閑話 暗闇の想定外

 魔道具の特許が新たに申請されて通過したらしい。そんな噂を聞いた。

 魔道具の特許など全て秘匿特許だ。10年たたないと特許申請者の許可を取らなければ見る事すら出来ない。誰が特許を出してどう許可を貰うか。軍が管理していることが大切になる。

 案の定、軍の研究所では特許を出してはいなかった。だとすれば、特許を出すような人物は一人しかいない。


 俺は研究所で確認した。


「ああ、それはきっとケルトさんでしょう。でもまだ報告が来ていないんですよね。いつも遅いから、あの人。天才っていうのはどこか抜けている人が多いんですよね。常識とか」


 ケルト・コールド。元軍の研究所所員。コールドと名乗っているがあれは略称。元々侯爵家のご令嬢だったが、家から離れるため軍に入隊、そのまま研究所で数々の発明をした伝説の才女。研究所が機能しているのは全て彼女のおかげだとまで言われている。


 変わり者によくある報告の遅れか。研究所が把握しているなら大丈夫だろう。



 ……そう思っていたのは俺の判断ミスだった。



 たまたま通りかかったシャルドネゼミの行われていた教室の前。レイシアの声が聞こえた。


「では、ただ今よりこちらの人工魔石箱を使った魔道具で、今日のランチを提供していきます。ポマール先輩との共同開発の成果をとくとご覧ください」


 はい? 人工魔石箱? 魔石を使った箱とは? なんだ? 


 周りには誰もいない。とりあえず、靴の紐を結ぶ振りをしながら聞き耳を立てた。


「この上にフライパンや鍋を乗せて、このレバーを動かします。そうすると、魔力が流れ熱を発生させます。レバーの位置で熱量の調整もできるのですよ。では、フライパンが温まるまで、材料を切っておきましょう」


 魔力が流れ熱を発生させる? 魔道具か! しかしそんな魔道具など聞いたことがない。どういう事だ? 説明は?


「いい具合に温まりました。では油を入れてフライパンの準備を終えたら先ずは香りと風味付けにバターをひとかけら放り込みます」


 バターはいいから! 魔道具なんだろう! 魔道具の説明を!


「まずはお肉から炒めましょう」


 違う! そうじゃない!


「和の国の調味料、ショウユっていうものでさあ」


 和の国? 何か関係が?


「ここで追いバターだ、コリャァ!」


 やさぐれた! だから魔道具の……。


「何をしているんですか? ドンケル先生」


 顔を上げたら学園長がいた。


「ええと。靴の紐が解けてしまいまして」


「そうですか? 手が動いているように見えませんでしたが」


 レイシアへのツッコミに気を取られてしまった。俺は立ち上がり一旦去ろうとした。学園長が行ったらまた戻ってくればいい。


「では」

「ああ、先生お時間いいですか」

「はい」


「アルフレッドの騎士団改革について先生の意見を聞きたいのですが。かなり協力しているのでしょう?」

「ええ。やる気のある生徒に協力するのは教師としての務めですから」


 学園長、俺と軍部と王子の関係をどれだけつかんでいるのか。これも探っておかないといけない。


 レイシアの魔道具の話は、このまま聞いていても料理の話しかしそうにもない。この件は後でレイシアと話しあえばいいことだ。俺は言われるがまま、学園長室で話をすることになった。



 前期最後の騎士コースの訓練。俺はレイシアに魔道具についてたずねた。


「え? 魔道具の特許開示ですか? しませんよ。これから領地の特産品として販売するつもりなんです」


 待て待て待て! あの調理用魔道具、こんな便利なもの一般販売する気なのか! こんな便利で危険なもの、軍で管理しないとヤバいだろう! 気がついていないのか、この恐ろしさを。軽量・コンパクト・場所を選ばぬ利便性・煙も光も出さない隠密性・すぐに使え後始末のいらない時間短縮。軍事用にどれだけの利便性があるか。他国が手に入れるとまずい。王国軍の秘匿魔道具にしなければ!


 レイシアには気付かれないよう、各部署に根回しをしておかないと。


 俺は軍の研究所に話をしに行った。



「話が本当だとしても、実際見ないと信じられないな。物はあるのか?」


「今は一台ずつしかないようだ。前に連れてきたレイシアという子爵令嬢、学園の三年生が作って持っている」


「ああ、あの子か? まさか。学生が作れるはずがないだろう。ましてやそんな都合の良い道具」


 信じられないのは分かる。しかしあるものはあるんだ。


「借りるなり盗むなりできないのか?」


「学園生だからな、強制はできない。それに特許だ。神の範囲にむりやり手を出しても、特許の呪いで再現できなくなるのは分かっているだろう」


「この間来たお嬢ちゃんだろ。また連れてきて見せてもらうように頼めないのか? あることさえわかれば動きようもある」


「そうだな。そうするか」


 俺はレイシアと話し合おうと決めた。



 えっ?


 レイシアが王女のお茶会に出席?

 レイシアがお茶会で魔道具を披露した?

 レイシアが王女の庇護下に入った?

 レイシアの魔道具は王家に献上された?

 レイシアの魔道具の販売・管理は王家の許可が必要?


 詰んだ。


 王女の庇護下に入ったということは、レイシアを軍で囲い込み、やがて俺の下に付けようという計画はついえたということだ。王女が許可しないだろう。


 魔道具の秘匿特許も王家の許可なしには公開されない。


 レイシアは商人になる。


 軍部として、百年に一人の逸材を逃してしまったことが悔やまれてしょうがない。戦闘術、戦闘センス、隠密、交渉術、魔道具開発。どれか一つだけでもレイシアレベルでこなせるものがどれほどいるというのか。しかも女性。女性の賓客や王族のSPとしても、スパイとしても活躍できたのに。


 俺はレイシアを取り込む新たな作戦を考えてはみたが、何も思い浮かばなかった。

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