王子と帝国と暗闇と
レイシアのやらかしによって書かれることになった、ナナセ・クライム(イリア・ノベライツ)の『堕ちた騎士道』が売れに売れ、アルフレッド王子が考えた以上に騎士団にダメージを与えていた。
一日人事部長としてパワハーラとその関係者を左遷にして、アルフレッドと戦ったゴーンを新たに引き上げ、騎士としての意識の高いものを中心に騎士団の人員配備を変えた。そして、アルフレッドが騎士団に常時関わられるように特別顧問の役職を作り、自身が就任することになった。
騎士団の評判が落ちたままなのは非常にまずい。そのためアルフレッドは騎士団の改革をナナセ・クライムにドキュメンタリーとして本にしたのだが、ショッキングな内容の一作目に比べ、内容が地味なため思うほど売れなかった。
アルフレッドは内部の改革と同時に外部への印象操作を改めて考えなければならなかった。
そんなわけで、休日になると、ちょくちょく騎士団に顔を出す事になっていた。
◇
「ヒラタで捕らえた盗賊が帝国の騎士だと?」
アルフレッドはとんでもない報告に興味を持った。
「そいつらは今どこにいるんだ?」
「は。ヒラタで取り調べを受けたのち、王都まで護送しました。現在は捕虜として収監しております」
アルフレッドは手続きをし、収監されている帝国の騎士に面会することにした。手続きはスムーズに行われ、翌日面会が行われた。
貴族用の監獄。その面会室に捕虜の一人を呼び出した。
アルフレッドの周りには護衛の騎士が二人。取り調べの検察官も二人。捕虜は手を縛られながら看守に連れられてこられた。
「座れ。名前は」
取調官が捕虜に声を掛けた。
「帝国騎士団レッドウルフ隊長スカイ・ホコウ。二つ名は『鋼鉄の狼』だ。
捕虜はイスに座ると堂々と名乗った。
「俺はアルフレッド・アール・エルサム。この国の王太子だ」
捕虜は目を見開き、それからアルフレッドを品定めするように見渡した。
「何が聞きたいんだ? その若さでわざわざこんな所まで来て」
看守が生意気な捕虜の首を後ろから押さえつけ、頭を机に叩きつけた。
「勝手にしゃべるな」
「いやいい。自由に話をさせろ。尋問に来たわけじゃない」
アルフレッドが制止し、捕虜は頭を上げた。
「すまない。俺は今騎士団の教育と改革を行っているんだ。帝国の騎士団の状況を知りたい。答えてくれるか。なぜ盗賊の真似をしていた? 帝国は何をしたいんだ?」
「その若さで騎士団の教育? 教育される歳だろう?」
「年齢が全てじゃないだろう? 出来る奴はできる。ダメな奴はだめ。それだけだろう」
「確かにな」
「話に聞くと反抗的な態度はなく、紳士的に振舞っているそうだが」
「ああ。そうだな。王子、あんたと同じくらいの歳の少女から負けて、それでも騎士としての矜持を思い出させてもらった。俺はその恩義に応えているだけだ」
「同じくらいの少女?」
「ああ。やたら二つ名が長い、茶色い髪をした少女だ。覚えきれなかったら最後だけ覚えさせてもらった。『悪役令嬢レイシア』という少女だった。ヤツに救われたんだよ」
「……レイシア……。盗賊捕まえたって、騎士団相手だったのか」
「知り合いか? まあ、あれ程の手練れなら有名だろうな」
レイシアがらみと分かって、アルフレッドは脱力してしまった。
「まあ、レイシア相手か。大変だったろう。俺が騎士団の教育に
「そうか。騎士の誇りを取り戻すきっかけを作ってくれた恩人だ。ヤツの知り合いなら仕方がない。恩義に報いるために、答えられることはすべて話そう」
そこからはスムーズに話を進めることができた。
◇
一騎士団の団長程度の情報だが、それでもかなり帝国は王国に対して侵略を進めようと準備をしているのが分かった。法衣貴族を取り込みスパイとして活動させていた。クックルーやパワハーラを捕まえたせいで帝国が焦り始め帝国から汚れ仕事を押し付けられたらしいということだ。帝国騎士団の組織運営、訓練方法などを聞き出した後、雑談のように帝国の状況を聞き出した。
「まあ、あからさまな武力だけじゃない。政治腐敗を加速させたり民衆を扇動して内部崩壊を狙ったりするのも一つの手だ。あるいは……」
捕虜は言いよどんだ。
「あるいは? なんだ?」
「あるいは王族に帝国の血を混ぜる事です。王子、あなたに帝国の姫を
「俺に帝国の姫をあてがうのか?」
「戦略とはそういうものです。取り込むためにはどんな手も使う。何ならわざと破談にさせて敵対意識を持たせる。そんな形も作れなくはないのですよ」
それ以上詳しいことは「単なる噂だよ」と言われ聞きだせなかった。時間となり捕虜は戻らされた。
「さすが王子。このような詳しい所まで引き出すとは」
取調官が媚びを売るかのようにアルフレッドをほめ讃えた。
「いいや。帝国の情報が足りなさすぎる。王国が持っている情報を精査しよう」
アルフレッドは、どこで何を指示すればいいのかを取調官と話し合い、実行に移した。
◇
「なんでアルフレッド様が私の授業を見学するのよ!」
レイシアがコーチング・スチューデントを受け持っている騎士コースの授業。そこにアルフレッドが見学に来た。
「いいじゃないか。同じ同期としてお互いが何をしているのか知っておくことは必要だろう? 別に不思議じゃないよね」
アルフレッドは帝国騎士団を命の危険を冒してまで倒したレイシアが、どんな授業をしているのか確かめたかった。
「分かりました。ではアルフレッド様も参加してみませんか?」
「いいのか?」
「はい。では本日は久しぶりのあれだからちょうどいいね」
レイシアは二年生の生徒に向かって叫んだ。
「お前ら喜べ! 本日はリアル王子が授業を見学に来た! 名を売るチャンスだ! お前らの活躍に期待する。せいぜい励め!」
「「「おおお―――――――――!!!」」」
「では、アルフレッド様はこちらへ」
レイシアはアルフレッドをホール中央のイスに座らせた。
「何が始まるんだ?」
「パーティーです。アルフレッド様の命を狙う暗殺者から身を守ってくださいね」
「はぁ?」
騎士コースの生徒たちはそれぞれくじを引き、給仕(メイド)、客、護衛騎士と役割が振り分けられた。給仕とメイド役はエプロン、客役はジャケットを着せられた。
「この中に何名かの暗殺者役の者がいるんです。給仕なのかメイドなのか客なのかは分からないようにしています。貴賓役、今回はアルフレッド様ですね。アルフレッド様を守りながら暗殺者を確保するという訓練です。殺されないように頑張ってくださいね」
そして疑似パーティーが開かれた。
初めの五分程はパーティーの雰囲気づくり。ワインを飲むふりや歓談はきっちり指導されている。
「なあ、いつもこんなことやっているのか?」
アルフレッドは護衛騎士役にたずねた。
「通常の訓練もしていますが、こういった実戦形式の訓練も力を入れております。たまに近衛兵の皆様も混ざることがありますよ。その時は犯人役がレイシア様とサチ様になります。分かっていても防げませんね、あの二人が組むと。お二人が護衛の時は、あっという間に制圧されますし。騎士団に指導に来てくれと懇願されていますよ」
「そんなことが」
「レイシア様とサチ様の投てき術。トリッキーな動き。それに殺気。騎士団から熱烈な勧誘を受けているのですが、断っているみたいです」
「そうなのか」
アルフレッドは(まあ、レイシアだからな)と納得しようとし、無意識にワイン代わりのぶどうジュースを飲んだ。
「とにかくレイシア様は、おっと始まりました」
護衛がアルフレッドのイスを蹴った。転がり落ちるアルフレッドの脇をナイフに見立てたスプーンが通り過ぎた。
「王子、テーブルの下に隠れて下さい。犯人1人確保。怪しいものは取り押さえろ。真偽は後だ」
飛び交うスプーンに騒ぎ出す客とメイド役。ここは騎士の邪魔をするための行動。
武器を持たないアルフレッドは、接近した敵の手首をつかみ投げ飛ばした。
「「「おお――――――――!」」」
アルフレッドの活躍に会場中の生徒が歓声を上げた。
「それまで!」
レイシアが終了の合図を出した。
「今回は一応護衛の勝ち。しかし、王子は守れませんでした」
生徒たちがどよめいた。
「どういうことだ?」
「分からない」
そんな声にレイシアが解説を始めた。
「まずは護衛役A役の動きについて。初手の攻撃に対してイスを蹴り王子を守った。これはほめ讃える行動です。身分差を考え、壊れものを扱うように接していたらその時点で暗殺が成功してしまいます。命を守る。その一点でのみ行動できたことは普段の訓練の賜物です。リアル王子に対して躊躇なく蹴りを入れるに等しい行為。よく出来ました」
訓練ごときで蹴り倒され地面に伏せさせられたリアル王子のアルフレッドは、それまでは何とも思っていなかったのに、レイシアの言葉のおかげで複雑な心境になった。
「暗殺者役の動きはかなりよかったです。その訓練が暗殺者の思考と行動原理を理解することにつながります。防衛側にまわった時に役に立つでしょう。護衛役全体としては、外野に対する対応がいまいちでした。怒鳴りつけて伏せさせる。この基本を忘れないように」
的確に反省点を述べていく。生徒たちは真剣に聞いていた。
「最後の暗殺者役のアタック。あれは王子でなければ成功しました。そういう意味では痛み分けですね。護衛役の立場としては敗北です。分かりますね。どれだけ良い動きをしても、最後に守り切れなかった時点でそれまでの活躍は意味をなくすのです。連携が取れていれば充分防げたことでしょう」
護衛役がガックリと肩を落とした。
「ですが、今回は最初から護衛役が負けていました。護衛騎士A役が王子に話しかけられ答えている時隙が出来ていました。その時に、王子のグラスに毒に見立てた小麦粉が仕込まれました。メイドに扮した暗殺者役Bが固まった小麦粉を放り入れたのです。テーブルの上のジュースを確認して見なさい」
グラスを確かめると、確かに溶けた白い粉がグラスに残っていた。
「今回の勝者は、暗殺者役Bのグリムです。敗者は護衛役Aのトーマ。王子に話しかけられたことで集中を切らしましたね。普段の訓練であれば投げ入れられた時の音やその際に起きる波紋に気が付けたことでしょう。王子と話せると浮足立ちましたね。初手から勝負が決していたのです。そうですね、グリム」
「はい。レイシア様なら分かって下さると思っておりました。しかしそこで止めては訓練にならないと思い、知らぬ顔で続けました」
「よろしい。私と同じ判断です。今後も励むように。王子も初めての訓練とはいえ、自分の命は常に狙われているという自覚を持ってください。リアルなら取り返しがつかないのですよ」
何故か怒られている事に納得がいかないアルフレッド。
「目に見えた攻撃だけが暗殺ではありません。今回毒を持ち出したグリムに拍手を! では第二戦を行います。今の反省を心して行うように。王子もこのように身を守れますので、それも頭に入れて行ってください」
そうして暗殺対応訓練は三回行われた。王子は三回とも死亡する結果になった。
アルフレッドはレイシアから言われた「リアルなら取り返しがつかない」という言葉を実感した。
◇
授業が終わった後、アルフレッドはドンケル先生に話し合いたいと面会を申し込んだ。先生は快く受け入れ研究室に迎え入れた。
「いつもレイシアはあんなことやっているのですか?」
ドンケル先生は笑いながら言った。
「レイシア君には実践を想定した訓練を任せているよ。月一度のコーチング・スチューデントだから他の授業は基礎訓練が中心だがね。たまに私も実践訓練をさせているんだが、レイシア君は別格だね」
「それは帝国を想定しての訓練なのでしょうか」
ドンケル先生の笑みが深まった。
「俺は今騎士団の改革を行っています。だからレイシアの授業を見ないといけないと思い今回参加させていただきました」
「そうですね。アルフレッド君が頑張っていることは聞いていますよ」
にこにことアルフレッドを褒める。しかし、アルフレッドは真面目な顔で言った。
「今まではパーティーの警備など重要視されていませんでした。なぜ今急にこのようなことを行っているのですかドンケル先生。いや、エージェント暗闇」
「ふふふ。そこにたどり着きましたか」
ドンケルの目が鋭く光る。
「俺は王太子。やがてお前たちの上に立つ者だ。軍の暗部で活躍していたが、権力闘争に巻き込まれて閑職に追いやられたと聞いたよ。でも暗部の中では信用も人望も高いという報告を受けた。これから俺のために情報を流してくれないかな。俺の直属の部下になって欲しい」
真剣な言葉を無かったことにするようにドンケル先生は微笑った。
「ふふふ。私が王子の直属ですか。それは楽しそうですね。ふふふ、そうですか。王子、どこまで泥をかぶる気があるのでしょうか。暗部など、軍や騎士にまかせて関わらなくても政治は進むのですよ。生半可な気持ちでしたら忘れる事です」
「帝国の動きがきな臭いからな。王国の内部もかなり腐っている。泥をかぶらないことより、情報がない方がやばいと思っている。俺の下に付け、暗闇!」
「御意に。では王子は何を知りたいのでしょう」
試すように暗闇は聞いた。
「まずは帝国と繋がっている貴族のリストアップを。それと帝国がどんなちょっかいを出してくるのかの情報も欲しい」
暗闇は隠し扉を開けていくつかの書類を出した。
「こちらですね。かなりやばいので持ち出しはご遠慮ください。いつでもこの部屋に来ていただいても結構ですから、暗号化無しのメモもやめてください。そのうち軍の資料室にもご案内しましょう」
アルフレッドはリストを見て愕然とした。軍、騎士、財務、教会、ありとあらゆる所に帝国が手を伸ばしていた。
「まあ、軽重というものもありますから。どこにでも入り込むのは当たり前ですよ。我々も帝国はじめ他国に送り込んでいたり懐柔しておりますから。どこまで影響力をおさえるか。また、どこまで情報を流し、どこは流さないか。場合によってはあちらの貴族を懐柔して情報を得ることもしています。お互い様ですね」
暗闇は意地悪く続けた。
「暗部と言うのはこういうものです。騙し騙され暗殺も行う。計略をかけて引きずり落とす。何でもありの汚れ役です。ご覚悟あるんですよね、王子」
それでもアルフレッドは暗闇が必要だと思った。平和でのんびりとした王国の歴史はどこかで壊れるかもしれない。帝国の兵士との話や今日受けた暗殺防止の訓練、またリストを見た結果、自分の代になった時にどんな事が起きてもおかしくないと理解したつもりになったのだった。
アルフレッドは虚勢を張ってニヤッと嗤った。
「よろしく頼む、暗闇」
「よい面構えになりました王子。これから影として支えましょう。いつでもお声をお掛け下さい」
暗闇は膝を着き、臣下の誓いを交わした。
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