執事喫茶出資者会議

 魔道具開発に夢中なレイシアだったが、それだけに専念するわけにもいかない。

 貴族コースの基礎は履修が終わっていないので二年生で習う分だけでも終わらせなければいけないし、メイド喫茶ならぬ執事喫茶の計画もしていかなければいけない。


 他にも騎士コース、冒険者コースのコーチング・スチューデントは続行している。


 クリシュやお父様からは、領地開発や教育改革の報告、新しい石鹸の開発状況や相談、孤児院独立の情報など頻繁に手紙でやり取りをした。手紙と言えばサカの街のケルトとも魔道具開発の状況報告や相談を何度もしている。


 相変わらず、学生とは思えない膨大な仕事量を抱えているのだった。



 

 そんな5月半ばの土の日。営業を終えたメイド喫茶黒猫甘味堂に執事喫茶の関係者が集められた。出資者として集まったのは、元オヤマー領主のオズワルド・オヤマー、カミヤ商会のヒビ・カミヤ、喫茶黒猫甘味堂店主のシロエ。そしてレイシア・ターナー。


黒猫甘味堂からは、店長のメイを筆頭に副店長ランと同じく副店長に昇進したリンが席に着いた。なぜかドレスを着せられたイリアも呼ばれていた。他にも関係するスタッフがいるが、声がかかるまで給仕役としてお茶を出したり、スタッフルームで控えていた。


店主のシロエとレイシアは、黒猫甘味堂と出資者を繋ぐ役割も担っていた。


会議に入る前は、お茶とお菓子を頂きながら歓談をするのが通例。その時、オズワルドがレイシアに提案した。


「この際だからな、お前が商会を立ち上げた方がいいと思うのだが」


「私の商会ですか?」


 レイシアは、唐突な話に戸惑いを見せた。


「ああ。今はカミヤ商会がオヤマーとの貿易をほぼ一手に行っているだろう? お前たちが新しい石鹸を作ったり、魔道具を完成させたり、これからの取り引きはあまりにも斬新すぎて扱いが難しい物が多くなりそうだ。まあ、魔道具はできるかどうかは半々ぐらいだろうがな。一度、そういった商品をお前の商会で管理し、その上でカミヤ商会へ販売を委託する形にした方が良いと思う。お前の商会が卸す物が特殊なもの、斬新なものであればあるほど、ブランド化できるかもしれん」


 レイシアは考えてみたが理解が追い付かない。カミヤ商会の思惑も考慮するべき?とりあえず聞いてみた。


「カミヤ商会はどう思いますか?」


「そうですね。新しい液体の石鹸。それに見たこともない道具。それらをどう宣伝しいくらの値を付けどの階層の客に売るのか。それを判断するのは我々なのかレイシア様なのか。そこはっきりさせないと何とも言えませんね」


「確かに商品の値付けは難しいですね」


「新しいものはリスクと販売戦略が非常に難しいのです。それに、宣伝には商品発表と広告、二つのやり方があります。商品開発に資金が必要であるなら、出資者を募らなければいけませんし、新しく工場を立てるにはやはりお金が必要です。少量を高く売るのか、大量生産で薄利多売を目指すのか。そういったこともか考えなければいけない。それは分かりますか?」


 レイシアは頷いた。


「話を聞く限りでは魅力的な商品だと分かります。それに値を付け売るのはまた別の話です。製造ラインと広告宣伝力、それに伴う資金調達。それらを管理する商会をレイシア様が作って下さるのでしたら、私達は流通に専念できます」


 カミヤ商会は領地と領地を繋ぐ商売はしているのだが、基本は王都の平民街をベースにしている中小規模の商会。サクランボのジャムを王室に献上した時も、様々なコネを駆使してなんとか実現できたのだ。おかげで評判が上がったのだが、高位の貴族に入り込めるほどの信用が無かった。


「儂も息子と妻がオヤマーでの活動を快く思っていないようでな。あまり表立っては動けないのだよ」


 現領主の息子と妻によく思われていないお祖父様。個人資産はちゃっかりと確保しているが、動きが取れなくなっているのは事実だった。


「学生で商会を立ち上げ、見たこともない新商品を扱う。そのメリットは学生に流通させ流行りを作れることだ。親にもつながれば貴族社会に切り込むことができる。なにより高額商品だらけだ。高位の貴族から流行させた方がいいかもしれん。儂とカミヤ商会とお前の父クリフト・ターナーが保証人になれば申請も通るだろう。来年の執事喫茶を開くタイミングに合わせて準備してみるのはどうだね」


「私が起業するということですか? 大丈夫でしょうか?」


 レイシアはイメージがつかめなかった。


「小説を使ったメイド・執事喫茶の斬新な宣伝。新しい物を生み出す発想力と行動力。レイシア様以外では行うことが難しいでしょう」


 カミヤがレイシアの背を後押しした。


 レイシアは急に出てきた話のため、「起業と商会について調べてから考えてみます」と答えるのが精一杯だった。急に出てきた起業の話に戸惑いながらも雑談は終わりの時間を迎えた。



「御歓談中失礼いたします。定刻の時刻となりました。私司会を申し付かりましたメイドネームめが猫ことニーナと申します。本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。では始めに黒猫甘味堂から新店舗執事喫茶のスタッフについて提案させて頂きます。店長のメイさん、発言をお願いします」


 司会は少女歌劇団のヒロイン、ニーナが担当した。給仕をしているメイドたちが資料を出資者たちに手渡す。メイは緊張しながらもしっかりと足を踏みしめ笑顔を作り、挨拶を始めた。


「私、現在メイド喫茶黒猫甘味堂の店長を仰せつかっておりますメイ・カミヤです。まずは現在の店舗について出資者の皆様にご相談があります。現在は王都平民街にあるメイド喫茶黒猫甘味堂、オーナー個人店の喫茶黒猫甘味堂。そして、これから作られるオヤマー貴族街の執事喫茶黒猫甘味堂。この三店舗について、一号店店主並びに全店舗のオーナーであるシロエ様から提案がございました。シロエ様は喫茶黒猫甘味堂と他二店舗は経営主体を別物とし、メイド・執事喫茶に関してはオーナーの一人としての関わりしか持たない事にしたいと仰せられております。ここにいるオーナーの皆さまにご了承いただければ幸いです」


 メイド喫茶自体、ほぼメイに経営を丸投げしていた店主。複雑で理解できないほど大きなプロジェクトになるのが分かっているので経営からは手を引きたがっていた。


「黒猫甘味堂オーナーのシロエです。メイド喫茶黒猫甘味堂は、現在は成り立ちの関係で僕がオーナーになっていますが、ほとんどがレイシアさんのアイデアと行動力で出来上がったお店です。僕の実力ではこれから先足を引っ張るばかりです。経営は経験豊かな皆さまにまかせて、僕は一号店でのんびりやっていきたいと思っています。もちろん、皆さまのおかげで特許料が過分に入ってきますので、執事喫茶開店のための資金提供はできる限り行うつもりです」


「経営権はどうするつもりだ?」


 オズワルドがシロエに聞いた。


「経営権の51%をレイシアさんに譲渡したいと思っています。残りは私が持たせて頂きます。ここから発生する利益は基本的にレイシアさんの行う事業に投資していきたいと思っているのですが、どうかなレイシア」


 シロエの言葉にカミヤもオズワルドも頷いた。


「私に譲渡ですか? 価値としてはかなりのものになりますが、譲渡金はいくらになるのでしょうか!」


「僕としては無償でもかまわないのですが」


「それはいけませんね」


 カミヤが商人として口を出した。


「私も経営に噛ませて頂いている関係上、娘のメイと共に会計を監査させて頂いております。もし現在メイド喫茶黒猫甘味堂の経営権を51%販売に出せば、特に他店舗を出せる権利まで付けて売却することになりますので、その価値は最低でも5億リーフ、人によっては10億までは出しても欲しがる方は出てくることでしょう。


 レイシアもシロエも驚きを隠せないほど動揺した。


「そんなに!」


「当たり前です。ふわふわハニーバターなどのどこにもないメニュー。店員の教育の高さ。他にはないサービス。リピーター率の高さ。潜在顧客の多さ。日々の売上高。どれをとっても高評価なのです。それを無料で譲渡しようとすれば、商人ギルドから大きなペナルティが課せられることでしょう」


「そんな大金用意できません!」


 レイシアが叫んだ。


「しかし、それはよい考えかもしれんな。レイシアが経営権の51%を持っていれば、新たに商会を興した時に、そのメイド喫茶と執事喫茶をそこの一部門として組み込んだらいい。新興であってもそれだけで信用がかなり上がるはずだ」


 オズワルドは賛成に回った。


「そうですね。仮にターナー商会としましょうか。レイシア様のターナー商会の信用が上がるのは、カミヤ商会にとってもありがたいことです」


 起業ありきで話を進める二人。


「でも資金がありません」


「現在いくらあるんだ? レイシア個人としては」


 レイシアのギルドカードにはかなりの金額が入っていた。サカの領主からのクラーケン退治の報酬は5000万リーフ。ヒラタの盗賊退治の報酬は100万だったものが、相手が帝国の騎士だということで300万リーフに上がっていた。もっとも魔道具の勉強のためケルトに1000万リーフを払ったり、教会に寄付をして工作活動をしたり、実験のために様々な本や道具や金属を買いまくったり、魔道具の特許使用許可を取るためにかなり散財したり。かなり金銭的には支払いが多くなっていた。

 その他に、握り飯の特許料、メイド喫茶システムの特許料、冒険者ギルドへの素材販売で1800万リーフ程の収入があった。その他細かい収入と支出があるのだが、現在は3700万リーフの余裕があった。


 カバンの中には販売を躊躇する大型の魔獣がゴロゴロあるのだが、選びながら出すものを決めないと大騒ぎになる代物ばかりだ。


「頑張れば4000万リーフは用意できますが、それ以上は無理です。


「どう思うカミヤ」


「そうですね。元々の関係性を前面に出せば、3割は安くしても大丈夫でしょう。5億リーフの7割ですから3億5千万リーフで移譲できるように書類を作成しましょう。レイシア様は1割の3500万リーフを手付金としてクロエ様に支払いして頂きます。クロエ様はギルドに売り上げの一割として3500万リーフをそのまま納めて頂きます。残りの3億1500万リーフと利子はレイシア様の借金になります。なあに、経営権の51%もあればローンを組んで返済してもそれ以上の儲けが毎年出続けるはずです」


「3億の借金……」


 レイシアは借金を引き受けたくなかった。


「利子とかいらないから! もっと安くてもかまわないよ」


「利子無しは勧められません。それに金額はこれ以上引き下げることは無理でしょう。それからシロエ様。書類製作とギルドへの手回しはカミヤ商会が引き受けますので、手数料5%、1750万リーフはカミヤ商会にお納めください。本当は10%なのですが、レイシア様の分5%は特別におまけいたします」


 商人ギルドに所属している以上、無理な値引きや譲渡はできない。カミヤが手数料を取るのもルール上必要。手数料を半分まで落とすのがギリギリのサービスだった。


「レイシアさんのおかげで貯金はある。1750万は払ってもかまわない。彼女の借金はなんとかならないのか?」


「商売を行う上で借金できることと、間違いなく返済した実績はそのまま信用につながります。おかしなところからの借金より、信用できる者からの借金の方が最初はよいでしょう。この取引がたったの3億5千リーフなのですよ。無利子では信用の問題もありますからせめて0.001%にしましょうか。いいですか、51%の経営権。それが自動的に執事喫茶の経営権の割合に引き継がれるのですよ。しかも商会を立ち上げてそこに登録を紐づけたら謝金は商会の経費として処理できます。今の年間の経営権に対する経費がどれくらいのものかご存じでしょう。執事喫茶ができれば両店の売り上げを考えても5年とたたず返済できる事でしょう。それでも心が痛むなら返済された金額をそのまま新商会に投資続ければいいのです」


 カミヤの押しが強かった。オズワルドも賛成をし、レイシアが借金で経営権の51%を取得することとなった。



話が横に反れたため、メイは全員のお茶を変えるように指示を出した。クッキーと共に古いカップを下げ、温かいお茶が提供されたのを確認した所で話を始めた。


「執事喫茶に関しましての人事案をまとめてみました。こちらは現行のメイド喫茶の経験者を移動させるためそちらにも関係します。まずは私から。メイド喫茶店長メイは店長を卒業し、両店を繋ぐ総支配人として全体を見回し管理しようと思っております。メイドも卒業することになり非常に残念ですが、オーナーの皆様にも普段から対応できるように頑張っていきたいと思っています。また、今後店舗を増やす際にもこの役職は必ず必要になってまいります。新たな役職を増やすことになりますが、よろしくお願いいたします」


 メイの発言に、カミヤは父として感動していた。最初、店の手伝いを辞め喫茶店のバイトをすると聞いた時強く反対したのだが、バイトのおかげでこうして良い縁に恵まれ、一人前に育った娘の姿に涙を流しそうになった。


 レイシアも、これだけの重圧の中、堂々とした態度で発言を行えるまでに成長したメイに拍手を送った。


「執事喫茶店長には、現副店長のランが就任予定でございます。副店長にはロゼ。バイトリーダーにはナノを抜擢します。ランさんはメイド喫茶ができる前から喫茶黒猫甘味堂でバイトをしていた古参。レイシア様から直接指導を受けたしっかり者です。ロゼさんは会計に強く人望もあります」


 ランとロゼが前に並び、挨拶と自己紹介をした。二人は出資者全員から拍手で受け入れられた。


「それからナノさん。彼女は王都で人気急上昇中の少女歌劇団の団長です。現在メイド喫茶に団員数名が働いておりますが、執事喫茶ができるなら団員ごと雇って欲しいと申し入れがありました。男装という特殊な行為でも、劇団員なら滞りなく行う事が出来るとの事です」


 スタッフルームの扉が開いた。そこにはタキシードを着こなし、髪をオールバックにセットした男装の麗人がいた。颯爽と歩みを進めてメイの隣に立つナノ。


「初めまして。執事のナノと申します。ご主人様たちにはいつも黒猫甘味堂を応援頂き、心から感謝いたしております。執事喫茶は皆さまの大切な奥様やお嬢様が変な男に騙されることなく、お楽しみくつろいで頂くために作られる女性だけの楽園でございます。そのためには、確かな演技力を持った我が劇団員がお役に立てることでしょう」


 パチンと指を鳴らすと、4名の執事がスタッフルームから出て来てナノの後ろに控えた。


「恋愛への憧れやときめきは年齢に関係なく女性が追い求めるものでございます。貴族のご婦人方は恋愛経験もないまま家柄により決められた結婚もなさる方も多いとお聞きします。また恋愛を禁止されているお嬢様方も多いと聞き及んでいます。我が少女歌劇団、またこちらにおられますイリア・ノベライツ様の小説は、そのような女性のトキメキを刺激し、現実を受け入れ生きてゆく原動力になっております。お嬢様や奥方が間違いを犯さぬための防波堤を担っているのです」


 耳に心地よい声が、全く喫茶店と関係のなさそうな話題に意味のない説得力を持たせた。


「これから作られる執事喫茶は、恋愛に憧れるお嬢様や奥方様に対し、観劇や読書のような受け身でなく、その場で参加できる非日常の疑似恋愛空間を目指しております。下心のある男性ではなく、安心安全な女性だけで作られる、夢とときめきの空想空間。何物にも傷つけられることのない心のオアシス。それが執事喫茶黒猫甘味堂。私共、誠心誠意努めていく所存でございます。ご理解よろしくお願いいたします」


 ナノの挨拶に合わせ一斉にお辞儀を行う執事たち。男性には出せないあやしげな魅力がそれぞれにあった。


「これは……とんでもない逸材たちだな」

「ええ。男の我々から見ても惚れ惚れしてしまいますね」


 実は執事喫茶がどういうものかイメージ出来ていなかったカミヤとオズワルド。心のどこかでオヤマーでもメイド喫茶を開いた方が間違いはないのではないかと思っていた。しかし、ナノの男装を見て説明を受けた今、執事喫茶の成功と必要性を確信した。


 恋愛をしないまま親の言う通り結婚した女性の中には、旦那を愛することができず浮気を繰り返す者もいる。また恋愛に憧れを持ち、学生時代に貞操を失う令嬢も少なからずいるのは確か。そんな状況の中、王都に近いオヤマーにこの執事喫茶ができたらどうなるか。妻の素行に悩んでいる男性や、娘を心配しているご両親からも支持され感謝されるのではないか?


 ナノの演技力と執事たちの色気は、そんな想像までさせられるほどの破壊力があった。


 

 その後も人事の発表と挨拶が続き、円満に受け入れられることとなった。メイド喫茶から料理人を含めかなりの移動が行われるため、執事喫茶開店の半年前から新しいスタッフを募集することも了承された。


 イリアの小説による宣伝は、現在でもかなりの評判になっている。引き続き連載するように契約が行われた。


 この日をもってメイは総支配人になった。カミヤ商会の職員を三人、黒猫甘味堂開発スタッフとして派遣してもらい、オヤマーに拠点を移した。出店場所の選定や、外装内装のイメージ、執事喫茶のコンセプトなどを精力的にまとめ上げるのだが、それはまた別のお話。

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