二日目

 レイシアの朝は早い。

 机に突っ伏して眠っているケルトに毛布を掛けると、軽くメイド術の基礎訓練を行った。


 サチが迎えに来て教会に向かった。サチは孤児院へ、レイシアはオルガンへ向かう。


 スーハーが終わると、サチをマックス神官に託し、レイシアたちが帰った後の孤児院への継続的な差し入れが出来ないか相談させた。



 ケルトの家に帰り朝食を準備した。先にさっと食べ終え、ケルトが起きるまで課題の本を読み直した。昨日は気がつかなかった魔力に対する疑問が次々と沸き起こる。渡された参考資料と突き合わせながら理解しようと必死になっていたら、いつの間にか昼近くになっていた。


「おはよう」

「おはようございますケルトさん。そこに食事を用意しておきました」

「ああ。ありがとう」


「食事終わったら質問いいですか?」

「もちろんだ。もっとも私からも質問したい。いいかな」

「はい、もちろんです」


 ケルトが身支度をしている間に温かいスープをカバンから出しよそう。そして本に戻り疑問点を箇条書きにしていった。


 食事を終えたケルトがレイシアの箇条書きを眺めると、感心したように頷いた。


「基本は理解しているようだね。合格だ」


 レイシアの質問に対し、一つ一つ答えるのではなく、まるで講義にように1時間ほど魔法の体系を話したケルト。レイシアはメモを取りながら集中して聞いていた。


「全体像が見えると理解するのが楽になるはずだ。魔力を体現化し現象に落とし込むには魔力の流れをつかむことができなければ話にならない。レイシア。お前は無意識にそれができている。それが意識的になればもっと魔法を精度よく……効率よく扱う事が出来るだろう。意識できればマジックバックがまた作られるようになるかもしれないな」


「本当ですか!」

「今はまだ分からん。昨日調べさせてもらったんだが、そうだな、見るか?」


 そう言うと魔力測定用の水晶を取りに行った。水晶に手をかざしレイシアに見せる。


「私の魔力は四属性。火と水と風と光だ。軍の管理下にあるからこうして使う事が出来る。軍の脳筋から見たら四属性はかなり劣った威力しか出せない役立たずだが、おかげで魔力操作を理解することができたよ。一属性から見れば256分の1しかないがお前の六属性に比べたらかなり強力な魔法になる。ライトの魔法を使えば目がやられるだろうな。ライト」


 ケルトは、レイシアの光球よりも弱弱しい光の塊を出した。


「こうしてさ、だんだん強くも弱くも変えることができるようになる。便利だぞ」


 そう言うと光球を徐々に暗くして消し去った。


「すごい!」

「そうだろう。ところがこいつを理解するには、今読んでいる本を理解できるくらいの魔法知識が必要なんだよ。脳筋の奴らには教えようがなくてね」


「教えてください!」

「次の機会があったらね。話がそれたよ。この水晶をカバンに近づけて。よし。レイシア中からなんでもいいから取り出してみな」


 レイシアが手を入れると、闇の魔力が強く出ているのか水晶が反応した。


「ほう……闇か。闇魔法に関しては中々データがないんだよ。闇、月のない夜。洞窟の中。そんなイメージだよな。先が見えない広い空間。……熱のない寒さ。……時間感覚が失われる。……眠り。……無音……」


 独り自分の思考に入り込んだケルト。レイシアは、漏れ出す単語を書き留めていた。


「あくまで想像するしかできないな。レイシア、他には作ったのか?」

「いいえ、試したんですけど上手くいきませんでした」


「そうか。いつ作ったんだ?」

「魔法が使えるようになってからだから……去年の5月の終わりくらいだったかな」


「去年の5月? あっ、もしかして月食があった日か?」

「確かそんな話がありましたよね」


「あの日は魔道具の具合が不安定になったんだよ。月食が魔力の流れを変えたのではないかと仮説を立てているんだが、中々次の月食が起こらなくてね。なぜ月食が起こるのかもよく分かっていないからね。そうか。月食の影響を受けた可能性があるな」


 ケルトはサラサラとメモを取ると、何度もレイシアに出し入れをさせた。自分も手を入れたり、レイシアの手をつかみながらカバンに手を入れてみたりもした。


「なるほど。レイシアの手をつかんだらレイシア自体も中に届かないのか。なぜだ?」


「生き物は収納出来ないみたいです」


 レイシアは過去の経験からそう答えた。


「そうか。私の腕は生き物扱いなのだな」


 ケルトは残念そうに腕をながめた。


「仮説としては、月食の影響で闇魔法の魔力が揺らいだ結果、たまたま出来上がった現象。使用できるのは製作者本人か、闇魔法の適用者。……しかし、闇魔法持ちは本当に少ないんだよ。確かめたいが時間もないな」


 そんなこんなをしているうちに夕方になっていた。


「魔導具について教えて下さい! もう暗くなったじゃないですか!」


 バックについて、一緒にノリノリで実験していたレイシアだったのだが、我に返ったらもう一日が終わろうとしている。大切な時間が横にそれた研究に取られてしまったことに焦りを感じていた。


「ん? 今のは全部魔導具作りに生かされるぞ。分からなかったのか?」

「分かりませんよ! 魔導具の仕組みを理解していないのですから」


「そうだったか? お前くらい出来る者なら……。ああ、まだあれ教えてなかったな。ともあれ一時間休憩しようか。その後みっちり教えてやるよ」


 休憩と聞いてレイシアは、いつもバリューに休憩を取らせるようにお茶を入れたりしていたのを思い出した。休むのは大事だ。いつも休憩させているのに自分が休憩と言われて苦笑するしかなかった。大きく深呼吸をすると「それもそうですね」と答え、出来合いの料理を机の上に並べた。


「では、一息つきましょう」


 しかし、気は焦っているレイシア。食事をさっと終えると、お風呂にお湯を入れ始めた。


「休憩ならお風呂が最適!」


 全然ゆったりしていない。


「ちょっと待て、なんだいその魔法は。水晶持ってくるから止めて!」


 ケルトはレイシアの魔法に驚き、計測を始めた。その後温かいお風呂に感動し、自分でもお湯が出せるように魔力の流れを研究し始めた。


 休憩の一時間は、全然休憩にならなかったが、気分転換にはなったのかな? 


「じゃあ始めようか」


 ケルトがレイシアを作業場へ案内した。

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