新たなる師?
スーハーの講習会が午前中で終わり、サチとレイシアはお昼ご飯を町の屋台で済ませ早々に帰って来ていた。マックスは仲間とお泊りが決まった。
お祖父様たちはヒラタの領主の所で晩餐の歓迎を受け、そのまま泊まってくることになっている。夕方まではレイシアとサチ、料理長とメイド長しかいない。この館を管理している者たちはしばらく休みを取らせている。
おかげで、レイシアも久しぶりに料理長の手伝いをしている。
メイド長はサチを鍛え直している。
お祖父様がいるといろいろと気を使わなければいけないターナー一行。今日はのびのびと過ごすことができている。自由というかなんというか……。好き勝手? そんな感じで過ごしていた。そんな時料理長がレイシアに言った。
「嬢ちゃん。明日一緒に買い物に行ってくれないか」
「へい師匠。めずらしい食材でもあったんすか?」
「その口調直らないな。まあいいや。この間から面白い店を見つけてだな、嬢ちゃんが気に入りそうな店だ。そこで欲しいものがあってな、大きいから嬢ちゃんのカバンに入れて欲しいんだ。調理道具なんだが、明日見て驚いた方がいいだろう」
「驚くようなもんなんすか!」
「ああ。嬢ちゃんなら絶対価値が分かるものだ。楽しみにしていな」
師匠がそこまで言う買い物へのお誘い。レイシアは期待に胸を膨らませていた。
修行を終えたサチとメイド長が帰って来た。レイシアは二人に声をかけた。
「今日はみんなでお食事しましょう。チーズフォンデュは少人数で一緒に食べるものよ」
レイシアはノリノリで鍋を準備し始めた。貴族らしい食事の仕方よりも、こっちの方が楽しい。
「クリシュにも経験させたいけど、ビオラさんと仲良くする方が大切よね」
いらない気遣いが炸裂。クリシュはここに混ざりたいだろうにそんなことはお構いなし。
服装もドレスではなく、メイド服を着用。メイド長も呆れながらもあきらめていた。
料理人の服を着た料理長と、メイド服の女子三人が調理場の作業用テーブルを囲み鍋を囲む。祈りの言葉を捧げ終わると、かまどからぐつぐつと沸き立つワインで溶いたチーズがとろけながら入った鍋を、料理長が鍋敷きの上に置いた。
「熱いうちに食ってくれ。冷めたら温め直すがこういうものは勢いが大事だ」
4人が一斉に串を取り熱々のチーズを絡めるため鍋に食材を浸す。ボイルした野菜やソーセージ。サカの港で取れた魚やクラーケンの切り身。焼いたボアの肉。様々な彩りの食材があっという間に減っていく。
「アチチ」
「サチ、気を付けてね」
「うん。でも寒い冬にはこういうのがいいよね」
「貴族だと食べられないのよ。温かい食事」
レイシアがそう言うと料理長が頷いた。
「そうだな。こういう食事は家庭料理だからな。貴族相手にはだすこたぁないな」
「そうですねぇ。私も久しぶりですね」
温かい食事をしながらいろんな話がはじけた。クラーケンを倒した時の話やその後の騒動なんかは本当に盛り上がった。
「ねえサチ。今日は一緒の部屋で寝よう。いろいろ話しながら」
レイシアがサチを部屋に誘うと、サチも了承した。
料理長とメイド長は久しぶりにサシで飲むことにした。
久しぶりの気を使わない夜は、それぞれ楽しく過ぎていった。
◇
翌朝、レイシアが朝の礼拝に出向き、寄付をしたいと孤児院長を呼び出した。その間にサチが孤児たちに差し入れを行う。礼拝後スーハーが行われ、レイシアはまたオルガンを弾くことになった。
帰ると食事の準備ができていて、昨日同様、四人で平民の家族のような食事を始めた。
「じゃあ、今日は買い物に付き合ってもらうぞ」
「はい楽しみです」
「あたしも一緒に行くよ」
「ではせっかくですから私も参りましょう」
結局メイド長もサチもついて行くことになった。
貴族街の商店街を進み、一番奥にその店はあった。看板もないようなさびれた外観は、わざと人を遠ざけている雰囲気があった。
「ここだ。入るぞ」
料理長は「邪魔するよ」と声をかけ店に入っていった。店の奥から若い頃は美人だったんだろうなという雰囲気を持つ気性の強そうな女性が出てきた。
「何か用か? ああ、昨日の。本気で買いに来たのかい。うちの商品は高いぞ」
「ああ。金ならある。運ぶ手立ても立った。それよりまずは紹介させてくれ。俺の雇い主の娘で、俺の弟子のレイシアだ」
レイシアは訳が分からなかったが、教会に行った時のドレス姿で来ていたため、きちんとカーテシーを行い挨拶をした。
「クリフト・ターナー子爵の娘、レイシア・ターナーです。サム料理長からは料理人として教えを受けております」
店主はレイシアを不思議なものを見るように眺めた。
「はあ。わたしはケルト・コールド。ここの店主だ」
「ケルトさん。この店は何を売っているお店なんですか?」
レイシアが聞くと、ぶっきらぼうに答えた。
「聞いていないのかい? ここは魔道具を研究・製造している魔道具開発所だ。欲しいと言われれば売ることもあるが、客なんてめったに来ない。聞かれたら答える。それだけの所さ。まあ、私の個人的な趣味の場だな」
「魔道具? 魔道具を作っているんですか?」
「おや? あんたなんで『魔道具』って言葉を知っているんだ? 軍の関係者か? あんた何者だい?」
(しまった)とレイシアは思った。店主はどこまで知っているんだろう。何をどこまで話せばいいのか。
「洗いざらい話してもらうよ」
ケルトのから殺気が沸き上がった。強者のオーラを纏っている。四対一で戦えば勝てるだろうが、戦うのは本意ではない。
レイシアは三人に外に出ていってもらって、店主とふたりで話す事にした。
「大丈夫。いざとなったら逃げるから」
三人は叫び声がしたらすぐに踏み込めるようにしておくと言い残し外に出ていった。
ケルトは
「何もしないさ。軍の関係者なら所属と階級を知っておかないといけないからな。それだけだよ」
ケルトがそう言うと、レイシアは自己紹介をやり直した。
「レイシア・ターナー子爵令嬢です。王都の学園に奨学生で通っている2年生A クラス。騎士コースのコーチング・スチューデントをしています。魔道具はコーチング・スチューデントの報酬として、ドンケル先生から聞きました」
「ドンケル? ああ暗闇か。ヤツが噛んでいるのか」
「あの、まずかったですか?」
「いやいい。なるほど。あんたが噂のお嬢さんか。私は以前、軍部の研究所で所長していたことがある。今は隠居してここで好き勝手な研究をしているのさ。どうっていう事はないさ。趣味で魔道具を日常品にできないか試しているだけさ。ただな、軍の方からも監視されているから、研究報告は必ずしているんだよ。抜き打ちであんたが手入れに来たのかと思ったのさ」
ハハハと乾いた笑いを吐き出して、ケルトは笑った。
「話は分かった。入れてやりな」
そう言うと入り口のドアを指差した。
◇
「大丈夫か嬢ちゃん」
「大丈夫だった?レイ」
サチがレイシアに近づき、手を取って聞いた。
「大丈夫よサチ。それで料理長は何を買う気なの?」
レイシアの興味は魔道具に移っていた。生活用の魔道具って何?
「こっちよ。付いといで」
ケルトが奥のドアのカギを開けてドアを開いた。そこにはみたこともない怪しい品物が適当に置かれていた。大きな一つの箱に触り、扉を開いた。
「これが冷暗庫。氷の魔石と風の魔石を組み合わせて冷たい風を送っては中の食品を冷やして保存する道具さ。威力を上げれば凍らせることもできる。値段は金貨120枚。1200万リーフだ。アイスアリゲーターとクラーケンの魔石がひとつづついるし、一年ごと変えないといけない。魔石も四角に加工しないといけないから、取って来ただけではダメだ。私か軍に依頼しないと出来ないし、値段は、そうだな二つで金貨50枚はかかるな。それなら余った食材を腐らせて新しい食材を買った方がましだろう? 本気で買う気かい?」
「凍らせることができるんですか!」
レイシアは凍らせることができることに興味津々。
「だろう。嬢ちゃんなら分かってくれると思っていたよ」
料理長が嬉しそうに言ったが、レイシアはふと違和感に気付いた。
「あれ? 魔法の属性6しかないのに氷? 氷ってどういう事?」
「氷はね、水属性と闇属性の混合だ。火と光は密接な関係になる。闇は光と火の逆の効果がある。まあ、理論上の話だがな」
「詳しく教えて下さい!」
「やだよ。知識は武器だ」
「魔道具、私も作りたいんです!」
ケルトは「はぁ?」と首をひねったがそのまま続けた。
「そうかい。だったら軍の研究所に入りな」
「そうじゃなくて! 生活を豊かにするための魔道具。温かい料理を出せるお皿とか、温かいお風呂を沸かす道具とか」
レイシアは一生懸命に作りたいものを上げた。そしてそれで生活がどう変わるのかも。
「面白いな。しかし基礎知識がないと何ともならんぞ。生半可な学力ではどうしようもあるまい」
「特許になっているんですか? 特許だったら特許料払って調べつくすのですが」
「特許はとっくに切れているよ。大体私が開発したものだからね」
「教えて下さい! お礼なら言い値で払いますから」
レイシアの真剣な顔を見ても、どうせ無理だろうという感じでケルトは答えた。
「金貨100枚。それだけ払えば3日だけここにいていいよ。資料は見放題。質問があったら答えよう。これで分からなかったら素質無しだ。あんた、ヒラタとサカの英雄様だろう。その恩義に報いるのはこれくらいだ。どうする?」
金貨100枚。1000万リーフ。たった三日の教授料として法外な値段をふっかけたのは、どうせ断るだろうという目論見からだった。
「お願いします」
しかし、レイシアはその誘いに乗った。ここを逃したら二度と聞くことはできないと分かったから。おまけにサカで5000万リーフ、ヒラタでも2000万リーフを報償として貰ったから教会の寄付を差し引いてもまだまだ余裕があった。
「本気かい? 頭おかしいんじゃないの?」
ケルトはそう言いながらもドキドキしていた。もしかしたら、とレイシアの可能性にかけることにした。こんなアホな提案を受け入れるバカはただのバカではあるまい! どうせ自分の理論を伝えられる人間など心当たりがなかったのだったから。
「じゃあ、他の者は帰りな。悪いようにはしないさ。レイシア。三日で理解出来なかったらあきらめろ。時間をどう使うかはお前次第だ。そうだな。まずはこの本を今日中に理解しろ。出来なかったら時間の無駄だ。帰れ。そのくらいの気持ちでやれ。ほら時間ないぞ。そこの机を使え。ほらあんたら帰った帰った」
押しだすように帰らせると、レイシアが本を読んでいるのを確認した。
「ちょいとだけでも期待していいのか? 魔道具の未来を」
ケルトはレイシアが本の半分は理解できればと心の中で願ったのだった。
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