土魔法

「お姉様! 迎えに来ました」


 クリシュが元気よく叫んだ。レイシアとケルトは急いで店の入り口まで出ていった。


「久しぶり、クリシュ」

「久しぶりじゃありませんよ。やっとヒラタの屋敷から解放されたと思ったら、お姉様はどこかへ行っているし、『日程が終了するまで場所は教えられません』ってメイド長からは言われるし。どれだけ一緒にいたかったのか分かりますか?」


 クリシュはビオラにつき合わされて疲れ果てていたのだった。貴族女子の生態を知らないクリシュにとって未知の世界に足を踏み入れたことは、ここから先の学園での生活ではとても大切な経験値になるのだが、しかし疲れたものは仕方がない。ビオラの両親も、クリシュに対して貴族らしさを教育しようと画策したので、それはそれは大変な二日間を過ごしていたのだった。


「早く帰ってお話しましょう。お姉様、もう三日も終わるのですよね」


「帰るのか、レイシア。まあ、私はどうでもいいが」

「今日って23時59分までですよね」


「まあ、そういう考えもあるな」

「姉さん! 何言ってるの」


「あれ、組み立てないとどうなります?」

「私は組み立てないよ。図面はできたし面倒くさいからね。まとめて木箱にでも放り込んでおくよ」


「ダメです! もったいない」

「じゃあ、持って帰るか? 欲しいならやるよ。図面は書き写せばいい」

「図面はもちろん写しますけど、やっぱり組みましょう。今ここで」


「姉さん、何言っているの?」

「クリシュ。お姉様はね、今やらなきゃいけないことがあるの。出来たらあと一年位ここで学びたいんだけど」


「そいつはいいねえ。私の弟子になるかい。住み込みで食事やら身の回りの世話をしてくれるなら何でも教えてやるよ」

「何言っているんですか! 帰りますよお姉様!」


 レイシアはケルトの提案に心が揺らいだ。


「お姉様!」


 クリシュはレイシアのヤバさを感じ取った。そこに、同じくヤバさを感じたポエムが止めに入った。


「レイシア様。クリシュ様。お待ちください」


「「ポエム」」


「まずはクリシュ様。レイシア様がこうなると突き進むのはいつもの事です。お止めになろうと躍起になるのは悪手でしかありません」


「……そうですね」


「次にレイシア様。契約は今日一杯。本日の23時59分までですよね。では明日にはいちどお戻りください。レイシア様には学園に通うという義務がございます。それに……、クリシュ様の事も考えてあげて下さい。レイシア様はクリシュ様にとって頼りがいのある素敵なお姉様なのですから」


「そうね。今日中に組み上げて明日は帰るわ」


「そうしてください。そちらの……ケルト様、でございますか? ケルト様もそれでよろしいでしょうか」


「ああ。もともとそのつもりだ。今後の事はレイシア次第だ。うちに来るなら受け入れてやる。戻るにしてもちょくちょくおいで。知りたいことは教えてあげよう」

「本当ですか!」

「ああ。むしろ覚えて欲しいくらいだ」


「じゃあ、今日は僕もここにいます」

「駄目だね」


 間髪入れず、ケルトが言った。


「なぜですか!」

「君が魔法を使えないからだよ」


 ケルトはクリシュを見て言いなおした。


「失礼。君はまだ学園に通える年ではないだろう? 今私達が取り組んでいるのは魔法を生活に落とし込む理論構築だ。これは実際に魔法を扱える我々でなければ分からない感覚が大切になってくるんだ。君がレイシアといたいと言うだけでこの場に残りたいというのであれば邪魔でしかない。ノイズはいらないんだよ。この時間さえ、レイシアにとっては無駄な時間だ。残り時間は限られているのだからね」


「クリシュ。ごめん。お姉様は今やるべきことがあるの。明日は帰るわ。だから今日は集中させて」


 レイシアが真面目な顔でクリシュにお願いをした。クリシュはしぶしぶあきらめてポエムと帰っていった。


「じゃあやろうか」

「はい。あっ、組む前に少しやってみたいことがあるんですけどいいですか?」


「なんだ? 好きにすればいいが、何を思いついたんだい?」

「鉄板か鉄のインゴット延べ棒ありますか?」

「ああ。ちょっと待ってな。……ほら、鉄のインゴットだ」


 レイシアは受け取ると作業台に置き、床から蛇腹になったパーツを持ってきた。


「これは鉄製でしたよね」

「ああ。主要部品の一つだ」

「作ってみます」

「はあ?」


 レイシアはパーツを秤に乗せ重さを量ると、インゴットに手をかざして少しだけ切り取った。


「このくらいかな? ん、あと6グラム足りないね」


 足りない分を切り出し、二つの金属を両手で持つと一つになるようにこね回した。


「何をやっているんだ?」


「え? パーツを作ろうと思って。せっかく見本があるんですし、作ってみよう叶って」


「はぁ? いやその現象はなんだ? なぜ金属が切れたり丸まったりするんだ!」

「え? 土魔法ですよ。普通にできますよね」

「土魔法? 普通? そうなのか? ってそんな使い方誰も知らないぞ」

「便利ですよね、土魔法」


 レイシアはケルトの驚きに反応しなかった。集中して鉄を薄い鉄板に加工し、それから全く同じになるように何度か試しながら鉄を折り曲げ蛇腹にした。


「感覚は分かったわ。あと15枚作って組み合わせるのね」


 一度作った後だからか、次々と簡単にパーツを作り上げるレイシア。金属を造形するのは銅貨で猫を作ったりしていたので慣れていた。


 ケルトにとっては異次元の作業に口すら挟めなくなっていた。ウニウニと動きながら自ら折曲がり一瞬で出来上がる蛇腹のパーツを、いやそれを作るレイシアを呆然と眺めているしかなかった。


「出来ました!」

「なんだいこれは。お前は何者だ?」

「え? 土魔法で加工しただけですよ。ほら、水魔法が形状を変える魔法なら、土魔法も形状を変える魔法なのですかね?」


「土魔法が形状を変える魔法……だと? 聞いたこともないな。だがしかしだ。こうして目の前で見せられたら否定はできんな。いや、待てよ、形状を変えるというのであれば……」


 ケルトは銅貨を10枚と、スズの塊を鉄製の容器に入れてレイシアの前に置いた。


「これを液体にして混ぜることができるか?」

「なんですか、これ」

「銅と錫だ。合金が作れたらそっちのパーツも作ることができるぞ」

「そうですね。やってみます」


 レイシアは水を氷にしまた溶かすイメージを金属に応用してみた。


「氷を溶かすように。金属が液体になりますように」


 銅貨と錫がゆっくりと解け始め、容器まわりは高熱になっていった。


「溶けました」

「じゃあ混ぜるか」

「混ぜてみます」


 レイシアは風魔法で小さなつむじ風を発生させ、溶けた金属を撹拌かくはんした。


「なんだ今のは」

「風魔法ですよ。トルネードと言っています」


 もはや無詠唱で魔法を扱えるレイシアは、はたから見ると何をしているのか分からない。いや詠唱したとしても理解できないだろう。


「魔法で……魔法を私は全く知らなかったというのか」


 レイシアは混ざった合金を塊に戻した。四角いキューブに仕上がった塊を、今度は細い合金製の線に変えた。


「これで配線を組めますよね」


 ニコニコと笑顔で語るレイシア。その笑顔を見てもう考えるのはよそうとケルトは思った。


「もういい。好きなもの使って好きに作れ。何でも言え。あるものは惜しみなく提供してやる」


 二人は次々にアイデアを出しあい、新しい魔法の使い方を発見しながら調子に乗ってパーツを作り始めた。結局、ばらした冷暗庫は組みあがることなく、朝までかけて全てのパーツの複製が行われた。


「できた!」

「出来たか。よくやった」


 最後のパーツを並べ終わると、そのまま二人は床の上に転がるように倒れ、大の字になって眠ってしまった。

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