王女のお茶会⑥ 第一章(完)

「ヒビ・カミヤでございます。この度は……」


「ああ、長い挨拶は必要ありませんわ、ヒビ・カミヤ」


 王女から挨拶を止められ、カミヤはほっと息をついた。貴族相手の商談は慣れていなかったから。


「悪いとは思うのですが、カミヤ商会とはどちらに構えておられるのでしょうか。王家とは初めてのお取引ですわよね」


「失礼ながら一度だけサクランボのジャムを献上したことがございます。その後王室には、私たちがレイシア様から任されておりますサクランボのジャムを、ボーグ商会を通じて納めさせて頂いております」


「サクランボのジャム! 私大好きですのよ」


「ありがとうございます。我が商会は平民街の商業地2番通り西側に店を構えさせて頂いております」


「平民街ですか」

「はい」


「そちらにあるのはレイシアの石鹸ですか?」

「はい。在庫の全てをご用意いたしました」


「いくつあるのかしら?」

「48個ございます」


 王女は周りを見渡した。


「それでは全てを買い取ります。一つにつき銀貨一枚。これから先もその値で売るように。いいですね?」


「は? 一万リーフで……ですか? この糠入り石鹸は1200リーフで販売しております。8倍も高くは……」


「ではただ今より1万リーフに値上げなさい。ここにいるご婦人がた、ご令嬢たちはその倍の値であっても喜んで買い占めることでしょう。価値と値が釣り合ってないのです。そうですね、名前も変えましょう。『美肌石鹸』。私が名付けます。これから先は『美肌石鹸』として貴族街でのみ販売しなさい」


 カミヤはついていけなかった。困惑しながらレイシアを見た。


「王女様」

「なあに、レイシア」


「カミヤ商会は貴族街にお店を構えておりません。貴族街で販売するルートがないのです。それにこの石鹸は私の領地ターナーでは平民が普通に使う日常品でございます。その様に値をつりあげられますと、領民が困るのです。ターナーでは500リーフで販売しているのです」


「何ですって! このような素晴らしいものを平民が使っているのですか! それなら数は用意できるのですね」


「領地での在庫は十分にあります。王都に持ってきているのは余剰分です。」


「ではレイシア。ターナーで販売する物と王都で販売する物の包み紙と商品名を変えなさい。ターナーでは米入り石鹸、いえ材料名も隠した方がいいですね。ターナーの石鹸にしなさい。王都では美肌石鹸です。他の領地には卸さない事。いいですね。カミヤ、貴族街にお店がないのでしたら仕方がありません。レイシア、あなたが毎月私にとりあえず100個石鹸を納めなさい。形だけでもあなたの商会を貴族街に作りましょう。そうですね。美容石鹸は王家が独占契約を交わします。もちろん、ここにいる皆様には私を通じていつでも買えるようにしましょう。レイシアは許可なき者に販売してはいけません。誰にどれだけ譲るかは私が決めます。よろしいですね」


 興奮気味に販売方法を決めていく王女。ターナーでの販売を許してもらえているため反対する隙が無い。それでもレイシアは聞いた。


「それではカミヤ商会の儲けが無くなってしまうのではないのですか?」


 レイシアが心配するとカミヤが説明した。


「レイシア様。レイシア様はターナーからの大量の商品の運搬は出来ませんよね。流通に関しましてこのカミヤにお任せいただければありがたいですし、高額商品の運搬なので手数料も高くなります。それだけでも十分儲けが出せます」


 レイシアとしては、マジックバックに詰め込んで走って行き来すれば大量に早く流通させられるのだが、特殊な個人の力を当てにし過ぎると何かあった時にまずくなることと、カミヤ商会の儲けの確保のため、カミヤの意見に同意することにした。


「では、レイシアとカミヤ。もう一つの石鹸、液体の洗浄剤についてなのですが」

「はい」


「あれはすぐに商品化するように。そちらも私と独占契約を結びましょう。貴族用に高級なビンに半月分入れるようにしなさい。商品名は『美髪液』。そうねひと月の日数と同じ二十八回分を一瓶にしましょう。毎日二回分使用すれば半月、週に二回分使用すれば半年は持つでしょう? 一瓶で半年という触れ込みでしたら銀貨三枚という所かしら。私は毎日使うので二枚にして頂けるとありがたいのですが」


 平民値段で考えていたレイシアとカミヤにとって、法外な値付けを始める王女。


「半年では品質が落ちるかもしれません。十五回分で一瓶とし、一万二千リーフでいかがでしょうか。瓶代も入れて」


 カミヤは頷くしかなかった。王女独占契約となれば販売に関係できない。運ぶだけなのだから。


「カミヤ、馬車はこまめに運行するように。毎日でもよろしくてよ。月一運行などもっての外です。レイシア、ターナー領に週に一度は馬車を一杯にできるように命じなさい」


 農作物や食料加工品なども混ぜれば週一の運搬でも可能だ。レイシアもカミヤも頷いた。


「ではカミヤはそちらの皆様に石鹸を渡しなさい。皆様の名前と爵位を覚えるように」


 カミヤは王女から離れ石鹸を配布した。高位のご婦人方から名乗られるたび、失礼がないように気を張りながら挨拶を返し石鹸を渡した。


 王女は、オズワルドに向かって話した。


「そちらにいるのはオヤマーの前領主ですね。どのようなご関係なのかしら」


 オズワルドは礼をしてから答えた。


「王女殿下に申し上げます。このレイシアは儂の娘、アリシアの娘でございます。今は隠居の身である故、レイシアの事業を守る後見人になっております」


 王女は口の端を上げた。


「オヤマーの前領主はかなりのやり手だとお父様からお聞きしています。なるほど、レイシアがこのように優秀なのは、あなたの教育のおかげなのですね」


「いいえ。レイシアはターナーの地で育ち学びました。全てはターナーの者たちの教育の結果でございます」


「そうですの? まあ、あなたが後見人であれば間違いはないのでしょうが……。レイシアさんの借金はどうにかならなかったのですか?」


「そこは投資でございます。返済計画的にはなにも問題はございません」


 オズワルドの余裕たっぷりの返答。王女はレイシアの借金が大丈夫なのか逆に心配になった。


「商会設立の資金はあるのですか? なければ私が出資者になってもよろしくてよ」


「ご心配はいりません。これ以上出資者が増えると利益が分散してしまいますので」


「そうですか? 後日ゆっくりとお話ししましょう。オズワルド子爵とレイシアさん」


 王女の本気の提案に、オズワルドは商機を逃してはいけないと察した。


「レイシア。お前が発明したその機械。二つとも今すぐここで王家に献上しなさい」

「え? お祖父様?」


「どうせ王女殿下は買うまで交渉続けることであろう。それであれば献上という形を取るのが一番だ。後ほど報償という形で代金は支払われる。今ここで値段交渉をするよりは、はるかに良い形で収まるのだ」


「そうですか」


「それに、このご婦人たちの反応を見なさい。王女殿下が毎日温かなお風呂に入り美しさを保ってもらえたら、それだけでお前の発明品もターナーの石鹸も評判になる。王女殿下が宣伝塔になって下さるのだ。その価値は計り知れん」


 レイシアは頷き、制服姿ではあったが王女に向かいカーテシーをし、ターナー子爵令嬢の立場で話し始めた。


「クリフト・ターナーが娘レイシア・ターナー。こちらの『どこでもかまど』と『湯沸かし器』。クリーニングをし、メンテナンスを施してから王家に献上致します」


 貴族としての対応にオズワルドは満足げに頷いた。王女は待たされるのを気にしていた。


「どのくらいかかるのですか?」

「三日頂ければ完璧な形でお渡しできます」

「そう。楽しみにしておりますわ」


 王女は来客に向かって話した。


「皆さま。本日のお茶会はいかがでしたでしょうか。私は本当に素晴らしいお茶会になったと思っていますわ。そうは思いませんこと?」


「その通りですわ」「素敵なお茶会でした」


 皆が王女を讃えた。


「では、このお茶会の功労者、レイシア・ターナー様に拍手を!」


 今度はレイシアに対しての称賛、会場内は割れんばかりの拍手に包まれた。


「これより、レイシア・ターナーは私の庇護下に置くことに決めました。よろしいですね、レイシア」


「……あ、はい」


「大丈夫ですよ。あなたはやりたいことをおやりなさい。皆様、そういう事ですのでレイシアさんに対し無碍な扱いをしないように。また、他の貴族よりレイシアさんが無体な真似をされていたら助けるように。よろしいですね。我々の大切な仲間ですから」


「はい」「もちろんです」


 ご婦人、ご令嬢たちが賛同し、レイシアは王女の派閥に入ることになった。


「それでは、本日のお茶会は名残惜しいですがここまでといたしましょう。レイシアさんの商会や商品販売につきましては決まり次第皆様にお知らせするようにいたしましょう」


「キャロライナ様。よろしいでしょうか?」


 参加者の中の公爵夫人が声を上げた。


「なんでしょう?」

「レイシア様は借金でお困りと先程お聞きしました。どうでしょう、我々が資金援助をするというのは。もちろん強制ではございません。心あるものだけで協力させて頂けないでしょうか?」


「ホワイトムーン公爵夫人、何がお望みなのでしょう?」

「早く安定的に商品を回してもらえるように、そして執事喫茶を会員制にして頂きたいのですわ」


 会場内から悲鳴が上がった。


「それです!」「素晴らしい!」「それなら私も!」


「ご覧の通り、私たちは皆執事喫茶に惚れこんでおります。きっとキャロライナ様もその素晴らしさに感動なさることでしょう。王女であるキャロライナ様や私達が安全に楽しむためには、会員制であることが必要なのです! お聞きしたところ、先に始めている『メイド喫茶』は時間制限の入れ替え制だというではございませんか! そうではないのです! ゆっくりとくつろぎながら食事や詩の朗読や音楽を楽しみ、日常の疲れを癒す、そんなゆったりとした場所にして頂きたいのです」


 夫人の演説に、鳴りやまない拍手が起こった。


「お聞き下さい、レイシア様! 私たちは執事喫茶のためでしたらどのような協力も惜しむことはないでしょう。ぜひとも、私達の意見を取り入れて下さるようにお願いいたします」


「レイシアさま!」「お願いいたします!」


 会場内がレイシアに圧をかけた。お祖父様が頑張って取りなした。


「その件は王女殿下と相談しながら進めなさい。レイシア、皆さまのご意見は出来る限り参考にしながら計画を練り直させて頂きます。ご意見は書面にしてお送りいただけるとありがたい。今すぐ決めることは出来ぬので、今日の所はご容赦頂きたい」


 書面で伝えることができるということでご婦人たちは納得し前向きに終わることができた。予定より長くなったお茶会は、夕暮れと共に終わりになった。




「ではこれから有志で執事喫茶の計画を練りましょう」


 というご婦人のセリフと、「「「そうしましょう!」」」という賛同の声が聞こえたのはまた別のお話。




………………あとがき………………


 お茶会終わった~。いいよね、ここで第一章終わっても!

 本当はお茶会、夏休み後の予定だったんだよね。かなり状況変わってしまいます!

 お茶会だけで21000字楽にオーバーしているよ。まったくもう! こんなに長くなるとは!


 三年生です。12月に向けていろいろ仕込まなければならない三年生です。オープニング回収させつつ、サブキャラのサイドストーリーを進めつつ、さらなる伏線入れ込んで、忘れられているだろう伏線回収して


 って無理~! 何でこんなことに・・・


 さあ、次からしばらく恒例の章終わりの閑話です! と思いましたが止めです!今回は夏休みを閑話祭りにしようと思います。第二章にすぐ入ります。


 好きなキャラ感想欄に書いてくれると嬉しいです。閑話の参考になるので!


 楽しい話も鬱の話も様々あると思います! 。気を抜かないでついてきてね!

 応援もよろしくお願いします! 


 みちのあかりでした!

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