石鹸
結局レイシアとクリシュは、次の日からもケルトの店に通った。レイシアは魔法と魔導具について学び、クリシュは魔法の基礎学と機械工学について学んだ。
もっとも、学んだだけでなく、レイシアの邪道な、いや、便利な使い方をケルトは楽しく分析していた。
「お湯の風呂に入るなんて考えてもいなかったな。石鹸の泡立ちがまるで違う。もっともこの石鹸も上質だからということもあるが。なるほど。油脂なら温度が高いほうが使いやすいな」
ケルトは自分の魔法でお湯を湯船に入れ始めた。魔法でお風呂を沸かす二人目の人類が誕生した。
「どうせなら、植物油で作ったらどうだ?」
「植物油、ですか?」
クリシュが反応した。
「ああ。一時期植物油で作った石鹸というのが貴族の間で流行ったことがあってな、私が鑑定したら動物性だったからその商人潰されたんだけど。ちゃんと作れば貴族に高値で売れるとおもうよ」
レイシアは、以前行った実験の失敗を話した。
「ん? 前提が間違っていないか? 灰汁を入れたのか、それ」
レイシアは記憶を探った。灰汁をいれた? 入れなかったかも。
「お姉様。やり直したほうが早いと思う」
クリシュの言葉がきっかけになった。レイシアとケルトはすかさず動き始めた。
◇
「やっぱり固まらなかった、クリシュ。だめだわ……。動物の脂は元々固まっているからいいけど、植物油は液体だからかな?」
数日かけてもレイシア達は、植物油を固める方法を見つけられずにいた。
「固まらなければ液体でよくないか?」
ケルトが何気なく言った。
「だめです。どうやって売るんですか! 石鹸は固まっていないと」
「そんなのビンにでも詰めておいたらいいだろう? レイシア、お前存在が非常識なのに、変なところで考え方が常識的過ぎないか?」
「私は普通です」
「自覚ないやつに限ってそう言うんだ。本物だよあんた」
「バカにされている気がする」
「ほめているんだよ」
「でも石鹸は固まっているものですよね」
「だからその固定概念を超えろと言っているんだ。そうだな、例えばこの風呂の中にその植物油の石鹸をドバっと入れてだな。そうそう。このくらいか?」
そこに洗濯物を投入した。
「風魔法を使って洗濯していたようだが、このように液体だったら最初から洗えるじゃないか。固形の石鹸だと、洗えるようになるまでかなりの時間がかかるだろう? どう見たって液体には利点が多いと思わないか?」
「そんな洗濯の仕方ができるのは、師匠か私ぐらいです」
「何を言っているんだ? 新しい魔導具を作ればいいのではないのか?」
レイシアはハッとした。自分が好き勝手やっている魔法を魔道具化できる?
「じゃあ、お風呂! お風呂を沸かす魔道具とかできますか?」
「理論上は不可能ではないよ。二人もできる人間がいるんだからな」
つながっていなかった線が結びついた。単なる興味から、手の届くものとしての魔道具に価値が変わっていった。
「まあ、もっとも安くはならないから使う人間など出てこないだろうが。ああ、クリシュ君なら欲しがるかもしれないね。魔法使えないからね」
「僕は魔法を使えないのですか?」
「使えるかどうかは調べればわかるが、魔法は学園で騎士コースを取らないと使えるようにはならないんだ。騎士か軍に所属したらそのまま使うこともできるが、領主になるんだろう? だったら魔法は選択肢にないな。法律でも変わらない限り、無理な話だよ」
「そんな……」
レイシアの魔法に憧れを抱いていたクリシュは、ケルトの言葉に絶句してしまった。
「どのみち、5属性か6属性でないと、ここまで便利な魔法にはならないと思うぞ。レイシアは6属性の呪いを活用しているだけだからな。出力が大きかったら、こんな細かな芸当はできないだろうよ」
せっかくやる気になっていたクリシュが絶望におちいった。
「まあ、そのための魔道具だ。ショックなのは分かるが、魔法を使えない者のために魔道具を研究する、そういう考え方があってもいいのではないか? まあ今日はここまでにしておこう。やめてしまうのならそれでもいいが、一晩でも二晩でも考えるがいいさ。クリシュもレイシアも。進むべき道は多くても、選んだら捨てなくてはいけなくなる道もあるんだからね」
レイシアは、クリシュにかける言葉を見つけられなかった。
そのまま2人は黙って帰っていったのだった。
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