王女のお茶会②

※(参加者のご友人の数を6名から2名に変更しました)



 誰? というざわめきが起きた。王女が紹介し、シャルドネが目をかけている子爵の令嬢? 皆はシャルドネに注目をした。


「ああ。確かに私のゼミ生ですね。ご存じの通り、私のゼミ生はクセの強いものばかりだ。その歴代ゼミ生でもトップクラスのご令嬢ですわね。今日どのようなことをするのか分かりませんが、おそらく驚きに満ちることになるでしょう」


「招待した私も何が起こるかは知りませんの。楽しみにしていますわ先生」


 王女とシャルドネ。二人のおかしな会話に場のざわめきが大きくなる。


「ではお入りなさい、レイシア・ターナーさん」


 メイドにより扉が開かれ、レイシアとメイドとして付き添うサチが入場した。

 人々は目を疑った。レイシアがドレスではなく制服を着ていたから。


「どういう事かしら、レイシアさん」


 どうしていいか分からず、きつい口調になる王女。レイシアは冷静に返す。


「私は招待客ではなくゲストとして呼ばれました。まさかシャルドネ先生までおられるとは思いませんでしたが、こちらのお茶会は高位貴族令嬢の集まるお茶会でございますわよね。でありましたら、私の立場は商人として参加するのが正解かと思いましたのです。それでは皆さまに挨拶を申し上げます。新たに商会を立ち上げる予定の、グロリア学園三年、シャルドネゼミのレイシア・ターナーでございます。本日は皆さまに私の商会で扱う品々のご紹介をさせて頂きに上がりました。わずかな時間ではございますが、よろしくお願いいたします」


 そう言うと、貴族令嬢としてのカーテシーではなく、商人としての礼をした。


 あっけにとられる参加者たち。頭を抱えたいが変な動きもできないシャルドネ。午前中はドレス姿のレイシアを見ていたおかげで、完全に意表を突かれ戸惑う王女。


「な、なにをするのかしら?」


 裏返りそうな声でレイシアに詰め寄る。


「では始めに私から皆様にお土産のお菓子を進呈させて頂きます。サチ用意を」


 王女とシャルドネはサクランボのジャムの乗ったクッキーが出てくると思った。ところが出てきたのは四角い箱状のもの。


「まさか。レイシアここで使う気なの?」


 シャルドネが声をあげた。笑顔で頷くレイシア。

 サチによって次々に用意される調理道具と材料。


「これから皆様の目の前でお菓子を作っていきます。調理をいたしますので、料理長に立ち合いを頼みました。私がおかしなことをしないか見ていてもらいますので、皆さまは安心してご覧になって下さい。また、ナイフなどの刃物は何一つ持ち込んでおりませんのでその点についてもご心配なさらぬようにお願いいたします」


 本当はレイシアとサチ自体が危険物のようなものなのだが、それは誰も知らない。料理長に材料を説明し作り始めようとした。


「なぜここに重曹が?」

「もちろん使うためです。舐めると苦いですが少量なので問題はございません」


 レイシアは重曹を指先につけ舌に乗せた。


「その料理は私も食べたことがありますわ。レイシアにまかせなさい」


 シャルドネ先生の助け舟が入り、料理長は調理続行を認めた、

 小麦粉・砂糖・重曹を量りまとめて振るう。ミルクと水と卵とハチミツを入れ、泡だて器で手早く混ぜた。


「それはなんだね?」


 料理長が聞いた。


「泡だて器というものですわ。材料を混ぜるのにも便利なのですよ。南方の小国で使われている珍しい調理道具です。この国で特許を取ろうかと思いましたが通りませんでした。ですから模倣して作り、これから売ろうかと思っております」


 レイシアは料理長に興味を持ってもらえるように泡だて器でもう一度混ぜた。そうして、トントンと付いた生地を落としさらにボウルに溜めていた水で洗いふき取ると、料理長に渡した。


「ほう。確かに混ぜやすそうだ」


 料理長が感心しながらいろんな角度で泡だて器を見ている間に、レイシアはフライパンを伝魔力調理器に乗せレバーを動かした。一分ほどで熱を帯びるフライパンに、油とバターを流し込んだ。


「何だそれは! フライパンが熱を帯びている?」


「こちらが本日ご紹介するスペシャル商品の一つ、『どこでもかまど』でございます」


 商品として売り出すなら、小難しい名称は使うな。誰にでも分かる商品名にしろ。とカミヤにアドバイスをされ、会議で決まった名前が『どこでもかまど』だった。


 レイシアはレバーを動かし、熱の加減を調整してから水に浸した布巾にフライパンの底を付けた。ジューっという音が辺り一面に響いた。粗熱を取り、落ち着いたフライパンを調理器にもう一度乗せ生地を入れ焼いた。料理長は目を皿のようにして見入った。


 フライパンに流し込んだ生地が気泡を出しながら膨れていく。表面が乾きぷつぷつとした穴が円の外側にでき始めた。


「ここですわ」


 レイシアはやさぐれ料理人モードにならないようお嬢様言葉を使いながら、タイミングよく生地を返した。


 ジューワ~、という音と共に生地がもう一段階ふくらむ。火を弱めフタをして中まで火が通るようにじっくりと蒸し焼きにする。これは熱の加減が自由にできる伝魔力調理器だからこそできる業。かまどでの調理しかできない黒猫甘味堂では、フライ返しで押さえ潰し、中央の生地を外に押し出すことによって生焼けを回避していた。


 待つこと二分。ふたを開け手早くひっくり返す。黄色くブツブツの穴だらけの表面が表になってでてきた。料理長が見たこともない重曹による炭酸効果。泡だて器もない王国では気泡がある料理は無かったのだ。


 細い串を差し中の状態を確認した。もう一度返し、きれいな面を表にすると、そのままお皿に乗せた。

 それから生クリームを軽くホイップすると、料理長の顔色が変わった。


「何をしているんだ!」

「クリームはこの泡だて器を使いますと好きな硬さに変えることができるのですよ」


 さっき渡された泡だて器とクリームを交互に見つめる料理長。レイシアはエミの作品を思い出しながらクリームを流し込み盛りつけをした。


「こちらが、『ふわふわハニーバター、生クリーム添え』というお菓子でございます。今回は普段出している物をより洗練し作らせて頂きました。とはいえ、料理長もご存じないご様子。毒見を兼ねて、私とメイドのサチが一口ずつ責任をもって試しましょう」


 甘く濃厚な匂いと、美しく盛りつけられた初めて見るお菓子。ご令嬢とご婦人が身もだえしながら完成を待っていた一皿。その芸術品ともいえるセンターをのふわふわパンに、ナイフのないレイシアがフォーク2本でミリミリと中央から裂き始めた。


「「「いやぁぁぁ~!」」」


 それはまるで紋章を目の前で引き裂かれたような、子供の頃から大切にしたぬいぐるみがゴミにだされるような女性たちの絶叫。宝石のようなお菓子に見入っていたお嬢様とご婦人たちは無残に切り裂かれるふわふわパンと同調していたかのように叫び声を上げてしまっていた。


「ナイフがないので仕方がないのです」


 しれっとレイシアが言うと料理長が止めた。


「俺が切る。俺が切るからやめてくれ!」


 レイシアからフォークを取り上げ、ペティナイフで四等分に切り分けた料理長。レイシアはフォークを返してもらうとその一切れを持ち上げた。


「では毒見として私とこちらのサチが食しましょう。問題がなければ皆様に温かふわふわのごのお菓子をご提供させて頂きます」


 レイシアとサチは甘味とバターとベリーをたっぷりと挟んだふわふわパンを頬張った。とろけるような幸せな笑顔。


「どう、サチ?」

「いつもよりふわふわ感が増しました。とても美味しいです」


「俺にも毒見させてくれ」


 料理長がレイシアに頼み込み、一切れ食べた。


「何だこれは……。この柔らかさ、弾力、それに程よい甘味のバランス。お嬢様、俺にレシピを譲ってくれないか!」


「残念ですが、私だけのレシピではないのです。大本は平民街の喫茶黒猫甘味堂の店主が発明したレシピでして特許商品なのです。特許使用権を商業ギルドを通して教会にお支払いいただければレシピを知ることは可能なのですが」


「分かった。今すぐ部下に使用権を取りに行かせる。また作るんだろう、勉強させてもらうぞ」


 皿の上には最後のひと切れが残っていた。「では残りは私が責任をもって毒見しましょう」とシャルドネが申し出て食べ始めた。


「シャルドネ先生が自ら毒見をなさられたのなら問題はないわ、早く作りなさいレイシア」


 王女は待ちきれずレイシアを急かした。料理長も許可を出し、レイシアはフライパンを温め直した。


 生地作りと盛り付けをサチにまかせ、ひたすら焼き続けるレイシア。料理長はサチとレイシアの間を行ったり来たり。レイシアは料理長に魔力調理器の素晴らしさを伝えながら焼き続けた。


 一皿ずつ出来上がった料理は、王女のメイドがお茶と共に配った。ここはお出しする順番を間違えてはいけないため、丸投げして正解の場面。温かいうちにというレイシアの言葉で、それぞれが食べるのを周りが見ている、そんなスタイルになった。


 レイシアでも、焼き時間だけは短縮できない。王女には一皿、招待客には一皿で四人前と料理長から切り分けて提供してもらったのだが、それでも全員が食べ終わるまで小一時間かかった。


 お客様が楽しんでいる間、レイシアと料理長の商談が片付けの中こっそりと行われた。


「今すぐですか? それは無理ですね」

「泡だて器、ここにある二本。新品でなくていいんだ。今すぐ欲しい。いくらだ?」


「そうですね。売り出しは商会が設立してからの予定ですが、新品では一本10000リーフくらいで考えています」

「一万リーフ? 安いな。いや、耐久性もあるし、すぐ壊れるようなものなら……」


「そうですね、一年間は壊れたら無料で直すか交換できるようにしましょうか」

「それは凄いな。だったら中古でいい。この二本を新品の値段でいい。二万リーフで売ってくれ」


「まあ、これで良ければいいですけど」

「他に何本作れる? すぐにでも十本は欲しいんだが」


「十本ですか。やることあって忙しいんですよ。今は私しか作れないので高くつきますよ」

「いい、倍出す。一ヶ月で作れるか?」

「分かりました。何とかしましょう」


 レイシアは魔法で金属加工ができるため、持ち手だけ外注すればさほど難しくもなく作れたのだが、そういう事にしておいた。


「それから、あれ、あのかまどもどき。あれは売るのか?」


 レイシアが本気の目になった。


「いくらだ? いくらで売り出すんだ?」

「いくら値を付けます? 料理長でしたら」


「分からん。そうだな、100万リーフなら」

「お話になりませんね」


 レイシアはわざとらしくため息をついた。


「かまど一つ新設するのにいくらかかるでしょう。フライパンを適温にするまでどれだけの薪と時間がかかるでしょう? 火加減を細かく調整するためにどれだけの経験とセンスが必要になるでしょう。煙も立たず、火の始末もなく、細かい火加減をレバーひとつで調整できる『どこでもかまど』。……料理長、ご存じでしょう? 出来立ての料理がどれほどおいしいものか。味見をし、最高の状態で出来上がった肉料理が、毒見のせいで冷めて行く無情さを。口の中ではじけるような肉汁が、脂と共に白く固まってゆく無念さを。全てがローストビーフのように冷めてもおいしいわけじゃない現実を。あの『どこでもかまど』は、出力を最低にすれば、焦がすことなく時間がたっても温かさを維持してくれるのですよ。温かいスープは温かいままに、焼けたお肉は熱々のまま維持でき食して頂けるのです」


 料理長の目から涙がこぼれた。料理人として未熟な時に誰しも思う「温かい料理を提供したい」という願望を思い出した。そんなことはかなわないと青春と一緒になくした貴族料理人としての思い。諦めと騙したままの料理人としての矜持。


「さすがにそれ以上は予算として出せない。出せないが……ああ、ちくしょう! 料理人としての俺は、そのかまどをどうしても欲しくてたまらない! いくらだ!」


「レイシア様、王女様がお呼びです。お戻りください」


 メイドがレイシアを呼びにきて、料理長との商談は強制終了させられた。売り手に逃げられた料理長は交渉先を失い、もやもやとした気持ちのまま片づけを続けるしかなかった。

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