レイシアの活動報告

 食事も終わり、レイシアが後片づけを終えた。しばしの休憩を挟んだのち授業は再開された。


「では私の発表ですね。本当は作りながら説明しようと思ったのですが。実演は先程見た通りです。ポマール先輩と共同開発をした人工魔石箱。こちらはクズ魔石の中でも火属性の魔石だけを集め、粉状に粉砕し、砂鉄その他の金属と塩などを適切な配合で混ぜ合わせたものを詰め込んだものです。この箱の中には、火トカゲの革を貼っております。箱にも仕掛けが必要なため、この人工魔石箱を作ることができるのは私とポマール先輩だけですね。もちろん共同で特許を取っていますし、誤って作ると非常に危険なため、Aランクの最高秘蔵特許になりました」


「僕は理論で分かっているだけで、作ることはできないよ」


 ポマールが口を挟んだ。


「確かに組み立ては難しいですね。手間もかかるものです。ですが箱は作ってしまえば後は中身を入れ替えればいいだけなのです。どの位の耐久性があるのかはこれからの研究課題ですが、5年や10年は大丈夫かと思います」


 レイシアがそう言うが、分かっているのはポマールだけ。


「要は、その箱はなにをするものですか?」


 シャルドネが尋ねた。


「魔力そのものを魔石から引き出すのです。騎士コースの魔法は、人間の魔力を使って火や水を出すものです。原理はいまだ解明されていませんが、魔力が火や水になるのではなく、何らかの影響を与えて熱や水が出てくると言われています。魔石には魔力が集まっています。その魔力を引き出すための装置がこの箱であり、混ぜ合わせる鉄や塩なのですよ」


「魔力を引き出す?」


「そうです。引き出された魔力はそれだけでは熱に変わりません。そこで登場するのがこの『伝魔力調理器』なのです。魔力はこの導線を通じて鍋を置く発熱装置まで運ばれます。ここは運ぶだけですので熱は発生しません」


 あらかじめ配ってある簡略化した設計図と機械をみせながら、レイシアは説明した。


「この場所まで来ますと、波打った鉄主体の合金に魔力が流れます。ここの配合はケルトさんの特許技術を流用させています。レバーで流れる魔力量を調整すると、この部分で魔力は熱に変わるのです。理論上では氷の魔石が手に入れば冷やす効果が出ると思われますが、クズ魔石で氷属性を体内に持つ魔物は王国にはいないので実験できませんでした」


「クズ魔石でないといけないの?」


「ちゃんとした魔石は高いですからね。クズ魔石だったら簡単に手に入れられますし安いですよね。今入っている魔石は、私がコーチング・スチューデントとして冒険者体験の時に一年生を引き連れた時拾ってきた物です。下水掃除の時のゴミ扱いだったくず魔石ですね。こうするとゴミに価値が付くのです」


 火属性は体温を維持するために必要なのかかなり多くの恒温魔物が持っている。鳥は風属性、爬虫類系は水属性が多いが、たまに身を守るためなのか火トカゲのように逆の性質をもつ魔物もいる。そんなレア属性は大概魔力が強かったりする。


「魔道具自体は複雑で作るのが大変ですが、鍛冶職人や家具職人など、木工・鉄工・革職人の専門分野の職人にパーツごとを分担して作ってもらい、その上で組み立てれば量産することができるでしょう。そうなると燃料となる人工魔石箱はなるべく安く流通させなければいけないのです。箱は補償金を付けて回収、あるいは回収時に中身を入れ替え渡すようにするなど流通方法を考えなければなりません。箱そのものは高くても、中身は安くしないと普及させるのが難しいですからね」


 シャルドネとポマールは頷いた。ナズナはさっぱり分からない。

 アルフレッドも箱については全く分からない。しかしレイシアの調理した料理と使い方に気がなって仕方がなかった。


「それで、これがあるメリットはなにがあるんだ?」


 アルフレッドが聞くと、(何言っているの?)という顔をしてレイシアが答えた。


「料理は基本かまどでするものよね。今この教室で作り立ての料理を振舞いました。アルフレッド様が心から望んでいる熱々の料理です。冷たい料理が嫌なんでしょう? これがあれば、出てきた肉でもスープでもご自身で温め直すことだってできるのですよ」


 アルフレッドの目が変わった。


「お、俺に売ってくれ! いくらだ!」


 レイシアは価値をはじき出した。


「1億リーフ? くらいかな?」

「はあ?」


「だって今世界にこれ一台しかないし、特許の塊なのよ、伝魔力調理器も人工魔石箱も。そうね。10セット作ったら2000万リーフまで落としてもいいかな? 100セットできたら……それでも500万リーフは付けたいよね」


「誰が買うんだ! そんな値段で」


「いると思うよ。この凄さが分かればね。薪で火を興す手間と時間は丸々カットできるし、薪代も減らせるし薪をためている場所も空くよね。王都の薪代ってかなり高額なのよ。貴族が薪を使わなくなったら平民が喜ぶでしょうね。煙もでないから教室でも使えたわけだし。どこでも調理できる利点って料理しない人には分らないと思うけど、料理人なら喉から手が出るほど欲しがるわね。火加減も簡単に切り替えられるようなものだし」


 レイシアが利点を次々に上げて説明するが、料理をしたことのない者にはなかなか伝わらない。


「まあ伝魔力調理器も特許を取りましたし、実演もできましたので説明はこれくらいでいいですよね。では二つ目の発表に移ります。王都に作る執事喫茶の計画実現とターナーの特産品や私の開発した商品、この伝魔力調理器も含まれますが、これらを販売するための新商会設立のための計画です」


「「「はあ?」」」


「仕方ないんですよ。販売する物の規模がおかしくなって、取り引きに関する責任が私しか出来そうになくなってしまったのですから。まずメイド喫茶なのですが、私が経営権の51%を取得し、実質的な経営者となりました。そのため私は3億リーフを超える借金を背負うことになりました」


 レイシアが淡々と話すと、教室が驚きの声で満ちた。


「レイシアさん! 3億の借金って!」

「お前、騙されていないか!」

「三億……」

「レイシア、きちんと説明しなさい」


「ですから、経営権を私に譲りたい元店長がですね、無料でいいからと提案したのですが、商人として問題になるとビジネスパートナーのカミヤさんとお祖父様に言われ、適正価格よりかなり割り引いた身内価格で取引することになったのです。本当は5億から10億の取り引きらしいのですが、3億5000万で良いことになったんですよ」


「桁が半端ないぞ、レイシア。返せるのか?」


 アルフレッドが聞くと、レイシアは資料を見るように指示した。


「メイド喫茶黒猫甘味堂の昨年の売上実績がこちらです。その中からオーナーへの報酬がここ。35分入れ替え制の黒猫甘味堂は平均客単価が2000リーフとして40席ありますので一回転8万リーフ。一日10回転ですので80万リーフが一日の最高売り上げになります。平均80%の稼働率でも64万リーフになりますね。月の売り上げ平均が約1800万リーフ。年間では2億1500万程が粗利益として計上されます。実際にはお土産のクッキーの売り上げなどもございますし、80%以上に席も埋まっていますのでので、2億5000万リーフ以上は売り上げがありますね。そこから人件費などの経費を引くと純利益は1億リーフ程でしょうか。元オーナーの意向で従業員の待遇を手厚くしているので、バイト代がそこらの正社員より高いのですよ。儲ける気がないのでバイト代を上げ続けようとしたのですがあまりに上げるのも限界がありまして。客層を落とさないためのギリギリの価格設定と高額なバイト代と役員手当。それを維持してもこれだけの利益が出ているのです」


 喫茶店の純利益とは思えない億越えの報告。教室が凍り付いたように静かだ。


「1億のうち三割が内部留保。残り7000万のうち40%、2800万がオーナー報酬ですね。残りを出資者で分けます。経営権の半分を受け継いだので、何もしなくても1400万リーフは毎年入ってくるのです。それと私が持っている特許料を足せば、毎年無理なく返済できる計画になります。これから作る執事喫茶の売り上げも考えればかなり早く返せると言われました」


 シャルドネは頭を抱えた。ほったらかしがゼミの特徴だけど、億越えの経営計画と見たこともない魔道具の発明と販売。学園内で収まらないトンデモ計画。放っておいたらいけない! やばい!

 レイシアが説明を続ける。理解できる生徒はいない。シャルドネは学園長を巻き込もうと心に決めた。


「では、新商会設立の計画についてはここまでにします。最後にターナーの新商品についてお願いがあります」


「「「まだあるのか」」」


「こちらが私の弟が中心となって開発している頭髪洗浄剤です。今までの固形せっけんと違って、植物油を使った液状の石鹸です。ちなみにこちらが現在ターナーで作っている米ぬか入り石鹸です。どちらも特許を取っているのですが、皆さんにモニターになって頂きたいのです。使い方はこちらの紙に書いてあります。お湯が使える方はぬるま湯で、水しか使えない方は水で良いのですが、最低三回は洗い流してください。米ぬか入り石鹸の使用感と一緒にレポートしてください」


 新しい製品を作ったら協力するのはゼミとしては普通のこと。やっと出た普通の発言と提案に安心し、快く引き受けることになった。


 その後、アルフレッドの騎士団改革の現状と今後の方針が話され、ゼミは終わりの時間を迎えた。レイシアとポマールは学園長室に呼び出されて魔道具の説明をしなければならなくなったのだがそれはまた別のお話。



「レイシアさん。あの洗浄液はなんですの~! 髪がさらさらに! サラサラ過ぎて寮の皆様が欲しがっていますわ!」


 ナズナがレイシアに詰め寄った。


「おいくらですの。どこで買えますの? 私質問攻めで困っていますのよ」

「ええと、まだ試作品で売り出していないの。この間試作品として来ただけだから今は在庫はないの。そんなに評判になるなら開発いそぐね。ほら、もう休みに入るし。手紙出しておくわ」


「レイシア! あの洗浄剤売ってくれ。俺の髪を見た姉が欲しがっているんだ。金貨出してもいいからって言っている。いくらで売っているんだ! 早くよこしてくれ。あるだけ全部買うそうだ」


 アルフレッドがレイシアを見つけて駆け寄ってきた。


「ないわ」

「はあ?」


「だって試作品って少し来ただけだから。まだ生産体制にも入っていないし、ここから改良もあると思うわ。私が商会を作るころには製品化しようって手紙に書いたから来年かな?」


「それじゃあ困る。すぐに作れないのか?」

「もう休みに入るでしょう。休み明けでいい?」


「……言ってみるけどすぐに欲しいみたいだ。何とかならないか?」


「無理ね。っていうか、私やること多すぎて夏は帰れないから。弟に丸投げするしかないのよ」


「では、私にもおねがいね。寮生20人分。で、おいくらなのかしら」

「それも含めて弟と相談ね。カミヤ商会とも話合って値段を決めるから今は待って」


「高くてもいいから早くくれ」

「なるべく手に入りやすい値段にして欲しいわ」


 一応話は聞いた。そうしてこの話は終わったはずだった。アルフレッドが姉にレイシアの言葉を伝えると、


「そう? 一度そのレイシアさんをお茶会にお誘いしようかしら」


 と、レイシアを呼び出すための口実としてお茶会を計画し始めたのだった。

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