執事喫茶出資者会議 二回目①
「どうだ、儂の店は」
「最近、若い方に人気の『マイム』。初めて入りましたがそうですか、オズワルド様の監修されたお店でしたか」
「ああ。愚息が食品研究部を解体させたのでな、せっかくの研究が無駄になるのもなんだし、元の職員を集めて試験的に開いてみたのだよ。ここまで上手く行くとは思わなかったのだがな」
カミヤが感心しながら米の料理をほめちぎった。
ターナーから王都に戻って早々だが、王女を巻き込んだ以上休む暇もなく事業を勧めなければいけないレイシアたち。オズワルドが店を貸し切りにして慰労を兼ねた食事会を開き、その後会議をすることになった。費用は全てオズワルドのポケットマネーから支払われることになる。
「いかがですか、レイシア様」
支配人がレイシアに声をかける。
「そうね、ドンブリは素晴らしい発明です。ご飯の上に乗せるものを変えるだけでこれほどのバリエーションを作ることができるようになるとは。海鮮と肉、たれを変えることで全く違う料理に思えますね。そうですね、シェアするのではなく、3割程度のミニサイズを女性用に作ってみたらどうかしら。男性でもいろいろ味わってみたい方もいるかもしれません」
「そうですね。さすが我々の女神。おっしゃる通りでございます」
オヤマーの元食品開発研究部部長だった支配人は、久しぶりに出会えたレイシアを前に様々な意見を求めた。レイシアはそれに答えてアイデアを出しまくった。
これから大変な会議が始まる。それが分かっているお祖父様が、会場をこの店にし皆に食事を振舞ったのだった。
レイシアが食事後のお茶の代わりに、コーヒーを出すように指示をした。入れ方はサチが指導した。
「お砂糖とミルクを入れてお飲みください」
オズワルドが「熱い珈琲ミルクか! と驚いたように言った。
「そうです。喫茶部の皆様は初めてだと思います。後で感想を聞かせて下さいね」
皆は口々に「おいしい」といいながら菓子とコーヒーを味わっていた。
「では、会議を始めようか」
オズワルドがそう言った瞬間、全員の背筋が伸びた。
出席者は、出資者、オズワルド、カミヤ、シロエ、レイシア。
喫茶部、メイ、ラン、リン。
調理人、エミ、ウリ、オネ。
執事役、ナノ、ニーナ、ロゼ。
他に お祖父様の執事とメイドのポエム。
レイシアのメイド、サチ。
カミヤの秘書。
そして、別室で食事を取っていた王女とそのお付きの方々。
「ご紹介します。キャロライナ・アール・エルサム第一王女様です」
「初めましてキャロライナ・アール・エルサムです。レイシアさんは私の保護下、いえ、私と王妃の保護下に入っております。そう私はレイシアさんの身元引受人になっておりますの。この度の商会立ち上げも執事喫茶の開店も、公爵家はじめ様々な高位貴族のご夫人方が注目し、期待をしております。ぜひ成功させるために活発な意見をお話しください。私の事は気にしなくても結構です。一見学者として扱って頂ければ結構です」
貸し切りの店に異常な緊張が走った。気にしていないのはレイシアとサチくらい。活発な意見など、言えそうもない。
「と言うことで、王女様の事は気にせず会議を始めましょう」
無理!!!!! 全員そう突っ込みたかった。
「では、今までの経緯をまとめたものがお手元の紙に書いてあります。計画変更の発端は、王女様のお茶会に、私がゲストで招かれた所からです。お茶会で、ターナーの主力商品の石鹸と液体石鹼、私の発明した魔道具を紹介したところ、これらしばらくの間は王女様が一手に買い上げることになりました」
「その通りです。レイシアさんの扱う商品については市場に流す前にすべて私が審査いたします。必要であれば独占的に買い取りを致しますのでそのつもりで。そして、本日は『執事喫茶黒猫甘味堂』についての会議だと伺いました。私の懇意にしている公爵家や侯爵家など高位のご夫人、ご令嬢が楽しみになさっているお店。いろいろと要望が出ておりますの。それを伝えに参りました」
これは命令だな。と皆は察した。
「一つ目は、会員制にすること。これは絶対条件ですわ」
「会員制? ですか?」
カミヤがおそるおそる質問をした。
「あら、ご存じない? レイシアさんでも? そうですわね、貴族の中でも上流の方々が集まるお店ではよくある制度ですわ。お客様の安全と無用なトラブルを避けるための制度です。例えば、私が客で来ている時に、例えば子爵家の人がいたらどうかしら? 寛いでお店に入れるとおもいます?」
「無理ですね」
「そうよね、レイシアさん。従業員の皆様も、私の安全を守るのに気を使うことでしょう? ですからここに来ることができる資格をはじめから制限してしまうのです。会員は家単位で。そうですね、初めはこの間のお茶会に出た公・侯爵家七家と王室。これだけで良いでしょう」
「え、それだけ? ですか?」
「十分よ。一週間は七日しかないのですから」
「伯爵家のお二人は会員として入れないのでしょうか?」
レイシアはお茶会の参加者を思い出していた。
「ええ。システムを理解していなさそうなので説明するわ。まず、会員は会員登録をするために年会費を払います。30万リーフでいかがかしら」
「30万? 最初は八家ぶんだから240万リーフ」
「そう。それを初期の運営資金に当てればいいわ。その他に月々の会費を10万リーフ払います。これは月に一度も使用しなくても払わないといけません」
「毎月80万リーフが固定で入るのですか!」
「その位の価値を求めているのですよ。そして伯爵家に会員を勧めない理由です。これだけの金額負担になるでしょう? ですから七家だけなのです」
「なるほど……。これだけあれば運営が楽になります」
「その代わり、会員へはメリットがないといけませんわ。月に3度は優先予約を取らせること。貸しきりにすること。これだけで24日は埋まりますよね。従業員のお休みを考えると週一休みでギリギリですわ」
あっという間にお店のスケジュールが決定しそうになった。
「まあ、そこら辺りの調整は、七家と私で行います。お客様はゲストを連れてきてもよい事にすれば、仲の良い貴族家同士で一緒に来ることもできますし、社交と称して伯爵家の方を連れてくることもできるでしょう。最高級の社交の場になると思いませんか?」
いつの間にか大事になりそうな話に、皆は不安しかなかった。
「完全予約制でしたら、料理の準備も楽になるでしょう? 営業時間は午前11時から午後2時までの3時間でいいわ。クオリティを上げるためには長時間労働は無理でしょう。それに、お客が二人の時と二十人の時では用意するスタッフの数も変わるでしょうし」
「確かに」
「ですから、打ち合わせを綿密にしなければいけませんわ。その時のコンセプトによって、私用で寛ぎたいのか、お茶会レベルで持て成したいのか。それによってその日の一人当たりの料金が変わるのは当然だと考えていいです。会員は金払いの良き方々なのですから」
想像していたものと全く違う話に、出資者たちは頭を抱えたくなった。
「喫茶というより社交場と考えて下さい。ランチ込みのお茶会を開けるレベルのクオリティは必要ですわね。クインテット程度の楽団も配置すると良いでしょう。そのための会員制度と会員料ですわ。貴族街の一等地で店を開き、上流の貴族を相手にするためには当然のことです。私が今お客で来ているなら、どのような接客ができるのでしょうか? このように緊張されて接客されても落胆しかありませんのよ」
喫茶部に動揺が走った。そう、王女がお客様になる未来しかないのだ。平民の私達にそのような事が出来るのか。
その時、ナノが動いた。
背筋を伸ばして立ち上がり、以前やったことがある執事の役を思い出しながら王女の目の前に進んだ。気品をまとい、優雅さを備え礼をすると手を差しだした。
「お嬢様。本日はお忍びでようこそいらっしゃいました。心から歓迎いたします。本日は全てのしがらみを忘れ、心ゆくまで楽しまれるように、従業員一同心を込めて尽くしていきます。ようこそ、幻の楽園、執事喫茶黒猫甘味堂へ」
王女の顔に赤みが差した。
「ま、まあこのくらいはできるのですね。よ、よろしくてよ」
思わずナノの手を取って立ち上がってしまった王女。ナノは王女の手袋に口づけをした。
「失礼。それでも私は女性でございます。この店は女性だけのスタッフとお客様で構成される女性の楽園。男性の従者は別室にて待機させます。何一つ男女間の間違いなど起こりようもない、安心安全なお店になります。お付きの皆様には安心してお嬢様、ご夫人方をお任せ下さるようお願い申します」
王女の護衛や執事に深々と礼をしナノは下がった。
「そ、そういうことらしいです。伝えることはこのくらいですね。では、私達がいると話しづらいでしょうからここで失礼いたしますわ。執事喫茶、楽しみにしております。必ず、なるべく早く、早急に、開店できることを願います。よろしくて。た、楽しみにしていますわ」
お茶会の時はお風呂に入っていたため、ナノたちの接待を受けていなかった王女。ナノの演技力にすっかり翻弄されてしまってしまった。早口で伝える事だけ伝えると、顔を真っ赤にしながら去っていった。
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