三日目

「さ、とっとと起きな。時間が無いよ」


 7時。珍しくこんな時間まで寝ていたレイシアに、ケルトが声をかけた。


「のんびり朝食食っている時間が惜しい。パンかじりながら始めるよ」


 そう言うと、レイシアにパンを出させて、歩きながら食べ始めた。


「昨日の質問のメモは読んだ。答えるのは冷暗庫を解体しながらだ。倉庫に行くよ、着いてきな」


 解体? レイシアは耳を疑った。


「ああ。構造なんてものは分解して組み直さないと分からないだろう? 壊したらそれまでだよ。あんたの技量がそこまでだったと言うことだね」


 何ともないようにケルトは言ったが、レイシアはあせりまくっていた。


「えっ、だって高いものなのでは」

「高いと言うか、それ一点ものだから。作るのは本当に大変だから二度と作らないかもしれないね。まあ、壊れたら壊れたでいいさ。一回作って満足したからね」


「どういうことですか! 量産しないのですか!」


 レイシアは驚いて声を上げた。


「職人に一つ一つ、細かい部品を注文して作らせるんだ。これがどれだけ大変か分かるか? 魔石も手に入れるのが難しくてしかも加工しないといけない。私がやっているのは出来ると証明する所までだ。量産化するには、もっと研究を重ねて小型化、軽量化、単純化しなければ行けないのだが……。まだ研究で手一杯なんだよ」


 ケルトはふぅとため息を吐くと、レイシアを見つめて言った。


「しっかり金はもらっているし、私の理論を理解して受け継ぎそうな人材はいなかったからな。この研究は200年後に発掘されたら上出来だと思っていたんだ。生きている間に受け継ぐ者が出てきそうなら、魔導具の一つや二つ壊されようが構わないよ。やるのか? 辞めるか?」


 いきなり大事おおごとに巻き込まれたレイシア。ケルトの魔導具は、すでに100年の単位で先んじたものだった。いきなりそれを託されるとはレイシアは思ってもいなかった。


「覚悟を持てレイシア。この世界で唯一の魔道具理論を継承しているんだ。軍部のやつらは今のお前の半分も理解できていないぞ。私の設計図をちまちま作っているにすぎん。ヤツらに指導するより、私が好き勝手作っている方が300年は先に行けると思ってこうしていたんだが、私の寿命が尽きたら結局塩漬けだ。死んだ後の天才にかけるより、あんたに教え込む方が早そうだ。とりあえず今日中に魔道具を解体して感覚をつかんでもらう。いいね、レイシア」


 もはや後には引けなくなった。レイシアは覚悟を決めて技術と理論を受け継ぐことにした。


 レイシアに工具を渡し、一つ一つ順番にネジを外させる。レイシアは、一本一本のネジの大きさ、数、使用目的をメモしながら、ゆっくりと部品を外した。もちろん一つ一つの部品も細かくメモをしながら。


「いいかい。ここの魔力を流す銅線には4割程スズを混ぜている。純粋な銅線よりも魔力の流れがスムーズになるんだ」


「ここで魔法を増幅させる。この鉄の棒に亜鉛入りの導線を240回巻きつけるんだ。4層になるように60回巻いたら折り返して上に来るようにな。それでこの厚みができるんだ」


「ここが冷却する本体だ。薄い鉄板を蛇腹に折り、4×4の16枚を繋ぎ合わせる。そうすることで銅板に冷気がまとう事が出来るんだ。ここは鉄板にするのが肝だ。銅板だと魔力が流れていくだけになるんだよ」


「風魔法は下から上に優しく噴き上げるように使う。冷気は下に貯まるからな。循環させてどこも一定の温度になるようにするんだ」


「このレバーで魔力が流れる量を変えることができる。弱ければ魔石が長持ちする。強ければよく冷える。魔石の持っている魔力量は無限ではないし、同じ魔物でも違いがある。そうだな、例えば若い個体と年老いた個体では若い個体の方が総じて魔力量は多いし、戦闘で魔力を使い切った魔物から取った魔石は魔力量が少ないな。当然そうなると思わんか?」


 ケルトは一つ一つ解説をしながら解体作業を見守っていた。レイシアは図面に番号を振り、部品にも番号を書いた。床に場所ごとかたまる様に置きならべ、再度組み立てられるように気を付けて置いた。


「ほう。手慣れているな。学園で習って出来るようになったのとは違うな。若い頃から技術者の手伝いをしていたね」


 ケルトは感心して見ていた。レイシアは返事をせず黙々と作業をしている。集中を切らせたくなかったから。お昼が過ぎても手を休めない。分解は午後4時ごろまでかかったが、全ての部品が几帳面に床の上に並べられた。


「ここまでだ。休憩しようかレイシア。続きは休んでからだ。飯にしよう。糖分を取らないと頭も働かなくなるぞ」


 台所に行こうとレイシアが作業場から出てドアを閉めたら、バタンと床の上に倒れた。


「言わんこっちゃない。集中が切れて疲れが出たね。そのまま休みな。30分も転がっていれば疲れもましになるだろう。寝とけ寝とけ」


 レイシアは床に転がったまま目をつむった。ケルトはレイシアが目をあけた時のためにかまどに火を入れお湯を沸かし始めた。



 ホットミルクに蜂蜜を入れたドリンクをレイシアの前に差し出した。ぼうっとイスに座っているレイシアは言われるがままにミルクを口にした。


「熱っ」


 レイシアはフーフーと息を吹きかけてミルクを飲み直した。蜂蜜の甘さが口中に広がる。喉越しに熱が伝わり胃まで落ちると、レイシアの全身に温かさが広がっていった。


「目、覚めたかい」

「はい」


 レイシアは、大きく体を伸ばすと、首を回してから、スーハーと深呼吸をした。


「大丈夫です。目覚めました。ミルクありがとうございます」


「そうかい。そいつはよかった。じゃあ続きを……と言いたいところだが、残念ながら時間が来たようだ。お迎えがそこまで来ているね」


 馬のいななく声が聞こえ、馬車から人が何人も降りる音がした。「ごめんください」というクリシュの声と、バタンとドアの開く音が同時に聞こえた。



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