執事喫茶出資者会議 二回目②
王女たちが去った後、ナノは膝から崩れ落ちた。
「大丈夫、ナノ」
「ニーナ、ありがとう。さすがに相手が相手だしね。でも、これから先は彼女たちがお客様になるんだ。これくらいは平気な顔でこなさないとね」
歌劇団で相方のニーナがハンカチでナノの額を拭いてあげながら椅子まで誘導した。
「役者というのは凄いものだな」
「ええ、オズワルド様。僕らは舞台に立てば身分差も男女差も年齢差も経験差も、何もかも忘れて一人の役者として立たなければいけないのですよ。憎しみ合うことも、抱擁することもできなければいけないのです。僕は女性に愛をささやいていますしね」
「そうか」
「ですから、今も舞台に立っている精神状態で何とか乗り切りました。僕たちしかできない事ですからね。それでも、精神的にきますね。今になって足が震えています」
主催者で看板役者のナノだからできた対応だった。
「ニーナさん。あなたはできそう?」
「はいレイシア様。私はなんとか出来ると思います」
「私もなんとか。ですが……」
ニーナとロゼが歯切れ悪そうに答えた。
「他の方は無理そう、ということですか?」
「いえ、この間お茶会に出たメンバーなら何とか鍛えればできると思います。七人は確保できるでしょう」
「そうですか。メイさんはどう思います?」
「そうですね。少女歌劇団の七人のメンバーで執事喫茶を開いてもらうしか仕方がありませんが、それですと先行きが心配になりますね。交代要員が必要になると思います」
「どういうこと?」
「疲労です。週一店をお休みにするとしても、これだけの気の張った接待を続けるには、交代で休みを取らせないと厳しいように見えました」
「そうですね。確かに私でも疲れますしね」
日々、王室に登らなければいけないレイシアの言葉は実感がこもっていた。
「そういう意味ではさすが王女様ですね。営業をお昼の三時間だけで終われるようにし、週一の休みを確定させています。これで夜の営業があったら……」
「無理だね。精神が持たない」
「そうね。三時間一組ってぎりぎりね」
「週二は休みたいね」
「他のご夫人たちからは、夜の営業について何度も質問されたの。王女様が押さえてくれたみたいですね。ここまで考えて下さったのでしょうか。どこまで頭が切れるの?」
出資者たちはこの会話を驚愕しながら聞いていた。現在平民の身分しかない劇団員が、王都の一等地で店を切り盛りする。その具体的なイメージを初めて見せつけられたのだ。
「めが猫ちゃんたち、大丈夫なのか?」
シロエが心配そうに声をかけた。今は引いたとはいえ、もともと店長だった責任感がある。
「大丈夫かと言われますと大丈夫ではありませんが、それでもやらないといけませんよね。出来ませんでしたで済むならやりたくはないのですけど」
「レイシア様にご迷惑はかけられないしね」
「そうです。役者の根性で乗り切りますわ」
不安な男性陣と、覚悟を決めている女性陣の温度差が激しい。
「しかし、もし何か粗相があったらどうするのですか?」
カミヤが聞くとお祖父様も
「そうだな。執事の経験などないのだろう?」
と不安を隠せない。
「初めから執事の仕事など想定していません」
メイが明確に答えた。
「これはラノベで言う所の萌えというものです。文学の世界線なのです」
「「「はぁ?」」」
レイシアまでもが首を傾げた。
「一部に出回っている薄い本。その中には決して過激ではないが背徳感のある世界線があるのです。BLと呼ばれるもの。百合と呼ばれるもの。もちろんR指定のないものに限りますが、そこには許されざる恋心と、切なさと、はかなき美が描かれているのです」
何の話をしているんだ? 全員が、いや、めが猫さんと調理担当達以外が思った。
(ここに同士がいたとは!)
めが猫さんが心の中で喜びのポーズを決めた。
調理担当たちは顔を見合わせ頷いた。
「執事の仕事を受けに来るのではないのです。貴婦人たちは、ひと時の夢を求めに来るのです」
心の中で『貴腐人』と言わないようにメイは気を付けていた。
「
(((落ちる⁈)))物騒な言葉と得体の知れなさに、男性陣は引き気味。
「理解は必要ありません。心なのです。見目麗しい女性が、男装して持て成してくれる。それは非日常空間。そう、お客様は一緒に舞台に上がった役者なのです。お客様全てがヒロインの舞台を作り上げるのです!」
これにはナノもロゼも納得した。お客と一緒にアドリブ劇を作り上げればいい。そのコンセプトは役者として一筋の道を照らす光のような言葉だった。
「理解したよ、総支配人! それなら無理なくできそうだ!」
ナノの「できそうだ」には、他の役者もできそうだという意味が込められていた。男性陣は、できるのだったら何でもいいかとあきらめた。
「三時間楽しませる基本的な流れは後で話し会いましょう、ナノさんたち。おそらく喫茶ではなくランチを楽しむリストランテのような形になるでしょう」
メイは必死に勉強していた。迷いのない方針の示し方は、場を落ち着かせるのによい作用を働かせた。
「執事喫茶に関しましては、いくつかの問題点が出てきました。その事について話し合いたいのですがよろしいでしょうか、レイシア様」
メイがレイシアに聞くと、レイシアは「なんでしょう」と答えた。
「まず、執事喫茶ができる発端についてです。オズワルド様。始めはオヤマーにメイド喫茶を作り、オヤマーの女性に働き場と活気をもたらしたい。そこが始まりでしたよね」
「そうだな。ずいぶん変わってしまったものだ」
「そうです。始めのコンセプトが無くなってしまいました。次にランさん、報告を」
「はい。現在メイド喫茶黒猫甘味堂では、このようなチラシを制作し販売しております。お手元のチラシをご覧ください。現在評判の作家、イリア・ノベライツによる執事喫茶の宣伝用小説でございます。シリーズ物で大変人気があり、すぐに完売、増刷するヒット作です」
毎回関係者には配られているため一応読んではいるが、そこまで人気とは思っていなかったお祖父様たち。
「その効果のおかげで、メイド喫茶黒猫甘味堂のお客様はオヤマーに出来るお店を楽しみに待ち望んでいます。もし、王都にしか出来ないと分かりますと大変な騒ぎになり黒猫甘味堂の信用が下がってしまうことでしょう」
「しかし、王女殿下とご夫人の要望は無視できんぞ」
「そうです。しかしオズワルド様。今のままではオヤマーの発展のためには何の効力も発揮しません。ですから、オヤマーにもう一店舗作るべきです。こちらこそ本来のコンセプト通りに運営する『執事喫茶黒猫甘味堂』をです」
「何だと」
「リンさん、報告を」
「はい。オヤマーに出店することは当初の計画通りですので割愛いたします。現在メイド喫茶で働いている者と、現在見習いでバイトに当たっている者の中から、執事ができそうな者を厳選し、オヤマーで働いてもらいます。メニューはメイド喫茶とは全く違う新しいコンセプトにしたいと思っています。本日提供した珈琲ミルクを中心にしたドリンクとスイーツによるおもてなし。メイド喫茶のノウハウを生かした健全な接客。そこで抜きんでたものを、王都の執事喫茶、いえ、執事リストランテの従業員に格上げすることも検討させて頂けたらと思います」
「なるほど。僕たちにとってもメリットがあるってことか」
「そのために、ナノ様達の協力も必要ですけど」
「もちろん。団員の成長にもつながりそうだしね」
「場所は最初は平民街から始めた方がいいと思います。先ほどのように平民がいきなりご貴族様に対応するのは心理的なハードルが高いのです。資金面でも平民街の方が無難です」
ここから話し合いが熱を帯びた。本当にオヤマーに必要なのか、平民街か貴族街か、メニューはどうする等々。それでも皆は前向きに話す事が出来た。
結局、オヤマーの平民街にもう一店作ることに決まった。
王都の店は高級感を出す方向。週替わりで料理を変える方式。メニューは季節を意識しながら帝国料理や和の国の料理などを取り入れて作る、など。
オヤマーは平民街に一店舗。メイド喫茶と同じ程度の大きさとサービス。メニューは一新しメイド喫茶と違いを出すこと。休みは週一。営業時間を見直し、メイド喫茶も営業時間を減らすこと。王都に住んでいる者には通勤手当を出すこと。
ゆくゆくはオヤマーの貴族街にも出店すること。
そこまでは決まった。オヤマーの店舗予定地を決め直すところから始めなければならなくなった。それでも無理のない計画だ。そう思った時、オズワルドが報告を始めた。
「それはそうとレイシア。ターナー領にメイド喫茶をコンセプトにした高級ホテルをシロエが作ることになったから、そちらも協力してやってくれ。メニュー開発や従業員の教育など、ここのノウハウを必要とするだろうから全面的な協力をお願いしたい。よろしく頼む」
「え? は? お祖父様! 何を言ってらっしゃるんですか! え、店長! 何を?」
レイシアですらパニックを起こす提案がぶち込まれた。
「この話は、またの機会にしませんか?」
「なんだ? いつもこのように急な提案をしとるレイシアが投げ出すのか?」
レイシアは、(そんなことはないのに)と思ったが、周りは(そうだね)と頷くばかりだった。
オズワルドは笑いながら、「この話はまた今度にしよう」と話を打ち切った所で会議は終了することになった。
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