料理人一同、全力を尽くします。


 私達は最敬礼をしてレイシア様を見送った。



【暗闇】


 帝国の第三皇子がサカから王都に向かっている情報は、王室にも報告されているはずだが。今回の失敗はどこの組織の失敗だ? 私とは関係ない所だから気にしていなかったのだが。って言うか報告よこしてもらえていれば学園に入れないようにできたというのに。


 組織内の派閥争いが、こんな所で出てくるとは。

 まあいい。学園長からの指示だ。警備態勢を上げておくか。


 俺はレイシア君と彼女がコーチをしている騎士コースの生徒に、二日目の夕方から実践練習をするから集合するように連絡をした。



「明日のパーティーに帝国の第三皇子が出席することになった。パーティーの警備において、実践的な練習を繰り返し行っているのは君たちしかいない。これからメイドコースの練習に交じり、パーティーでの配備確認と訓練を行う。メイドコースのお嬢さんたちに怪我などさせぬように、皇子たちを守り抜くように。よいな」


「「「イエス・サー」」」


「では、レイシア君。任せた」


「いいかお前ら! パーティーの質を落とさず、さり気なく守り抜け! 実践に私はいない。君たちの判断が全てだ。死ぬ気で守り抜け。配置図確認!


「「「はっ」」」


「位置につけ!」


「「「イエス・マム!」」」


 皇子・王子・王女の役の生徒に二人ずつ。入り口に二人。廊下に四人。会場内各地に六人が移動した。


「メイドコースの皆様。当日はスーツを着た彼らがこのように配備されます。空気だと思い、いつも通りの接客をお願いします。ご迷惑でしょうが安全第一。よろしくお願いいたします」


 レイシア君がメイドコースの生徒にお願いと注意を話した。メイドコースの生徒は戸惑っていたが、一見華奢に見えるレイシア君の品のある物腰に安心したのか、自分たちの練習を始めた。


 お客役の生徒の一人が、いきなりナイフを取り出した。


「王子~! 死ね~!」

「「「きゃ~!」」」


 メイドコースの生徒や、一般客役の生徒が悲鳴を上げる。

 どこからか飛んできたスプーンが犯人の手首に当たり、ナイフが落ちた。


 二人の生徒が犯人を取り押さえる。


「ピ~~~~! 終了!」


 レイシア君が笛を吹き、訓練の終了を告げた。


「はい皆さま。第三皇子参入により、パーティーは何が起こるか分からない状況になりました。万一トラブルが起きた時のための訓練です。メイドコースの皆さまにも冷静に身を守ってもらうためのシミュレーションでもあります。犯人から遠い方は、お客様を壁際に誘導できるように意識してください。では、別パターンも試してみましょう」


 メイドコースのお嬢さんたちは、練習だと分かりほっとする者もいれば、足の震えが止まらない者もいた。私はレイシアに休憩を挟むよう指示し、騎士コースの生徒を集め、今の練習のダメ出しを始めた。


「まあ、最初だから分かりやすい形から初めてみた。スプーンを投げたのは? あれはよかった。あの感覚を忘れないように。他の者だが……」


 連携を大切にできるようになれば、かなりいい感じで仕上がりそうだ。


 何度か行い、最後は廊下からレイシア君が犯人の訓練をさせた。


 ……さすがに無理か……。


 それでも、瞬殺されず時間稼ぎができるようになったのは立派な成長なんだぞ。誉めてやるよ。


 当日、レイシア君が料理部門に取られるのが残念だ。レイシア君は王女のわきにいて欲しかったのだが。


「レイシアを目立たせないようにしなさい」、という王女の命令を思いだし、そんなことできるのか? と不敬にも思った。


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