閑話 イリアの書き直し

 ナーシャさん。いえ、ナノさんから依頼を受けた少女歌劇団への台本がやっとできた。締め切りギリギリだけど、いい話がかけた。とりあえず昼まで寝よう。そう思う間もなく、あたしはベッドに倒れ込んだ。



 ナノさんが原稿を読んでいる。私は黒猫甘味堂名物のバクットパンを食べながら、真剣な顔のナージャ先輩、いや、ナノさんの顔をじっと見ていた。


 相変わらず美しい。女優を目指している学生時代から人目を引いていたんだけど、輪をかけてきれいになったよ。眼福だね。


「うん。ストーリーはいいね」


 原稿を読み終えたナノさんはあたしの目を見てそう言った。うわっ、引き込まれる眼力。そのお顔で、その目でほめられたらクラっとしてしまうよ!


「だけど、戯曲じゃないね。うん。なんとなくこうなるかな、って思ってたから仕方ないんだけど。話は最高、話題性もある。ボクとしては採用したい。だから書き直してね」


 執事喫茶の店長になることが決まってから「僕」と言うようになった先輩。それはそれで恰好がいいんだけど。え? 戯曲じゃない?


「ああ。えーとね。リィア、じゃないイリアのこの原稿は一人称だよね。ラノベでよく使われる一人称は小説としては画期的な手法だよ。でもね、お芝居は三人称で作られているんだ」


 お芝居は三人称?


「ほら、目線の問題なんだけど、一人称って主役の視点で語られるよね。『僕は幸せだ。君がいるから。僕には小さい頃からうんぬんかんぬん』って」


「そうですね」


「お芝居だと、それはモノローグ、一人語りで使われるんだけど。ほら、これとかこことか」


 うん。そこはよく書けたと思っているよ。


「こればっかりじゃつまらないのさ。お芝居はお客さんの目線で進行するから。お客さんの目にどう見えるか、どう見せるかが重要なんだよ。お客さん目線の三人称で書かないと説得力が無くなるの」


 ……なるほど。お客さん目線か。それは気がつかなかった。


「それからね、セリフが冗長ね。いちいち名前を言わなくてもいいから。役者が相手に向かって話すから見ている人は分かるの。それにト書き、地の文に当たると所ね、そこは最低限でいいから。見た目の特徴とかセリフでいらない。それは見れば分かるの。小説で言う地の文とか説明セリフって、衣装や大道具や小道具で分かるから。そしてね……」


 ひえ~! ダメ出しの山! そうね。あたし戯曲を理解していなかった。会話でテンポを取るとか、心理は役者の演技を信じろとか、頭の中になかった。


「それにね、ちょい役の子にも見せ場は作って欲しいの。ほら、ここの同級生の三人。ヒロインいじめて終わりだけって悲しくない? 役者としていい面も見せてあげさせたいでしょ」


 え? なにに気を遣うの? ストーリーに必要なくはないですか?


「演劇はね、集団で作るものよ。だから関わっている人が良い気分で参加させたいじゃない。じゃないと辞めてしまうしね。原作は読み込んでいるから知っているけど、原作のままじゃ上手く行かないのが戯曲なの。盛り上がりを多くして、見せ場を作って、驚きを加えないと! 起承転結じゃダメ。起承転転転結くらいじゃないと」


「それって、作品が変わりますよね」


「盛り上げるためよ。お客さんは見ているだけなんだから。小説みたいに読み返しもできないしね」


 そこからダメ出しと改良案を出しあった。



「そうね、実際の稽古みたほうがいいかも。リィア、時間ある? これから練習だから見においで」


 喫茶店も閉まる時間だ。朝寝たし、付き合いますよ。


「じゃあついておいで。下町でも治安悪い所だから離れないようにね」



 って、どこいくんですか先輩! 商店街を抜けて盛り場を通って、場末のヤバそうなお店の並んだ……。


「先輩、大丈夫なんですか? なんでこんな所に」


 小汚いおっさんたちが私達を舐めまわすように見ている。


「大丈夫大丈夫。そうね、あんたも親分に面通ししておくか」

「親分?」


 なんかヤバそうな響き。


「ここよ。ちーっす」

「何だい、ナノ。新入りか? 少しはこっちの店で働く子を紹介しな」


「メイド喫茶より給金出すならいくらでも働く子はいるよ」

「おかしいだろ、夜職より高い健全な喫茶店のバイト代なんて」


 怖そうなおっさんと話しているよ。大丈夫?


「で、新人かい?」

「いや客分だ。親分さんが気に入っていた『堕ちた騎士道』の作者ナナセ・クライムだよ」


「え? こんなお嬢さんが? ほんとか?」


 あ~、書いたね。王子の注文細かかったね。


「噓ついてどうする。王子に依頼されて書いた本だってのは知ってるよな。つまり王子とビジネスパートナーだ。うちの脚本を書いてくれる大先生だ。トラブル起きないように伝えてくれ。貴族どころか王子が気に入ってる作家だ。意味分かるよな」


「あ、ああ。お前ら顔覚えとけ。いや、今日は見知らぬ女に手を出すなと街中のやつらに伝えてこい! 先生、これ持ってってくれ。なんかあったら、そいつをみせりゃあどうとでもなる」


 え? あ? はあ? 先生? あたしのことだよね?


「あんたはそれほど価値があるって事さ。ほら、サインしてやりな」


親分さんが差しだした本にサインをしたら、本気で喜ばれたよ。



「芝居や歌、出店、祭り。そういったものは平民街じゃすべてテキヤの管轄なんだよ。貴族街はマフィアって言っているらしいけどね。ボクたちはまあ持ちつ持たれつの商品みたいなものさ。酒場で働いている劇団員も多いしね。商品だから周りがこうでも安全なんだよ。そうだね、ほかにも祭りの時はよく手伝いに駆り出されるよ。歌ったり踊ったり司会をしたりね」


 そうなんだ。全然知らない世界だ。


「ここがボクたちの稽古場兼倉庫兼事務所だよ。潰れた酒場を借りているんだ。ここなら大声出しても問題ないからね」


 中に入るときれいな女性が発声練習をしていた。


「はいはい注目~! イリア・ノベライツ先生を連れてきたよ。全員挨拶!」


「「「おはようございます~」」」


 え、夜なのにおはよう?


「この界隈では一日中おはようございますって挨拶なんだ。夜仕事している子も多いしね」


 ふ~ん。そうなんだ。


「今年の芝居はあの『制服王子と制服女子』の舞台化だよ。イリア先生が脚本に直してくれている!」


 キャーと歓声が上がる。拍手までされたよ。


「まあ、先生はまだ脚本に慣れていないから台本はこれからだけど、第一稿は出来上がったんだけどこれからだね。そうだな読み合わせして見るか。タナとチリ、ここ読んでみな」


 すごい! 私の文章が声に乗って演じられている。王子とヒロインが本当に会話をしているみたい。お芝居ってこんなに凄いものなの?


「じゃあ同じ所を、ツキとテト」


 え? キャラが変わった。さっきは優しかった王子が今度は強引なキャラに。ヒロインも気が強くなってる!


「ほら、役者が変わると雰囲気もかわるだろう?」

「はい。どっちも凄いです」


「イメージはどっち?」

「そうですね。王子は二回目の人。ヒロインは最初の子かな?」


「そうか。聞いたなみんな。じゃあタナとテトでやってごらん」


 あれ? なんか違う?


「組み合わせの相性っていうのもあるんだ。作者のイメージが絶対じゃないのが演劇なんだよ」


 なんだろう。深い。凄い!


「じゃあボクもやるか。ニーナ相手役お願い」


 うわっ。なにこのキラキラは! リアルな王子より格好いい! キャー! すごい! ステキ!


「なっ、セリフも演技でだいぶ変わるだろう? 独白よりも掛け合いがセリフとしては生きてくるんだ。独白はね、ここぞという時だけにして基本は掛け合いで書き直してほしい」


 そうですね! 確かに!


「それからここの独白とここの掛け合いのシーンは歌にして欲しいな。歌詞に直して。最初は七五調で書いてみて。まだ演劇を分かっていないからその方が失敗しにくい。それから……」


 これはかなりの要求が来そう。でも、凄いわみんな。確かにちょい役でも見せ場が必要ね。こんなに一生懸命なんだし。


 次々来るダメ出しと要求をメモしながら、劇団員の練習を見ていた。



 一週間で書き直してほしい? 無理! 無理! 無理だけど……、ええい、頑張る!


 一週間後に書き上げた脚本もボツを喰らったけど、でもだんだん書き方は分かってきた。楽しい! 自分のセリフがこんなに変わるなんて! 


 初めて触れた劇に、あたしは夢中になった。いや、のめり込んでしまったのはまた別のお話だね。

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