閑話 喫茶店店主へのお願い

「あの……ですね、お願いがあるんだけど」


 お客様が来ないので早々に店じまいをした午後三時、サチさんがめずらしく僕にお願いを言いに来た。


「どうしたの、サチさん。僕にできる事なら何でもするよ」


 去年サチさんにプロポーズをしてからというもの、距離感がつかみづらい。基本一人で何でもできる彼女は、僕に頼みごとをする必要もないんだけど。何だろう。お金? バイト代ならいくらでも上げてもいいけど。


「10日間程喫茶店をお休みして、あたしとターナーまで一緒に行ってくれませんか。私の親代わりの師匠、キクリメイド長に合って頂きたいのです」


 え、それって。


「メイド長が認めてくれたら、正式に……その……お付き合いを……」


 かわいい。いや、ここは僕がしっかりしないと。


「分かりました。僕も正式にサチさんと結婚を申し込みたい。君の親代わりの人に合わせてくれませんか」


 サチさんは「はい」と言ってどこかへ行ってしまった。よほど恥ずかしかったんだろう。追いかけたけど一瞬で見失ってしまったのは仕方ないよね。



 ターナーにはサチさんと二人きりではなく、オヤマーのオズワルド様とカミヤ商会のカミヤさん、そしてその付き添いの方々と一緒に馬車で移動した。

 一泊目が工業地フージ。サチさんとカミヤさんが腕のいい職人の情報を集めていた。

 二泊目は宿場町アマリー。ここではこれからの執事喫茶や商会開設についての話し合いが行われた。結局この旅の最中で、サチさんと二人きりになることはなかった。



 昼時につくとターナー側の支度が大変になるということで、馬車の中で軽食を食べながら一時過ぎに着くように調整してターナーに着いた。すぐに話し合いが行われた。僕が聞いても知らなかったレイシアちゃんの状態に、領主様始めターナーの関係者はことあるごとに驚きと混乱と呆然になることを繰り返していた。


「すまない。今日の報告はここまでにしてくれないか。これ以上は頭に入ってこない」


 領主のギブアップをオズワルド様が「儂等はこれを目の前で見せられていたんだ。なあカミヤ」と小言を言いながらも受け入れ、一時間足らずで終了した。


「五時より歓迎の祝宴を用意しております。それまでごゆっくりお過ごしください」


 領主がそう言って解散となった。


 僕はそのまま客室に案内され、一人で過ごすことになった。時間まで寝ようかと思った時、サチさんが部屋に訪ねてきた。


「店長、あの、私これからメイドとして祝宴の手伝いをするから。明日の午前中にメイド長に紹介させてください。それから朝早いのですが、教会にお参りに行きませんか?」


 顔を真っ赤にしてそれだけ伝えにきた。僕が「いいですよ」と言うと、またしてもあっという間に去っていった。よほど恥ずかしいのだろう。緊張しているのかな?


 明日か。認めてもらうために頑張らないといけないな。


 祝宴の間、僕はキビキビと働いているサチさんをずっと目で追っていた。凛とした美しさが彼女からあふれ出ていた。



 翌日、早く目が覚めた僕は久しぶりに正装をして、サチさんと教会へ向かった。

 大勢の人が教会に集まってくる。ってこんなに⁈


 神父様の話が終わると、謎のスーハーという儀式があった。え、なにこれ? 聞いたことのない音楽が流れ、やったことのない動きをさせられた。


 清々しい! 終わって見ると何とも心地よく体中が目覚めたような感覚になった。


「来て」


 礼拝の人々が帰り人もまばらになった教会でサチさんが僕の袖を引っ張る。


「ここが私の育ったところ。ターナーの孤児院。レイと出会ったのもここなの」


 孤児院とは思えない、きれいで活気があふれた教会の隣の建物。礼儀正しい子供たちが、サチさんを取り囲んだ。


 サチさんは母親のように優しい笑顔で孤児たちの話を聞いていた。


 食堂に連れていかれると、そこにオズワルド様がいた。


「おお、シロエ。そなたもここで飯を食うのか」


 え? なんでオヤマーの元領主がこんな所で朝食を?


「ここの飯は美味いぞ。堅苦しい貴族料理などよりな。心配せんでいい。寄付は存分に払っておるからな」


 いや、そういう事じゃないのですが。

 隣に座らせられ、お祈りが始まった。


「おいしい」


 一口食べた瞬間、思わず称賛の声をあげた。何だろう、初めての歯ごたえ。


「そうだろう。これはな、モツと言って様々な動物の内臓を煮たものだ。捨てられるものの中にでも、本物の味わいというものが隠されておる。それを見つけられるか捨ててしまうかで、人生の豊かさが変わるというものだ」


 そうだな。失敗だと思っていたあのパンが、今ではとんでもない価値を生む商品になったんだ。


「無駄だと思ったらそこまでだ。レイシアたちは捨てるだけの米の糠でさえ、石鹸の材料としてよみがえらせた。シロエ、誰の人生にも無駄なものはない。無駄にするのは自分自身だ。他人の人生を貶す者は何も見ようとしない愚か者だ。頑張りなさい」


 オズワルド様は、これから僕がサチさんの師匠に会うのを知っているのだろう。普段とは違い、優しく話しかけて来てくれた。


 食事が終わるとサチさんは僕に孤児院と教会を案内してくれた。


「ここが私の育ったところ。前にも教えたけど私は孤児だったの。私は孤児だったことは恥じていない。けど……。店長に迷惑かかるかも」


 僕が答えようとしたら、神父様が声をかけてきた。


「サチ、それからシロエ様。領主様がお待ちです」


 領主様がお待ちしている? 僕たちは神父に連れられて教会の貴賓室に向かった。



 部屋の中には領主様とメイド長、それに料理長がいた。


「ああ、楽に話そう。詰問しようということじゃないんだ」


 領主様は力が抜けた声で話した。


「サチ、あなたもです。本心が聞きたいので鯱張ばった喋り方はしないでよろしい」


 メイド長が言うとサチさんは「それでも報告ですし、少しはちゃんとした話し方混ぜます」といった。「それでいいのです」と合格を貰っていた。本当に普段の話し方をしたら失格だったのだろう。


「こちらが領主様。レイシア様のお父様です。こちらが料理長のサムさん。レイシアと私の狩りの師匠。あ、料理も。こちらがバリュー神父。私とレイシアの学問の師匠。そしてメイド長のキクリさん。私とレイシアのメイド術の師匠です」


 師匠多くない? レイシアちゃんもサチさんも凄いと思っていたが、師匠がこんなにいたんだ。


「こちらが喫茶店店主のシロエさんです。今はレイシア様たちとビジネスパートナーになっています。借金を三億リーフ……」


「なに!」

「借金三億だと!」

「サチ、騙されてはダメです」


 声が被った。メイド長と料理長の殺気が凄い! 私はあわてて声を上げた。


「借金しているんじゃなくて、レイシアに三億貸しているの!」


「「「はあ?」」」


「ああ、レイシアに借金があるって言っていたのはそれか。君から借りていたのか。なぜそんなことになっているんだ? 事と次第によっては……」


 領主様怖い。店長の次に弱いのに。


「レイシア様のお金の事ですが、形の上だけの借金になるのです。喫茶店の経営権を半分渡した時に、どうしても商業ギルドの手前金銭のやり取りをしなければならなかったのです。金利もほとんどありませんし、喫茶店の売上の一部で返せるようにしています」


「本当か、サチ」


「本当です。後でオズワルド様とカミヤ商会に聞いたらいいです」


 ターナー側の四人は安堵の息を吐いた。


「それで? シロエさんはおいくつなの、サチ?」

「え、歳?」

「僕、あ、いえ、私の年齢は23歳です。今年24になります」


「えええ?」

「何を驚いているのですか、サチ」


「だって、店長、そんなに若いと思っていなかったから。てっきり30過ぎかと」

「そんなに老けて見えるの、サチさん?」

「ごめんなさい店長!」


「サチ、あなたお相手の事何も知らないんじゃないですか」


 よく考えたら、僕もサチさんの年齢知らない。女性に歳を聞くのもあれだし。もしかして年上なのか? しっかりしているしな。


「あたし、二十歳だから。教えてなかったよね」


 あ、年下なんだ。


「あなた達、本気で付き合う気があるのですか! 相手の素性も何も知らないで。おままごとではないのですよ!」


 メイド長に雷を落とされた。サチさんと二人で小さくなってしまった。


「まあまあメイド長。そんなに怒らなくとも。まずは若い二人の言い分を聞いてあげようじゃないか」


 領主様が取りなしてくれた。なんて良い方だろう。


「俺の時を思い出すな。オズワルド様とナルシア様に挨拶に行ったとき、それはもう……ナルシア様はなぁ……」


 領主様が遠い目をしながら何かつぶやいている。


「まあ、頑張れ」


 無責任な感じで言われた。なに? 何が起きるの。


「ところでシロエ君、君はどこの令息だ? そんななりをしていても立ち居振る舞いを見れば分かるぞ。学園出だな。それも法衣じゃない。高位貴族だろう」


 サチさんが驚いた顔をしている。


「サチも知らなかったようだな」


「そうなの? 貴族なの?」


「うん。場所は言えないけれど、兄が何人かいてね。僕は婚約者もいなかったから貴族を離れたんだよ。前の妻と結婚して平民になったんだ。前の妻も学園に通っていたんだけど元は平民でね。おまけに聖女として失格になってしまったんだ。魔力が無くなってしまってね。僕に妻がいたのは知っているよね」


「うん」


「嫌いになった?」

「いいえ」


「あなた達。お互いの事全然理解していないじゃないですか」


 メイド長がイライラしている。


「サチ、残念だけどあなたはどこまで行っても孤児です。それは伝えましたか」


「もちろんです」


「それで? シロエさん、元貴族のあなたが平民と結婚していたことは分かりました。しかし、残念ですがサチは孤児です。そのサチをめとる覚悟が本当にあるのですか?」


「そうだなあ。ターナーだったらなんてこたあないが王都で孤児とバレるのはよくねえなあ」


 料理長が僕に言った。


「俺も王都で働いていたことがあったが、そりゃあ孤児の扱いはひどいもんだった。まあ、旦那が領主になる前のターナーだってひでぇもんだったがよ」


 知っている。孤児がどんな扱いを受けているかは。


「サチ、お前もサカやヒラタで見ただろう。あれが普通だ。ターナーの孤児院は異常なんだよ。いい方にな。サチをみれば見れば誰も孤児だなんて思わねえ。でもな、バレた時のことを考えてみな。その男に覚悟があるのか?」


 僕の覚悟……か。だとしたら決まっている。


「僕は、いえ私はサチさんが孤児だと知っています。さっきまで孤児院で朝食を食べ孤児たちと話し、オズワルド様と話をしていました」


「それで?」


「この土地はいい所です。孤児に対してこれほどの愛情を与えられる。サチさんは確かに孤児かもしれません。ですが、皆さんの大事な仲間なのですよね。レイシア様からも信頼が厚い、まるで姉のような存在」


「ああ、確かに嬢ちゃんはそんな感じだな」


「オズワルド様に言われました。『捨てられるものの中にでも、本物の味わいというものが隠されておる。それを見つけられるか捨ててしまうかで、人生の豊かさが変わるというものだ』と。『無駄だと思ったらそこまでだ。レイシアたちは捨てるだけの米の糠でさえ、石鹸の材料としてよみがえらせた。誰の人生にも無駄なものはない。無駄にするのは自分自身だ。他人の人生を貶す者は何も見ようとしない愚か者だ。頑張りなさい』と。僕の人生にも、サチさんの人生にも捨ててしまうことなんてなにもないんだ。僕が貴族であったことも、サチさんが孤児であったことも、僕を置いて亡くなった妻との思い出も、レイシアちゃんと出会ったことも、全てが大切な、僕たちの歩み、僕たちの大切な出会い、僕たちの人生なのです」


 サチさんがボクを見つめている。

 領主様が「あのくそジジイ。俺の時なんて……」と何か言っている。


 メイド長がため息をつきながらサチさんに向かった。


「サチ、あんたはどうなんだい? この男と添い遂げる気が本当にあるのかい?」


「……はい」


「そうかい。シロエさん、あんたこのターナーに越してくる気はないかい」

「は?」


「レイシアがターナーに戻ってきたらどうするんだい、サチ。この男と王都で暮らすのかい? レイシアについてくるのかい?」


 サチさんは黙った。


「何も考えていないんだろう。でもね、レイシアはあんたを頼りにしているんですよ。それに、王都で住みづらくなったら帰ることが出来るのとできないのでは大違いだよ。シロエさん、あんたは店を捨てて王都を離れられるのかい? サチのために」


 店か。妻との思い出の店。今はおっさんしかお客はいないが居心地のいい思い出の詰まった店。それでも、歩き出さなくてはいけないんだね。過去にしがみついてばかりではいけない。


「どこでだってサチさんのためなら生きていける。一緒に歩もう、サチ」

「はい」


 サチさんが腕を組んできた。恥ずかしそうに力を込めて。


「はぁぁ。シロエさん、悪いがレイシアが卒業するまでは手を出さないでおくれ。子供ができるようなことはするんじゃないよサチ。我慢できるかい。卒業したら結婚しな。それまでは私の弟子、レイシアの専属侍従メイドだよ」


 認められた。僕たちはメイド長に深々と頭を下げた。


 領主様が、「俺の立場は……」などと言っていたが、サチさんもメイド長も料理長も気にしていなかった。神父様が「そんなものですよ」と追い打ちをかけていたのはまた別の話。


 僕はサチさんの腕を解き、跪いてから改めてサチさんの手を取り、「幸せにします」と手の甲に口づけをした。





 ※ラブシーン苦手です!

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