400話 寝落ち
「嬢ちゃんのことだ。こんなことだろうと思ったぜ」
「そうですわね。レイシア様らしいといえばその通りなのですが」
料理長とメイド長が床に転がっているレイシアとケルトを見てため息をついた。今日こそはお姉様と一緒にいられる、と教会の朝の礼拝に行った後、サチ以外の一同でケルトの店へ着いたのだが、ドアを開けると押し込み強盗でも入ったかのような惨状。クリシュが固まっている中、事情を察した料理長とメイド長がどうしたものかと目配せをしていた。
「お姉様、起きて下さい!」
「寝かせてやるのが親切ってもんでさあ、ぼっちゃん。そうだな。せめてソファーに移すか」
「そうですわね。さすがに床の上ではあんまりですね」
料理長がレイシアを抱え上げ、ソファーに移した。メイド長とポエムはケルトをもう一つのソファーまで運んだ。
「お姉様に何があったのでしょうか」
クリシュが誰にともなく聞くと、料理長が答えた。
「まあ、なんだな。過集中だ」
「過集中?」
「小さい頃はよくやってたよな」
「ええ。私がメイド術を教えると、ぶっ続けで自主練始めてそのまま倒れるように眠っていましたね」
「ああ。俺が皮むきを教えたら、いつ使うんだってくらい野菜の皮を剥きまくりながら眠っていたり」
「懐かしいですわね」
「ああ。懐かしいな」
「懐かしがっている場合じゃ無いです。今日は僕と一緒に過ごすはずだったのに」
クリシュはご機嫌斜めになった。お祖父様はこの状況に至る過程が良く分かっていなかった。
「一体レイシアは何をしていたんだ? 泊まるという報告は受けていたのだが」
料理長が魔道具を見つけたことから話を始め、メイド長が分かりやすく要約しながらかみ砕いて解説した。
「また新たなことを始めおったということか?」
「まあ、そんなところでさあ。この感じだとあと3時間は起きないだろうな」
「では出直すか」
お祖父様がそう言うとクリシュは反対した。
「僕はここでお姉様が起きるのを待ちます」
「そうですか。では私も掃除しながら待ちましょうか」
「じゃあ俺はスープでも作っておくか」
結局、お祖父様とポエムと執事は一旦帰ることに、クリシュと料理長とメイド長はそのままレイシアが起きるのを待つことになった。
◇
「それにしても、難しそうな本だらけだね。読んでみてもいいかな?」
クリシュが本棚に手を伸ばすと、「そこはまだ早いな」とソファーに寝転んでいるケルトから声がかかった。
「ごめんなさい」
「いや、謝らなくてもよいが。レイシアの弟くん。知識なんてものは基礎から積み上げるものだ」
「そうですね」
「そうか。いっぱしの口をきくな。だったらこの本をよんでみな。10ページでいい」
ケルトから本を渡され、椅子に腰かけると黙って読んでみた。3ページほど読んだところでクリシュはケルトに言った。
「文字は読めますが内容が入ってきません」
「素直だな。その素直さは見込みがある。これを読んでみなさい」
ケルトは冷暗庫の図面を見せた。
「組み立て用の図面ですね。これくらいなら組めそうです」
「そうか? 機械は得意なのか?」
組めそうだというクリシュを、疑いの目で見るケルト。さっきの素直さは気のせいだったかとがっかりした。
「はい。領地で米作りを始めるために機械が必要なので、よく手伝いがてら教えてもらいました」
クリシュが何言っているのか分らないケルト。いや、意味は分からなくもないが、どんな状況でこんな話になるのか理解できなかった。
「そうか。姉が姉だからな……。だったら組んでみるか? どうせ一つはレイシアが作った部品だ。弟がだめにしたってまあしょうがなかろう」
「この図面通りに組むんですね。え〜と、工具はありますか?」
「そこの箱の中のやつを好きに使え。使っていいのはこっちの固まりだ。壊したら終わり。いいね。分からないことは聞いてこい」
クリシュは、組み立ての順番を確認すると、最初に組み立てるパーツの部品を集めた。
組み立てる手際の良さを感心しながら、ケルトはソファーでだらけていた。
(姉も姉なら弟も弟か)
だらけながらもケルトはこの二人をどう扱うべきか考えていた。
(軍に報告するのも考えものね。これだけの逸材、扱いきれないでしょうし)
そう。自分が軍に所属しているなら、中の予算と素材や情報を使いまくって育てたいと思える才能の固まり。しかし、今軍に渡してしまうと、才能が潰されるのは目に見えている。誰なら育てられるかを考えては見たが、自分好みに育てられる人材が思いつかない。
(黙っておこう)そう結論付けた。
◇
レイシアは料理長の作るスープの匂いに反応して目を覚ました。
「あれ? クリシュ?」
魔道具を組み立てているクリシュを不思議そうに見た。
「静かに、レイシア。集中を切らさせるな」
ケルトがレイシアを黙らせた。
「こっちへ」
ケルトに導かれ静かに部屋を出ると、メイド長と料理長が昼食を取っているところだった。
「レイシア様。お目覚めになりましたか」
「嬢ちゃん、昼にするか?」
レイシアは、「自分でよそうから食べていて」と言うと、ケルトの分と一緒にお昼ごはんの準備をした。祈りの言葉を捧げ二人は食べ始めた。
「さすが師匠のスープは深みが違いますね。あっしの腕じゃあまだまだ追い付けませんや」
レイシアは料理人モードに入った。
「えっ? レイシアさん?」
「嬢ちゃん。だから言葉遣いは直せって言っているだろう」
そう言われても身に付いたものは中々抜けない。ケルトは豹変したレイシアの言葉遣いに戸惑うばかり。
「そうは言いましてもあっしはTPO言うもんを厳守しているだけなんでさあ」
「レイシア様、それはTPOではございません」
メイド長がぴしりと言った。
「すみません、師匠」
「……あなたには師匠は何人いるの?」
「え~と。料理長とメイド長と、神父様と、そうですね、カンナさんとイリアさんも師匠です」
「だったら私もあなたの師匠になろうか?」
「本当ですか!」
「ええ。休みのたびにここに来なさい。私に分かることは全て教えてあげましょう」
「ありがとうございます」
ケルトはさらっとレイシアを取り込んだ。
「それでクリシュは何をしていたんですか?」
「クリシュ? ああ弟くんか。お前の作ったパーツを組み立てているぞ。あの若さで凄いな。まあ、動くかどうかは組んでみないと分からないけどな」
「魔法使えなくても組めるんですか?」
「そりゃそうだろう。パーツを作ったのはそこらの職人だし、組むのに魔法はいらないだろう? もともと魔法を使えない者たちのための道具が魔道具だ。魔法使いしか作れなかったら意味がないだろう?」
レイシアは自分の考えが凝り固まっていたと気がついた。昼食の後静かにクリシュの作業を覗いたら、ものすごく集中して組み上げている姿が見えた。邪魔できないと思うほどの集中力。
「さすがに姉弟だな。お前も同じ表情をしていたよ」
クリシュは組み上げるのに夢中でごはんを食べることも忘れていた。結局夜中までかかって完璧に組み上げたら、そのまま床の上で大の字になって寝落ちしてしまったのだった。
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