第二章 夏休み(閑話だらけ)

閑話 レイシアからの速達

「旦那様、レイシア様から速達が届きました」


 レイシアから速達? この間クリシュに液体せっけんの感想の束と評判、改良点を指示する手紙が来たのに? この夏は早く帰って工場の状況をみるんだ、長くは居られないけれど楽しみだって手紙来たばっかりだよな。


 嫌な予感しかしないぞ。


「今見ないといけないよな」

「もちろんでございます」


 セバスチャンが私の前に手紙とペーパーナイフをいれたトレイを置いた。気が進まないが手紙を開いた。


『ごきげんようお父様。クリシュには別の便せんに書くのでこれはお父様が読んでください』


 出だしから嫌な感じがプンプンとする。読みたくないな。


『いろいろあったので何から報告すればいいか迷いましたが、まずはこの夏ターナーに帰ることができなくなりました。寮は閉まりますが、夏の間サチと一緒に喫茶店の二階にでも寝泊まりしますのでご心配なく』


 って、心配するに決まっているではないか! 喫茶店? クリシュが言ったとか言う店か? 何故帰れん! まあ先に進むか。


『では、私に起こったこととこれからの予定を書いていきます。驚かないで下さいね』


 驚かないで下さいね? それはあれか? フリか? まて、ヤバい話じゃないだろうな。


『先日の手紙で報告したように、私はお祖父様のアドバイスで商会を開くことにしました。特許や前回サカとヒラタで頂いた報奨金で十分間に合うはずだったのですが、喫茶店の経営権を51%取得せねばならなくなり、結果的に3億5000万の借金をすることになりました。あ、そのうちの3500万は支払ったんですよ。おかげで手持ちのお金もかなり減りました。でも何とかなりそうです。ご心配なく」


 はあぁぁぁぁぁぁ~? 3億5000万の借金だと? まてレイシア、だまされているんじゃないか? 


「セバスチャン。どう思う?」

「……3億5千万、ですか。私には想像もできない金額でございます」


「オズワルド様は何をしているんだ! たかが喫茶店の経営権、それも51%だぞ。王都の物価はどうなっているんだ!」

「まあ、先を読めば何か分かるかもしれません」


 それもそうか、と思いながらも気持ちが落ち着かない。セバスチャンはベルを鳴らしてお茶を用意させた。


「信じましょう、レイシア様を」


 信じられんわ! しかし、先になにか解決法が書いてあるかもしれない。続きに目を通した。


『これで商売の話はまとまりました。お祖父様もカミヤ商会も喫茶店の皆様も前向きに行うことを誓ってもらえました。そして私は王宮での王女様主催のお茶会に商人としてゲスト出演いたしました』


 はあ? 何を書いているんだレイシア。王女様のお茶会? しかも王宮で? ゲスト? 商人? 王女の主催のお茶会なんて一介の子爵の娘が顔を出せる所じゃないだろうが。


「ですがレイシア様はたしか王子殿下と御級友。よく試合で戦っていると仰っておりました」


「それはボコボコにしていたと……それか! レイシアは王子に恨まれているのか! その意趣返しにお茶会に……」


 トントンとノックの音で我に返った。


「失礼します。お茶をお持ちしました」


「これはよい所に。旦那様、落ち着いてください。一息つきましょう」


 紅茶と菓子が出された。そうだな。答えは先に書いてあるんだ。読めば分かるはず。……読みたくないな。


『結果的に、お茶会は大成功に終わりました』


 おお! 見たかセバスチャン。助かったみたいだぞ。


『初めにふわふわパンのお菓子を、私が発明した特許商品の『どこでもかまど』という魔石を使用した調理器具で作り振舞いました。皆さまに好評で、レシピが11家に販売出来ました。かなり安くしたので一つの家に対し金貨20枚で譲ったのですがここで220万リーフを稼ぐことができました』


 は? え? なんだって? 特許商品また作ったのか? 魔石を使用? それにレシピが金貨2枚で売れた? あのお菓子のか? はあ? それで金貨22枚だと? そんな大金を……、なにやらかしているんだ、レイシア!


『その後お茶会のお客様に、これから作る喫茶店の従業員を紹介しました。執事の格好をした女性たちがもてなしをするのです。最初に歌劇のワンシーンを行い、お茶やお菓子を振舞いながらおもてなしをするのです。ここで新作のお菓子も披露し、大盛況だったらしいです』


 何だ? 執事の格好をした女性? 男装させたのか? 歌劇を行う? わからん。新作お菓子か。レイシアの料理の腕は信頼できるから、ここだけは安心なのだが……、なんだ、ここにきて『だったらしい』って! いなかったのか! 責任者じゃないのか! どこに行ったんだ、レイシア!


『その時私は王女様とお風呂場にいました。王女様が洗髪剤の効果を知りたいとおっしゃるので、私が作った特許商品の『湯沸かし器』で温泉のような温かなお湯の入った湯船につかってもらいました』


「状況が分かるか、セバスチャン」

「お茶会ですよね」

「そうだな」


「招待された方々に、喫茶店の従業員を紹介したのですね」

「ああ。男装させた女性に歌劇をさせて接待をさせるのが紹介と言うものならばな」

「大変珍しい紹介の仕方でございますね」

「あるのか、そんな紹介方法!」


 肘を机に付け、手のひらで頬を支えた。


「旦那様、お気を確かに」

「大丈夫だ。その後の状況は?」


「お客を従業員にまかせてしまったようでございますね」

「その後だ」


「王女殿下と風呂場に行き、レイシア様の作った道具で湯を沸かし殿下を湯船に入れた。そのように書いてあります」


「そうだな。俺にもそうとしか読めない。お茶会ってなんだ! 客ほっといて風呂に入るのがお茶会なのか! しかも王女が! おい、風呂に入るということ話だな、その、なんだ。無防備な格好で……、王女がレイシアに肌をさらしたということか! 王族が子爵令嬢の前で! ありえないだろう! なんだこの状況は!」


「しかし、レイシア様が冗談を書くとは思えません。まあ、書き方はまだ子供っぽいですが。肉親当てですからこのような言葉遣いなのでしょう。分かりやすく伝えたかったのでしょうね」


「そんな解説はいい。続き、読みたくないな」

「では、旦那様はあちらのソファーにゆったりとお座りください。私が読み上げましょう」


「そうか。すまぬな。そうさせてもらおう。それから、今日の業務、この手紙で最後でいいか? 緊急性が高い仕事は終わっているよな」

「左様でございますね。本日の業務はこのお手紙で終わりにしましょう。ではお読みいたします」


「ああ、頼む」


「では。コホン。『王女様は温かいお風呂をお気に召されたようです』」


「おい、セバスチャン」

「はい」


「なぜ声色を使う。レイシアの真似か? 似てないぞ」

「少しでも臨場感が出せればと思いまして」


「普通に読んでくれ。内容が入ってこない」

「左様でございますか。では。『王女様は温かいお風呂をお気に召されたようです。お湯につかっている間にサチが王女の髪を洗いました。かなり汚れていたので5回も洗いと濯ぎを繰り返したのですよ。おかげで洗髪剤を使い切ってしまいました』」


「王女の髪をサチが洗っただと!」

「そのように書いてあります」


「王女の体に触れるどころか、風呂に入っている王女の頭に触れるなどあってはならないだろう! 相手は裸だぞ! ありえん!」

「真偽が分かりませんが、レイシア様が妄想で書くとは思われません。先を続けます」


「……ああ。頼む」


「『石鹸も好評でした。さすがに体を洗うのは王女の侍女メイドたちにお任せしましたよ。私とサチは見ていただけです』」


「見ていてはダメだろうが! なぜ居続ける!」

「旦那様。おかしな想像をしておりませんよね」

「していない!」

「左様ですか。では落ち着いてお聞きください」


 なんだろう。俺がおかしいのか? そんな訳あるか!


「『王女様は石鹸も洗髪剤もたいそうお気に召した様子で、出席者の方々に自慢をしておりました。お綺麗になった髪や肌を見たお客様は、すぐに欲しいと言い出しました。あ、出席者は公爵家の方々と侯爵家の方々がほとんどでした。ご婦人とご令嬢がいたのですよ』」


「公爵家と侯爵家の夫人と令嬢?」

「はい。そのようでございますね」


「その方々が欲しがった、のか? 単なる石鹸を」

「読みます。『一つ1200リーフと言ったら叱られました。』」


「そんな値で売っているのか! 500リーフで売っている石鹸だぞ。何やっているんだレイシア!」


「落ちついて続きをお聞きください。『王女様からすると安すぎるそうです。結局こちらにある48個の在庫は、一つにつき銀貨1枚、48万リーフで売れました。王都ではこの値段で売るように命令されました』」


「はあぁぁぁ~! 石鹸一つが1万リーフだと! そんな訳あるか!」

「落ち着いてください。読み上げているだけですので」

「しかしだな。石鹸だぞ。いつも使っている石鹸」

「左様ですねえ。王都では物価が違うのでしょうか?」


 さっきから叫ばずにいられない。何やっているんだレイシア。


「では続きを。『湯沸かし器とどこでもかまどは王家に献上することになりました。かなりの報償がもらえそうです。私は王女様の庇護下に入ることになりました』」


 王家に献上? 王女の庇護? 待て、正気か?


「『湯沸かし器』と『どこでもかまど』は献上できるほどのものなのか?」

「さて。私も見たことがないのでなんとも」

「そうだよな。いつの間にそんなもの作ったんだ? 大丈夫なんだろうな」


「旦那様。突っ込んでばかりでは読み終わりません。もう少しですのでお聞きください。『そういう訳で、私はこれから王宮に呼ばれることになりました。おそらく使い方を指導するために何日か通うことになると思います。洗髪剤も王女様のために作らないといけませんし、商会の立ち上げも早めないといけなくなりそうです。全て王女様と公爵や侯爵のご婦人たちの要求なのです。断れません! そう言うわけで私は帰れなくなりました。そちらにはサチが向かいます。カミヤ商会はじめ関係者を連れていきますので、お客様のご接待と客間への宿泊をお願いいたします。向かうメンバーは別の紙に書いておきますね。今後の予定とこれからの方針はクリシュあての封書に入っています。お祖父様もそちらに行かれるので、クリシュには王都ではなくそちらで頑張ってもらう事にしました。よろしくお願いします。では、お父様お体に気を付けて。忙しくなりますが無理はしないようにして下さい。レイシア』」


「終わりか?」

「いえ。『追伸・サチが付き合うかもしれない人も行きます。メイド長にお伝えください』以上でございます」


 はああああ~? サチが男と付き合う? まあ、そんな年齢か。いやしかし、なぜメイド長?


 レイシア……。お前普通にできないのか! 俺はお前に聞きたいことばかりなんだ! サカの領主からは婚約の打診が来ているし、変な発明はしているし、サチからの報告では騎士団を王子と改革しているらしいじゃないか! なんだそれは! サチの報告も分からんが、お前の報告はもっと意味不明だ!


「旦那様、クリシュ様への手紙は?」

「ああ、クリシュを呼べ。クリシュと話し合う。メイド長にはサチのことを伝えてくれ。それから、セバスチャン」


「何でしょうか?」


「今晩飲むぞ。付き合え。まともな神経じゃ務まらん」

「かしこまりました。料理長につまみを用意させます」


 セバスチャンが出ていき一人になった。「ああ~」と大きく息を吐き、ソファーに寝そべったが、いつまでもこうしちゃいられない。クリシュが来る前に、俺は領主の仮面をかぶり直した。

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