閑話 領主の心労①

「なんだな。祭りの前に帰ってもらえたのは不幸中の幸いだったな」


 レイシアがやらかした報告やら、ジジイが無茶苦茶な提案をしてきたり、サチが彼氏を連れて来たり、俺だってこんな面倒くさい、重ったるい、キャパシティを超えた会合なんて開きたくなかったんだよ! でもいい。もう終わりだ。ヤツらは帰った。あとは祭りに向けて集中すれば。


「残念ですがお手紙が届いております。こちらとこちらをお読みください」


 執事のセバスチャンが封を切った手紙を差しだした。


「ん? グロリア学園の学園長から? なんだ? またレイシアが……。って視察だと?」


「左様でございます。しかも祭りの最終日から三日間です。もう一通もどうぞ」


「ああ。え、ヒラタの領主? そういえばクリシュに婚約の話があったが、あれは断ったのだが。って、直接会いに来るだと!」


「はい。学園長と同じ日程で来られるようですね」


「ちょっと待て! 緊急すぎぬか! だって祭りは三日後だぞ」


「左様ですね。四日後にお見えになります」


「め、メイド長を! それからクリシュを呼んでくるように。ヒラタの領主はクリシュがらみに違いないだろうしな。それにしてもなぜここまで忙しくならなければいけないんだ!」


「おそらくレイシア様がやらかしたせいかと。父親として頑張って対処なさってください」


「うおぉぉー。レイシアかぁ」


 俺は思わず叫んでしまった。ただでさえ来客のせいで仕事が滞っているのに。祭り準備も忙しいというのに! なぜここで二組も大物が来るんだ⁈ 俺に休みは来ないのだろうか。

 セバスチャンが方々に指示を出している。おお、クリシュが来たか。


「学園長とヒラタのご領主ですか。分かりました。祭りの方はお父様の分まで僕が請け負いますので、存分に対応してください」


 違う! 違うぞクリシュ! ヒラタの領主は絶対お前が目的だ! 分かっていて逃げようとするな!


「チッ。しかし、祭りの当日はお客様をお父様に任せるしかありません。二人とも抜けるわけにはいきませんよね」


 今舌打ちしたな、クリシュ。俺だって関わりたくないんだ。「打ち合わせに行ってきます。まったく、厄介な」とクリシュは出ていった。そうだな、祭りはクリシュに任せるしかない。対応は俺が……。したくねーな~。って言っていられないんだよな。


「何でこんなことに」


 メイド長が「子育てしなかったツケですよ」と言い放って去っていった。



「祭りがあるとは知らず来てしまって。申し訳ない。アマリーで宿が取れなかったから強行して一日早く来てしまった」


 学園長とヒラタの領主が仲良く一緒に一日早くやってきた。アマリーでたまたまあったらしい。一応早馬で一時間前に連絡は受けたのだが祭りの初日で予定変更はきつい。クリシュに祭りを任せていそいで戻って来たが、使用人も多くが祭りに駆り出されているんだ! 何とか体面だけはよくしておかないといけないというのに。


 間に合うわけがないだろう! 形だけでも整えるのが手一杯だ!


「ようこそお越し下さいました。急ぎの予定変更でお疲れのことでしょう。まずはごゆっくりとお着替えをおすまし下さい」


 にこやかに部屋に誘導した。

 さあ、どうすりゃいいんだ?


「旦那ぁ。とりあえず料理は祭りで出している食い物をアレンジして出しましょうや。都会の人には新鮮に映るはずですぜ」


 いいのか? 料理長、それで。


「なんなら孤児らが得意の内臓料理とかでいいんじゃねえかな。ほら、オヤマーの大旦那も好きみてえだし。明日はちゃんとした料理を予定通りだすからよ」


 考えるのも面倒くさくなってきた。料理長に任せてしまおう。責任はおれがとらなきゃいけないんだろうがな。次の問題はなんだ?


「付いてきた使用人たちの扱いは如何いたしましょう。いっそ、温泉で勝手に休んで頂いたらいかがでしょうか?」


 メイド長! ナイスアイデアだ。長旅で体も汚れているだろう。


「じゃああれだな。軽食を用意して向こうの小屋に運び込むか。執事とかはちゃんとこちらで対応するが、御者とかはそれでいいだろう」


 料理長良い判断だ。全部こちらでは対応できない。


「なんなら、そのまま祭りを楽しんでもらえるように、旦那は客人から使用人に休みを出させてくれるように頼んでくれ」


 そうだな。仕方がない挨拶に行くか。

 学園長とヒラタの領主に挨拶をし、せっかくの祭りを楽しんでもらえるように使用人たちに自由を与える許可を出してもらい、なんとか人減らしに成功した。


 夕飯は料理長の目論見が成功し、ヒラタの領主がやたらと褒めちぎってくれた。ほとんどが孤児しか食べない内臓料理。料理長が最近はまっている、醤油をベースに米酒や酢、砂糖、果物の汁を混ぜ合わせたタレに漬け込んだ内臓焼きや、とろけそうになるまで煮込んだ内臓と野菜のスープ。オヤマーのジジイが持ってきた米酒を勧めたら、どれだけ気に入ったのか飲むペースが速くなり、早々に寝てくれた。


 明日も祭りがあるし、俺も早く寝たいよ。



 翌日はせっかくだからと朝食の後祭りを見学させることにした。え? 温泉ってなんだ? 使用人が素晴らしいとほめ讃えていた? はいはい。では昼食後に体験してもらいましょう。


 こっちの予定など、全て吹っ飛ばすよ。


 孤児たちの演劇や歌に感動し、特産品の販売では値段の安さと品質に驚かれ、貴族だというのに屋台の品を買い食いする学園長とヒラタの領主。なにかタガが外れていないか?


「こんな田舎でわざわざ命を狙ってくる者などいないだろう」


 まあそうだが。ヒラタの領主は、ターナーをそれほど信頼しているのか、相手にされていないのか。読めんな。


「それにしても、法衣貴族と平民の距離感が近いな。いくら子爵領とは言えここまでなじむのはなぜだ?」


「マシュー様。それはこのターナーの守り神、アクア様の思し召しです」

「ほう。どういうことかな」


 ヒラタの領主(マシュー・ヒラタ)が興味深そうに聞き返した。


「今までは秘匿にしてきましたが、この地には領民だけが近づくことができる『温泉』という熱いお湯の泉があるのです。そこでは領主も貴族も平民も孤児も、何の区別もなく裸でお湯に浸かるという伝統があるのです。普段から顔なじみゆえ、近く感じるのでしょう」


「領民しか入れないのか? 使用人共が昨日入ったと言っていたが」


「はい。最近新しい温泉がわき出しまして、そちらは誰でもが近づき入ることができるようなのです。今はごくわずかな者にしか知らせていないのですが、整備が完了し、時期が来たら旅人にも開放する予定なのです」


 温泉には細かいマナーとルールがある。それを周知させずに勝手に入られると収拾がつかなくなるんだよ。男女も分けて不埒な野郎の対策もしないといけないしな。


「そうか。それは楽しみだな。なんでも王女殿下が温かい風呂にご執心だと聞いていたが、レイシア嬢のアイデアはターナーでは常識だったということか」


 レイシア~! 何をしたんだ! 王女殿下は石鹸を気に入っただけじゃないのか!


 まだ何か俺の知らない事がある。それも一つや二つで済む話じゃないのだろうな。

 気が遠くなりそうになりながら、祭りの案内を続けた。



「今日のランチメニューは、レイシア様の開発メニューです。レイシア様の店の看板メニューと賄い料理です」


 まかない料理だと! 料理長、それでいいのか?


「こちらが『ケチャップの炒めご飯、卵包み』です。温かなミルクのスープと共にお召し上がりください」


 料理長が慣れない丁寧語で料理を紹介した。白いお皿に丘のような黄色の料理が鎮座している。その上にはウエルカムと真っ赤なジェル状のもので字が書かれている。そうだ、ケチャップという帝国の調味料か!


「これはまた珍しい。見たことのない料理ですな。学園長、ご存じですか?」

「いえ、私も初めて見ました」


 俺だって初めてだよ! なんだこれは、どう食べたらいいんだ?


「スプーンでそのまま一口ずつ切るようにすくい上げて下さい」


 黄色の皮が破られると、中から真っ赤な……、米か! 米料理だと!


「ほう。帝国の調味料と最近流行り始めたオヤマーの米を組み合わせた料理ですか。うん。食べたことがない味わいだ」


「私もはじめてですね。これが賄いなのですか?」


「え、いやあ、私も初めて食べました。料理長、説明を」


 いきなりこんな料理出されてどうすればいいんだよ!


「はい。こちらは嬢ちゃ、レイシア様が平民街で出している『メイド喫茶』の賄い料理の一つです」


 平民街だと!


「これを平民が食べているのか!」

「どんな高級店で出しても人気料理になる味だ!」


「へい。しかし商品ではなく単なる賄いらしいですので」


「「なんて贅沢な!!」」


 あ~、レイシアだしな~。そうなるよな~。うん、旨いなこれ。


「商品はこちらだ。『ふわふわハニーバター、生クリーム添え』というお菓子だな。これに紅茶をセットで付けるらしい」


 料理長、言葉遣いが! まあいいか、二人とも夢中で食べているし。


「これが……、シャルドネ先生がいつも自慢していたふわふわパンか!」

「これを平民が普通に食べているだと? 私でもこれほどやわらかいパンは食べたことがないというのに」


 紅茶も飲まずに食べ終えた二人に、料理長はおかわりがいるかと聞いている。もう一皿食べるのか。胃もたれしないか? クリームにはちみつ。甘いぞ!


 今度は味わって食べられたようだ。よかったな。


「これらをお嬢さんが作ったのですか? 料理長ではなく」


「ああ。いくつか料理で特許も取っているみたいだしな。じゃねえ、みたいですしね」

「ああいい、無理して敬語など使わずとも」


「そうですか。いやぁ、嬢ちゃんは俺が仕込んだ以上に成長しやがった。努力家で天才だな」


 天才で終わっていいのか? おかげで振り回されっぱなしなんだが。


「では食事はここまでにしましょう。一時間後に温泉へ案内します。それまでお部屋でお寛ぎ下さい」


 二人を部屋に押し込めて、やっと一息つくことができたが……。まだ昼か。長いな。



 温泉は思った通りの驚きようだった。ジジイとカミヤで経験済みだからな。まだ若いから、ジジイの時のように気を使う必要もないだろう。湯あたり寸前まで楽しませておけばいい。心行くまで楽しんで疲れてくれ。

 珈琲ミルクも気に入ってもらえたようだ。さあ、帰って休んでくれたまえ。私か? 祭りの状況を見に行かないといけないんだ。クリシュとも話し合わなければいけないしな。学園長、バリューとは明日会えるようにしておくから心配しないでいい。本格的な話は明日だ。今日は予定通りの晩餐会だ。今度こそ料理長のちゃんとした御馳走を振舞おう。だから今は休んでくれ。


 そう願いながら二人を従者と共に返した。温泉であれだけ騒いだんだ。ゆっくり寝られるだろうよ。


 結局、晩餐会は一時間ほど遅れて始まった。温泉で体力を使い過ぎた結果だ。


 祭りは今日で終わり。明日からこの二人と会談だ。レイシアがなにをやらかしたのか。考えたくもないな。セバスチャン、寝酒付き合え! 愚痴言ってもいいか。聞いてくれよ……。

 今日は寝て下さい? 二人が帰ったら飲みましょう? 仕方がないな。じゃあ今日は俺も寝るよ。もういいぞ、お疲れ。


 このまま、明日がこないといいのにと思っても仕方のないことを考えるほど疲れていたんだよ! はぁ~、寝よ。おやすみ。



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