王女のお茶会③

「素晴らしい出来でしたわ、レイシアさん。この菓子は今後社交界で大きな話題になることでしょう。そうですわね、皆さま」


 レイシアを隣に立たせ、招待客に注目させた王女。レイシアと菓子の価値を上げた。


「こちらの菓子はどこで手に入れたらいいのでしょう。レシピは公開なさりますの?」


 王女は招待客のためにレイシアに質問を投げた。


「この『ふわふわハニーバター、生クリーム添え』の生地は私のビジネスパートナーが特許を取得いたしております。そちらの使用権をお取りくだされば基本のレシピは手に入り、作ることができるようになります。さっそく、王室の料理長も取得なさりました。皆さまも、お抱えの料理人に使用権を与えて下されば似たようなお菓子は作ることができます。ぜひご検討くださいませ」


「まあ、早速取らせなくては」とご婦人たちが色めき立った。

「でもそれではこの素晴らしい飾り付けまでは再現できませんですわね?」


 王女がそう言うと、一瞬で空気が変わりレイシアに注目が集まった。


「そうですね。こちらの料理長でしたら先程から私の調理過程を見ておりましたし、質問もされましたので完ぺきに再現できるでしょう」


 王女は満足気だが、他の参加者は不満気。


「それでは困ります。私では料理人に教えることができないではありませんか」

「私はこのお菓子の完璧なレシピが欲しいのでございます」


 口々にレイシアに要求の言葉がかかる。


「そうですね。ではここの会場におられる皆さまの中で、ご希望の方にのみこの盛り付けの手順を書いたレシピを販売いたしましょうか。料理人なら分かるイラスト入り、金貨二枚でいかがでしょうか。手書きになりますので、人数によってはかなりの時間を要することになりますが……10枚ですと一週間ほど後にお渡しできるかと思います。特にこのクリームを液状から形を残す形にする技術は、特許も取れませんでしたので、現在王国におきましては、私と私の息のかかった料理人、それからこちらにおられる王室の料理長しか知らない技術です。専用の道具も必要ですので、この機会を逃しますと来年まで知ることができなくなります。社交において強力な武器になると思いますが、いかがでございましょう」


 レイシアはレシピに20万リーフという値段を付けた。公侯爵家は100万でも買うだろう。しかし王女の呼び出した令嬢ではそこまでの値段での決定は荷が重いだろう。王女の顔を立てるため、伯爵令嬢が相談なしに動かせる金額を提示したのだった。


「あら、でしたら料理長が習った分はあとからお支払いいたしましょう」


 王女が金を出すと宣言したことで金額が正当なものであると認識された。公侯爵7家と学友の令嬢2名の計9家が購入を決めた。


「ではレシピの引き換えはシャルドネ先生にお任せしてよろしいでしょうか? まだ商会も出来ていない状態では、身元の確かな先生にお任せするのが一番かと思うのです」


 王子使ってもいいんだけど、さすがに引くよね。そう思ったレイシアはシャルドネに丸投げしようと思った。現実としてレイシアが公侯爵家とコンタクトを取るのは難しい。シャルドネが、レイシア特製ディナーで手を打ち商談は成立した。レシピの売上は王女とシャルドネを含めると220万リーフになった。



「それでは、次の商品を紹介させて頂きます」


 レイシアが恭しく商人の礼をした。(((まだあるの⁉)))と招待客たちはどよめいた。王女はいよいよ頭髪洗浄剤が出てくると期待した。


 入口の扉が開くと、男性の楽師の衣装を身にまとった女性バイオリニストが出てきた。一礼をしてバイオリンをかまえる。


 美しい前奏が流れ、麗しき男装の麗人ナノが歌いながら登場した。


「愛すること、それは悲しみ。ああ、執事である私にはお嬢様を見守ることしかできない」


 朗々と歌うように、語りかけるように、甘いセリフを語ると、ご婦人とご令嬢たちのため息が漏れた。ヒロイン役のニーナがドレス姿で登場すると、ちょっとしたお芝居が始まった。


「さ、王女様はこちらに。お客様を彼女らにまかせている間に頭髪洗浄剤の効果を確かめて頂きます」


 レイシアが王女を去らせようとする。王女はナノが気になって仕方なかったが、「お茶会のためです」とレイシアに強く言われ、泣く泣く会場を後にした。


廊下に出て少し離れ、声が会場まで届かないと判断してから王女は言った。


「レイシア、今の何! なんだったの? 商品? 人身売買⁉」


「来年出店予定の女性が執事の格好で給仕をする執事喫茶のデモンストレーションです。彼女たちは王国少女歌劇団の役者兼従業員予定者です。さっきのは前回の歌劇のワンシーンですね。接客の中にショーも取り込もうと思っています」


「見たいわ! それに洗浄剤は皆さまに見せませんの?」


「浴室での洗髪ですから。いくらメイドでも裸を聴衆にさらすわけにはいきませんよね。王女様だけで特別に行わないと。浴室もそこまで広くないですし。彼女らがショーと給仕でお客様を楽しませている間に、洗髪を済ませて効果をご覧ください」


 ごねる王女を言い含め、レイシアは浴室まで王女を連れて行った。

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