閑話 王女と真実の愛

 家族四人での夕食。料理長が目の前で作ってくれる温かい料理とたわいのない会話。


 なんて幸せな光景。


 好きな子でもできた? と弟をからかったら急に慌てだした。お年頃か。まあお父様には報告が入っているでしょう。学生のうちに恋愛を楽しむのはいいけど、あなたはこの国を背負って立つ立場だからね。……まあいいわ。放っておいてあげましょう。私はお義母様に話を振ってこの話題を終わりにした。


「食事のあと話がある。キャロライナ、私の部屋まで来るように」


 滅多に話をすることがないお父様が私に話? 卒業が近いから今後について何か確認したいのかしら。以前報告書は出しておいたのだけど。それともお義母様のこと?


 呼ばれた理由が読めなかったが、私は着替えを終えお父様の執務室に向かった。



「お茶の準備が終わったら人払いを」


 人払いが必要な内容? なんでしょう。緊張しますね。


「あー、キャロライナ。お前も今年で卒業だな。王族として立派な成績を収めている事は私の耳にも届いている。よく頑張ったな」


 お父様に褒められた。普段子供の相手などする暇がないお父様が。


「怪訝そうな顔をするな。……すまん。お前の母親がああなってから、私はどのようにお前たちと向き合えばいいか分からなくなってしまっていた。ふがいない父を許してくれとは言わぬが……。申し訳ない」


 え? 謝られた? いやいや、そんな謝らなくても。王なのですから執務が大変だったのでしょう? 身内より執務を優先するのが王族の務め。そうですよね。

 ……そう思っていたから、寂しさも感情も殺して来たのに……。いまさら謝られても困惑しますわ。


「お父様は立派に王としての仕事をこなしてきました。そのためにお忙しく私達に接する時間が取れなかっただけですわ。謝る必要などございません」


「キャロライナ」


「王家たるもの、身内の機嫌を取る前に国民の生活を守ることが重要です。ですよね、お父様。それで何のお話でしょう。まさか、謝罪だけではありませんよね」


 謝罪なんて聞きたくない。お父様は立派な国王であって欲しい。私達を放っておいても国のために働く立派な王でないと、何のために寂しい思いをしてきたのか分からなくなるじゃない。


「あ、ああ。お前に縁談の申し込みが来そうだ。帝国から」

「え? 帝国、ですか?」


 縁談の話は沢山来ている。この国の法では、王族は学園卒業まで婚約を発表してはいけない事になっている。過去の王族のやらかしでそのようになったのだ。だから私は相手をわざと決めていなかった。結婚よりも働く道を優先するために。どこかの公爵家か侯爵家に嫁ぐことになる前に、女性のための働く環境を改善したかったから。そのために役場に入る算段まで付けていたのに。


「私としては、優秀なお前を国内から出すことはしたくない。王としても父としてもだ。だが、正式に帝国が動き出したら止めることは容易ではなくなる」


「そうでしょうね。ですが私はこの国のために勉強もし、努力を重ねてきました。婚姻が王族の務めだということは承知しておりますし、王の命であればどこへなりとも嫁ぐ覚悟は出来ていました。しかし他国は……。私はこの国の繁栄を願っているのです」


「私もお前を帝国の人質にさせることは望んでいない。この国で能力を発揮して欲しいと願っている。だから、卒業式まで相手を見つけろ。帝国は卒業式の翌日まで正式に申し込みは出来ない。この国の法がそうなっているからな。お前が『真実の愛』という切り札で神に誓えば帝国はお前に関しては手が出せなくなる。堅物なお前に急な話だが、それ以外帝国からお前を守るすべがないんだ」


「お父様。そうなると帝国は黙っていないのでは」


「そうだな。おそらくアルフレッドにちょっかいを出すだろう。お前に縁談をちらつかせているのは、むしろそちらを当て込むための罠かもしれん。しかし、『真実の愛』だ。お前が愛せる男でなくては認められない。いるか、そんな男」


 お父様はご自身の時の話をしてくれた。やはり当時も様々な思惑でお母様たちと卒業パーティーで『真実の愛』を誓わなければいけなかったこと。そのために私の母の爵位を上げたこと。お義母様には本当に迷惑をかけたこと。それでも後悔はしていないこと。照れくさそうに話しているわ。


 お父様も若い頃があったのね。聞きたくなかったわよ、そんな話。王としてのイメージがぶち壊れよ。


 それにしても恋愛か。私が一番避けてきた感情ね。帝国に行くなんて考えたくもないけど、恋愛か……。


 今まで努力で超えてきた中で、最大限に難しい課題をつきつけられた。卒業まで半年を切った今、何で急にこんな問題が沸き上がってくるのよ! 想定外にも程があるわ!


 お父様の若い頃の惚気話ももうたくさんです! 私は「分かりました」と話を切って部屋から出ていくと「バタン」と大きな音が立つようにドアを閉めた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る