マジックバッグ
渡された本を読みながら、レイシアは次々と質問を始めた。
「ああ、そこか。ここの箇所は理解できているのか? ならば魔力の流れを想像すればわかるはずだ」
「ん? ここが分からない? 確かにな、それは他の資料と合わせないと分からんな。その疑問今は置いておけ。え~とこれか。この資料を読んだら分かるはずだ。分からないならそれまでだな」
ケルトはレイシアの質問に感心しながらも、直接は答えないように心掛けていた。問題解決のヒントと資料を提示することで、レイシアの理解力を試していたのだ。
最初の一冊を何とか読み終えた時には、夜も10時を回っていた。この世界では陽が落ちると蝋燭で明かりを取るしかないため、8時にもなるともはや酒場以外は活動を止めるのだが、レイシアは自らの魔法があるため夜も活動に慣れていたし、ケルトも自作の魔道具のランプがあるため、時間感覚がおかしかった。
「読み終わったみたいだな。メシ食うかい? 大したものはないが」
ケルトがそう言うと、レイシアは「大丈夫です」と答えた。
「食べ物なら持っています。テーブルを貸して頂けませんか?」
「ああ、それはいいが。遠慮することはないぞ。金はもらっているんだからな」
レイシアは、カバンからテーブルクロスを出すと机にかけ、温かなスープの入った鍋と喫茶黒猫甘味堂の看板商品バグットパンの入ったカゴを並べては、盛り付けを行った。
どう見ても容量的におかしなカバンをケルトは見つめながらも、おいしそうな匂いとビジュアルに「ギュルルルル」とお腹が反応してしまった。
「あ、ご一緒しますか?」
二人分の食事をセッティングしてケルトを食事に誘った。
祈りを捧げ、肉や野菜を挟んだバグットパンを初めて口に入れたケルト。
「何だこれは。うまい!」
パンを開き、挟まった具材を確認する。
「新鮮な葉物野菜と、薄くして熱を通しやすくしたひき肉の塊。そこにソースをかけて味付けをしているのか。いや、本質はこのパンだ。なぜこんなにやわらかい? これは一体何なのだ?」
「バグットパンです」
「バグットパン?」
「王都の黒猫甘味堂という喫茶店の看板商品なのですよ」
「王都の人間は、こんなパンが標準として食べているのか?」
「いいえ。下町の喫茶店で出されるだけです。あまりお客さんのいない小さな喫茶店です」
「はああ? 私なら通うよ!」
「宣伝が下手なのと、繁盛させたくない店長の方針ですね。暇なおっさんの集う店です」
「よく分からないわね。王都の住人の考えることは」
温かいスープとパンを堪能しながらも、どこか腑に落ちないケルト。
「そんなにお気に召したのでしたら、デザートも食べますか?」
レイシアはお湯の入ったポットとティーセットを取り出し紅茶を入れると、サクランボジャムのクッキーを差しだした。ケルトは「なにこれ、サクサクでおいしい」と興奮しながらクッキーを食べ終えると、レイシアに向かって聞いた。
「そのカバンはなんだ? 魔道具のように見えるが。見たことも報告されたこともないが」
レイシアは「偶然できたんです」と答え、カバンの中が見えるように口を開いて見せた。
「何も入っていないぞ」
「そう見えますか? いろいろ入っているのですが」
レイシアはお皿や服など安全なものを出して見せた。
「容量がおかしいだろう。触ってもいいか?」
カバンに手を入れるが、何もない空のカバン。レイシアを見て聞いた。
「これはどこで手に入れたものだ? 魔石も使っていないようだが魔力の流れを感じる」
「以前は普通のカバンだったのですが、ラノベに出てくるマジックバッグになったらいいなと思ったらその通りになったのです」
「はあ? ラノベ? マジックバッグ? どういうことだ?」
レイシアは一生懸命に説明した。魔道具を扱っている元軍の関係者という立場にある彼女に対し、それでも教えてもらっている立場のレイシアが隠し事をしてもしょうがないと思ったから。いや、それ以上にバリュー神父のようなマッドな科学者の感じが自分と同じ匂いを感じたから。
「なるほど。よく分からないけど偶然にできたと言うのだな。さっきからある光、これはお前の魔法か? ああ、光魔法なのか。ずいぶん弱いな。……ほう、6属性持ちか。サンプルとして実験台にしたいな」
ああ、バリュー神父と同じ反応だ。懐かしさと一歩引いた気持ちで、レイシアはケルトを見ていた。
「傷つけないと約束してくれるのでしたら、一晩カバンお貸ししますよ」
どうせしつこく調べさせろと言ってくるのは目に見えてくる。さっさと調べさせた方が時間の節約だと判断したレイシアは、カバンを素直に渡した。
「私はもう寝ますね。明日の朝教会に行ったら食事の用意をしますのでそれまで次の課題を用意してくださいね」
これから私の事などどうでもよくなるんだろうと察したレイシアは、今日は素直に休むことにした。
ケルトはカバンをつかみ取ると、レイシアに客室で寝るようにとだけ伝えてカバンを調べ始めた。本当にバリュー神父にそっくりだとレイシアは心の中で思いながらも、ベッドに入ると疲れが一気に来たのかすぐに瞼が閉じていった。
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