シャルドネゼミのランチタイム①

 普通のゼミは、先生の研究対象を中心にまとまるので専門性が高い。社交であったり、経営であったり、メイドであったり、冒険者であったり。それも身分差で集まったりするので同じような研究発表になりやすい。それでも2年間の基礎授業は、自発的な研究を行えるくらいの学力をつける指導にはなっていた。ゼミでは専門に特化することで効率的に仕事ができるように指導する。総合力は必要ないのだ。


 ところがシャルドネゼミは変わり者の巣窟。才能だけが特化した者の集まり。各々が興味のあることだけを勝手にやらせているだけなので、テーマも興味対象もバラバラ。だからこそシャルドネは2週に一度の集まりを大切にしていた。雑談のような会話や相談にも学ぶ事やヒントになることが多い。

今日は前期の最終日。レポートの発表をしてもらうことになっている。4人を丸1日ゼミに参加できるようにスケジュールを調整させた。



 午前の発表は歌唱から始まる。ナズナ・ナナシュは歌手志望。レポートを出すより実技で評価してもらう方が性に合っていた。結果、古典作のフルコーラス。42分歌い続けた。


(((上手いけど……長い……)))


 教会古典音楽の重厚なフレーズは、聞くものに感動をあたえつつ、体力もごっそりと奪っていった。


「いかがでしたでしょうか。本日は前期のゼミ発表も最後でございますのでわたくしの本気をお見せいたしましたわ」


 やり切った満足感を醸し出しているナズナ。これが5分の作品だったらと思いながらも拍手をせざるを得ないゼミの一同。バイオリンの一本でもいい、伴奏があったなら心から感動できたのに。


「ナズナ、素晴らしい成長です。あとは就職先ですね。どこか決まったのかしら?」


 シャルドネはゼミに入ってからの3年間の頑張りを知っている。レッスン代に生活がひっ迫し、お茶会などのサロンに混ざれない法衣貴族の女子に良い就職先がないのが現実。実力だけでは中々上手くいかない。音楽専門のゼミに入り課題をこなす資金力がないナズナは、それだけで不利というかマイナスなのだった。


「いいえ、まだですわ。ですが私の実力です。必ず欲しがる楽団か劇団はあるはずですわ」


 そう信じなければやっていけない。それはナズナもシャルドネも思っていた。


「そういえば、下町に最近勢いのある歌劇団ができたらしいけど、ナズナ知っている?」

「王国少女歌劇団ですね。スタッフ含め女性だけの劇団。強烈なデビューをしたらしいですわ。ですがまだお給料を出せないみたいですし、それでは私が生活できないのですから就職先として考えていませんでした」


「少女歌劇団? ナノさんのところ?」


 レイシアは聞き覚えのある単語に反応して言った。


「ええ。主催者はナノと申しておりますわね。レイシアさんお知り合いですの?」


「知り合いと言うか、雇用主?」


「はあ? レイシアさん雇用主ですの?」

「どういうことレイシア」


「この間、メイド喫茶の経営権の51%を譲り受けたので必然的に雇用関係になりました。そこら辺りは私の発表で行います」


「そう? まあ、あなたのことだからそうした方がよさそうね。で、どんな方なの? そのナノさんは」


「先生もご存じのはずですよ。シャルドネゼミ出身って言っていましたから。本名はナーシャって仰っていました」


「ナーシャ? えっ、あの子サカにいったはずじゃ」

「劇団が解散して戻って来たみたいです。イリアさんの先輩ですよね。ナズナさんはご存じないのですか?」


「分からないわ」

「ナズナとは入れ違いだからね。そうね、ナーシャに顔を出すように伝えておいて。心配していたんだから」


「分かりました」


「ナズナも会って見るといいわ。いろいろ参考になる話も聞けるでしょうから」

「はい」


「あ、今度イリアさんがナノさんの劇団で脚本書くことになりそうです」

「えっ? イリア先輩が脚本を⁈」


「ええ。仲良かったみたいですし、断れないようでしたよ」


 ナズナはイリアを尊敬している。憧れが半端ないほどに美化されていた。


「イリア先輩の脚本。ああ、素敵でしょうね」


 うっとりと天井を見上げる。シャルドネはそんなナズナを放っておいて授業を先に進めた。


「では次にポマール。発表をして」


 ポマールは「ん」と言うと、無言でレポートを全員に手渡した。話すのが苦手な彼はいつもレポートで発表に代える。最初は戸惑ったレイシアとアルフレッドも今ではもう慣れた。しかし、今回のは前期最後であり、実験が成功した発表でもあるため非常に専門的な内容とボリュームがあった。共同研究をしているレイシアと、マッドな研究者としての側面を持つシャルドネでも読むのに時間がかかった。ナズナは途中で放棄。アルフレッドはレイシアに負けたくない一心で読み切ろうと努力をしたため、かなりの時間教室が無言の空間と化していた。


「クズ魔石から魔力を取り出して魔道具を動かす? ありえない。帝国でさえそんな技術はもっていないはずよ」


 シャルドネは絵空事のようなレポートの内容に、どう評価を付けるか考えた。


 もともと魔道具は帝国が開発したもの。しかも軍で情報管理し一切漏れないようにしている。なぜなら、彼らの信じる神は人に魔法を授けない。弱小国だった帝国が今の地位を築けたのは、皇帝の血筋の天才科学者が250年以上前に現れ軍事用魔道具を開発したから。そこから巨大な兵器を使用し、侵略を重ねた。そこに対抗するため魔法は一属性が主流になり、攻撃の火魔法と防衛の水魔法だけが必要とされるようになったのだ。


 その後、研究は進めることができず、帝国は今もその時代の技術を使っている。再現性はあるので、魔導武器は増えている。

 それに対抗するように、最近王国でも研究を始めたのだがぜんぜん追い付いていない。


 それが現状。ケルト先輩が冷暗庫作ったのは本気のイレギュラー。戦争の道具としか思っていない軍属にはその価値が分からないだけだし、高価で希少な魔石だって数がないから普及はしない。見逃されていただけ。


 クズ魔石から魔力を引き出せる。理論としてだけでも面白い研究になる。実現は100年先か200年先か。単なる思考実験だけでも価値があるか。


 シャルドネはそう解釈した。


「面白い発想ですね。この研究は今後多くの科学者が研究や考察をすることでしょう。卒業までにもっと研究を重ね、大々的に発表しましょう。これがあればどこの研究所でも入ることができますよ。素晴らしいです、ポマール」


 ポマールは、人工魔石箱を机に上げた。


「これ。……これが実物。……レイシア君と作った」


 ぼそぼそと、しかしはっきりと「作った」と言えたポマール。

 信じられないシャルドネ。

 続きはレイシアに一任された。


「では私の番ですね。今日は3つのことを発表します。ですが午前の授業ももうお終いの時間ですので、いつものように食事の準備をしながら一つ目の発表をいたしますね」


 レイシアの料理に魅入られてしまった全員は、その提案を喜んで受け入れた。


 



 


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