シャルドネゼミのランチタイム②

「では、ただ今よりこちらの人工魔石箱を使った魔道具で、今日のランチを提供していきます。ポマール先輩との共同開発の成果をとくとご覧ください」


 レイシアはそう言うと、カバンの中から魔力調理器を取り出した。両手で軽く持てるほどの厚さ。フライパンよりやや大きいコンパクトサイズの機械に、ポマールが出した人工魔石箱をセットした。


「この上にフライパンや鍋を乗せて、このレバーを動かします。そうすると、魔力が流れ熱を発生させます。レバーの位置で熱量の調整もできるのですよ。では、フライパンが温まるまで、材料を切っておきましょう」


 玉ねぎ、キノコ、キャベツ、そしてボアの肉。あっという間にそれぞれ最適な大きさに切り分けた。


「いい具合に温まりました。では油を入れてフライパンの準備を終えたら先ずは香りと風味付けにバターをひとかけら放り込みます」


 薄く広がった油の上にバターが入ると、ジュワ―という音と泡を立てながらバターの黄色がフライパンに広がる。甘い脂の匂いがみんなの鼻腔を刺激し、空腹を意識させた。


「まずはお肉から炒めましょう」


 肉を入れたとたん脂と水分が反抗するジュージューという大きな音が! ゴクリとアルフレッドの喉が鳴る。ポマールがツバを飲み込む。ググゥゥゥゥーと普段から粗食ですごしているナズナのお腹が鳴った。


(((聞こえなかったことにしよう)))


 ナズナを気遣って知らないふりを通すアルフレッドとポマールそれとシャルドネ先生。そんなことは全く気にせず、さらに野菜を投入するレイシア。


 一匙の砂糖を入れると、甘い匂いが広がる。塩を二つまみ入れ、黒い液体を投入した。油が液体をはじく大音量の調理音と、香ばしくもかぐわしい匂いは空腹の生徒たちにはもはや暴力! ナズナのお腹はなり続け、顔が赤くなっていった。


「何を入れたの、レイシア!」


 シャルドネが聞くとレイシアは「和の国の調味料、ショウユっていうものでさあ」と、料理人モードになって答えた。


「ここで追いバターだ、コリャァ!」


 レイシアは料理人モード全開。醤油バターの暴力的な香りをまき散らしながらフライパンを振るう。


「「「グキュルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――」」」


 レイシア以外のお腹が絶叫するように鳴り響いた。そのおかげでナズナの恥ずかしさも消えていった。


「ほいな!」


 ジュワワアァァァと音が立つ白濁した液体をぶち込んだレイシア。


「何を入れたの!」


 シャルドネは叫んだ。


ポテトスターチ液片栗粉を溶いたものでさあ! 野菜から出た水分に反応してトロトロ熱々になる魔法の調味料や。ショウユと出汁で味付けしているから、アンというものになるんでさあ。普通に焼くより、熱々がいつまでも残る和の国の調理法ですぜ!」


 おりゃおりゃぁ! とフライパンを振るレイシア。空中で餡が煌きを放ち、舞うように放たれるトロトロの肉野菜炒め。炊き立てご飯が入った大振りのお椀がカバンから出されると、均等に分けられ乗せられた。


「へい! 和の国仕立ての肉野菜炒め丼だ。熱々のうちに食い切りな!」


 初めて見る料理。

 初めて見る魔道具。

 初めて見る料理人モードのやさぐれレイシア。


 アルフレッド以外はかたまってしまっていた。しかし芳しく広がる餡の香りから逃れることもできない。レイシアの料理に絶対の信頼を寄せているアルフレッドが一口スプーンで掬って食べた。


「あつっ、はふはふ、ほぐほぐ、わわわ、もぐもぐ、ごくり、……うま〜!」


 言語崩壊する旨さ! 今まで食べたどんな料理よりも熱い。そして初めて味わうバター醤油味! 濃い目の味付けは淡白な米がしっかりと受け止め口の中で程よく混ざり合う。スプーンを持つ手が止まらない!


 耐え切れなくなったナズナがスプーンを持った。


「あつっ、フーフー、まあ、これは、ごくっ、おいしいですわ~」


 やはり言語崩壊。お上品に食べるつもりが掻っ込むように手が止まらなくなっていた。


「摩訶不思議な……」

「レイシア。今日も素晴らしい料理ですわね」


 ポマールとシャルドネも魅入られた様に食べつくした。


 その間にレイシアは新たな小振りのフライパンを取り出した。ふわふわパンの生地を改良した卵多めで重曹少なめミルクたっぷりの生地を薄く焼き、紙のようなものを作り始めた。



 レイシアと料理長は、サカの街で王国でも帝国でも知られていない南方の調理器具と調理法を旅の料理人から教えてもらっていた。クラーケンを包丁で退治したことに感動したお礼だった。


 その調理器は『泡だて器』と言うものだった。持ち手の先に固い針金のようなものが5本ついていて、卵のようなフォルムを作り出している謎の調理器。そう、食材を混ぜるしかない世界に泡立てるという調理法がレイシアたちによってもたらされたのだ。クッキーが堅いのも泡だて器がないから。レイシアのクッキーはバターを尋常じゃない程使っていたからサクサクしていたが、王都の通常のクッキーは固い。砂糖の甘さでお菓子にしていただけのもの。ターナーでは酪農もしていたため砂糖よりバターの方が手に入れやすかったからそうなったのだった。


 そこに泡だて器。レイシアは執事喫茶のために新しいレシピを開発していた。そして、レイシアが旅の料理人からおしえられたのが、生クリームを泡立てること。クリームが泡立てられると固形でも液体でもない不思議な物質に変わる。初めて知った時のレイシアは筆舌に尽くしがたい衝撃を受けたのだ。



 薄く焼いた生地に、泡立ててから砂糖で味を整えたふわふわクリームを乗せる。今の季節はアンズとブルーベリー、そして秘蔵のサクランボのジャムがおいしい。クリームの中にジャムを落とし入れ四角く包んだ。

 食べ終わった食器を片付ける。いれたてのままカバンに入れておいたティーポットとカップを出すと、先生たちの前に並べお茶を注ぐ。フレッシュなミルクと砂糖を並べ、最後に盛りつけた三種のジャム生クリーム薄皮包みをセットした。


「試作品ですがお召し上がりください。ご感想を頂けるとありがたいですわ」


 メイドモードに切り替わったレイシアの口調は丁寧。落ち着いた雰囲気の中見たこともないお菓子をどう食べようか悩んでいる。


「手に持ち、一口でお召し上がりください。慣れてきたらフォークとナイフで切り分けてもいいのですが、加減が難しいのです」


 アルフレッドが口に入れ噛んだ。歯ごたえってなんだっけ? という不思議な感触で生地が破れ、ふわふわなクリームが濃厚な味と香りをぶちまけたように口の中一杯に広まった。アンズの酸味と砂糖の甘さが心地よく感じられる。初めての食感と味。甘くしたクリームだけで飲む習慣などない。クリームの濃厚さを初めてダイレクトに味わったアルフレッドはおもわず叫び声を上げていた。


「うおおおおぉー! うまい! なんだこれは!」


 ガツガツと両手に残りのお菓子を持ち頬張った。無意識の行為は一瞬の快楽と後悔を産んだ。


「もうないのか。味わって食べればよかった」


 落ち込む王子を見ながら、ああはならないように気を付けようと思った残り三人は、紅茶に砂糖やミルクを入れ準備万全にし、お菓子と対峙した。ゆっくりと味わい満面の笑みをうかべる。


「クリームがこんなにふわふわで美味しくなるなんて信じられませんわ」

「唯一無二の至高」

「おいしいわ! 一気に食べるなんてもったいない贅沢品ね」


 絶賛しながら味わって食べる三人。


「も、もう一つ作ってくれレイシア!」


 アルフレッドは叫んだがもちろん却下された。


「皆さん、私を待たずに食べ終わるんだから。これから私は食事の時間なんです。クリームの予備はないからもう終わりです」


 そういいながら食事の祈りを捧げるレイシア。羨ましそうな、恨めしそうな目で見つめるしかないアルフレッドは、レイシアが一口食べるごとに大きなため息をついた。


「食べづらいです。こっち見ないで下さい」


 レイシアに指摘されるまで、自分の行動がおかしなことに気がつかない程、アルフレッドはお菓子に魅入られてしまっていたのだった。

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