王女のお茶会④
浴室では王女付きの二人のメイドが、サチから道具と手順を教わっていた。三人とも、お風呂場で主人をお世話するための
「では、説明を始めます。まずはこちらに手を入れ、水の温度を感じて下さい」
王女が浴槽に手を入れると、ほんのりと温かいお湯になっていた。
「温かい」
「お風呂は温かなお湯で入るととてもよいものです。特に冬場は温かいお湯一択です。こちらにございますのが、お風呂の水を温める「湯沸し器」。このようにスイッチを入れお風呂の底に入れると、冷たい水が温かなお湯になるのです。注意すべきところは、お湯を沸かしすぎる前に引き上げることと、内部が熱くなっておりますので、持ち手部分以外は触らない事です。やけどをしてしまいますのでご注意ください」
洗浄剤の話をされるかと思ったら、急にお風呂を温める話をされた王女はどう反応していいのか分からない。しかし、水を温めたお風呂という聞いたこともないやり方とそれを実現できる道具。興味を惹かれても仕方がない。
「どういう原理で温まりますの?」
「先程の『どこでもかまど』の応用です。王女様でしたらご理解できそうですので話しますが、これは魔石を使った魔法再現道具なのです」
「魔法ですって!」
「はい。騎士コースの一部で行われている魔法での攻撃。軍や騎士の一部が実戦部隊として取り入れていますよね。その効力をわずかにだけ出せる、いえ、わずかだからこそ生活に役立てられる、そんな魔法を誰でも使えるようにしたものです。特許だらけでかなりの高値になるでしょうが、この素晴らしさが分かれば必ず購入したいと思わせることのできる商品です。まだ試作品ですが販売に向けて研究中のものでございます」
王女はレイシアと湯沸かし器を見ながら、底知れぬ才能と得も知れぬ恐怖をうっすらと感じ身震いした。
「では、どなたの髪を綺麗にしましょうか? 王女様がご指名なさるのですよね」
「そうですね。では私の髪を綺麗にしなさい。弟もシャルドネ先生も使ってらっしゃるのでしょう? そうでしたら私が使用しても問題はありませんわね」
レイシアが驚いている間に、メイド二人に自身のドレスを脱がさせた。普段から着替えやお風呂でメイドに裸体をさらすのは普通のこと。女性だけであれば恥ずかしさなど感じることはなかった。
レイシアもまた温泉文化の申し子。むしろ裸の王女と裸に近い湯着を着ているメイドたちの中、一人だけきっちりときた制服を着ている方が場違いに感じていた。
「どうすればいいのかしら?」
王女は一糸まとわぬ姿で姿勢よく立ったままレイシアに聞いた。
「お湯が汚れても良いのでしたら、このまま湯船にお入りください」
おずおずとつま先からお湯に入る王女。
「そのまま肩までおつかり下さい」
ぬるめのお湯は王女の完璧とも言える裸体を柔らかく包み込み、お客様の対応とレイシアの非常識に緊張していた体中の筋肉の強張りを解いた。
「ふわぁ~」
思わず息がもれてしまう。
「それでは髪を解かせて頂きます」
メイドに指示し、王女の結わえた紐を外させた。サチが大きなお湯を入れた桶に液体の石鹸を入れ混ぜる。
「そのまま力を抜いてお風呂にお入りください。こちらに肩を当てるように。そうです。では、ただ今から、洗浄液を溶かしたお湯に御髪を浸させて頂きます」
油で固めた髪を桶の湯に入れる。入りきらない所には丁寧にかけ流し、頭皮まで洗浄液が浸透するようにブラッシング。透明だったお湯がドロドロと濁った。
「初めてですと何度か繰り返さなければ全ての汚れは落ちません。ご覧ください。これが今まで溜めてきた脂汚れのほんの一部です」
メイドたちが動揺するほどの汚れがそこにあった。王女にも見せた後汚れた洗浄液を捨て、今度はお湯だけで髪をすすいだ。そしてまた洗浄液を作り洗う。
五度ほど繰り返しレイシアは汚れが落ち切ったと宣言した。髪は今まで見たことのない本来の輝きを取り戻した。
「これが私の髪なのですか?」
王女が感動の声を上げた。週に一度は洗っていた髪だが、落としきれない整髪用の油で本来の自分から出た脂を落としきることは出来ていなかった。こんなものだろうと思っていた常識は、全くの間違いだったことを知った。
「では、お体もお洗いしましょう。こちらはターナー特製の糠入り石鹸でございます」
からだを洗うのはメイドにまかせた。メイドたちは普段の石鹸にない汚れ落ちの良さに感動していた。
「それではお着替えください。着替えましたら髪を乾かしましょう。これは私の秘密の業なので口外しないで欲しいのです」
レイシアは魔法で温風を送り、王女の髪を乾かした。
「もう乾いたの。なにこれ、頭が軽いですわ」
脂とホコリが染みついた汚れだらけの髪は、まとわりついた汚れが取れ本来の繊細な細さと軽さを取り戻した。毛穴に詰まった脂は頭皮を固めていたが、今はその呪縛からも解放され、頭皮までもが柔らかさを取り戻していた。水分が飛び、キラキラと輝くピンクゴールドの髪は、手ですくってもさらさらと流れ落ちる。皮膚は角質まで落とされ、温まり血行の良くなった湯上りの肌は、18歳という少女から大人と変わろうとする瑞々しい色気を発していた。
「髪は結わえなくていいです。メイクも最小限に。この素晴らしい私の姿をそのまま見てもらいましょう」
鏡で自分の姿を見た王女はそう命じた。メイドたちが薄化粧を施すと、「行きますわよレイシア」と会場に向かい歩み出した。
◇
会場では、執事喫茶を模した接待がナノを中心とした5人の執事で行われていた。上品な会話はイリアが作った、会話想定マニュアルにより問題なく行われ、ご令嬢ご婦人を虜にしてけるほどのクオリティ。レイシアが作っておいたジャムと生クリームの薄皮包みとお茶で完璧に心をつかんでしまっていた。
レイシアが先に戻ると、会場のご婦人たちがレイシアに群がった。
「レイシアさん! このお店はどこにできますの?」
「必ず通いますわ! いつオープンするのですか!」
「それにこのお菓子。レシピは! レシピはおいくらで譲って頂けます!」
興奮冷めやらぬご婦人方とご令嬢たち。レイシアは執事たちに目配せし呼び寄せると、
「これから王女様がお戻りになられます。ご質問は後ほどお答えさせて頂きます。皆さま、一度お席へお戻りください」
と語りかけ、執事たちにエスコートをさせ席につかせた。
「それでは私から最後の商品を紹介させて頂きます。三点ございます。お風呂の水を温める『湯沸かし器』。髪の汚れを最大限落としつやを取り戻す『液体洗髪剤』今までにない洗浄力と潤いを保証する『ターナー製米石鹸』です。では、全てを体験なされたキャロライナ王女殿下。ご入場ください」
扉が開きメイドを従えた王女が入る。先ほどと違い、長い髪を結いもせずに登場した姿は、光と風にもてあそばれるかのようにふわりとなびいてはキラキラと輝き、王女の堂々とした歩みも相まり、まるで女神が降臨したような神々しさすらあった。
その美しさに全ての参加者が心を奪われた。会場から呼吸をする音さえ消えた。
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