閑話 執事とお父様

 わたくし、ターナー家でクリフト様の筆頭執事として日々働いている、セバスチャンと申します。いつも、メイド長キクリと料理長サムの影に隠れてしまい、皆さまの印象には残っておられないかもしれませんね。


 初めて私の名前が出たのは、第一部25話目の舞台裏という回でした。あれ以来いくつか出てはいるのですが、皆さまには興味を引くこともなく、読み流されたことでしょう。しかし、それでいいのです。執事は目立ってもなにも良いことはないのです。旦那様の影となり、粛々と仕事をこなす。それが執事の矜持というものです。


 ですが、今はメイド長も料理長もレイシア様と旅に出ております。私は彼らの分も目を光らせねばなりません。


「セバスチャン。ずいぶん静かだな」

「はい。レイシア様もクリシュ様もおられない状況は初めてでございますから」


「そうだな。まあ、クリシュは直に帰ってくることだろう。また元に戻るさ」

「お言葉ですが、あと三年もすればクリシュ様は学園に通うため王都に引っ越されます。レイシア様と入れ違いにはなりますが、レイシア様が卒業後ターナーに戻ってくるかどうかは不明です。王都辺りで就職なさるか、結婚などすれば、五年間はこの状態になるかと存じます」


「そうか。レイシアの事だ。帰ってくるよな」

「さあて。私には分かりかねます。レイシア様のお心一つかと」


「大丈夫だ。あいつはターナーが好きだ。ターナーを捨てることはないだろう」

「では旦那様、レイシア様はどこに嫁がせる気なのですか? まさかこのまま貴族籍を捨てさせるおつもりなのでしょうか」


「あいつがそう望んでいるんだ。それでいいだろう?」

「いけません、旦那様。お嬢様の将来の事ですよ。きちんと向き合ってくださいませ」


 思考停止はいけませんよ。


「まあ、そうだな。そうなんだよなあ。……なあ、今日はもういいだろう。久しぶりに二人で飲まないか。俺もな、いろいろ考えがまとまっていないんだ。相談に乗ってくれ」


 結局のところお寂しいのですね。まあ、これだけ静かな館は奥様が亡くなった時以来ですから。


 レイシア様とクリシュ様。どちら一人でもおられたら、活気というかトラブルというか、まあ、そうでございますね。落ち着く暇などありませんから。


 私はメイドに酒とつまみを用意するように指示を出した。


 ◇


「どぅわからさ~。おれだってがんぶわっているんだよ。これでもさ~」


 旦那様、この程度で酔ってしまって。日々のストレスがよほど高いのですね。


「オヤマーのオヤジは無理難題ふっかけるし。そ~だよ。確かにやった方がいいのは、分かっているんだけどさ~。限度ってもんがねえのか~。ぬわあ」


 春の田植えに向けて開拓頑張りましたよ。旦那様。


「レイシアはいきなり教育改革はじめるしよ~。クリシュは孤児院改革。みんな俺の仕事になるんだよ~。石鹸工場? なぜだ!」


「旦那様。そもそも教会を改革し、孤児院を改革したのは旦那様と神父様ですよ。あの頃、先代様も私に同じように嘆いておりました」


「そうなのか?」


「ええ。懐かしいですね。旦那様も昔はたいそうやらかしたものですよ。無自覚でしたか。まあ奥様も大概でしたが。そのたびに先代様は私に愚痴をこぼしたものです。よくつき合わされて飲んでいましたよ。先代様とも」


「そうか」


「今のクリシュ様は、あの頃の旦那様のようですよ。まあ、まだ入学前の子供ですが。末恐ろしいですね」


「ああ。まだ子供のはずなのだが。あの頃の俺でも今のクリシュにはかなわないな」


 確かに。学園を卒業したころの旦那様より今のクリシュ様は動きまくっておられます。しかし、それが出来るのは旦那様のお力なのです。


「旦那様は頑張っておられますよ。先代様も空の上から誉めて下さっております」


「そうか。そうかな。そうだといいな。ありがとうな、セバスチャン。アリシアはどうだろうな。誉めてもらえるかな……」


 お互い、それ以上なにも言えずにグラスを空にした。私は旦那様のグラスにワインをそそいだ。


「お前も飲め。ほらいでやる」


 ドボドボと私のグラスいっぱいにワインを入れる旦那様。


「それよりレイシアだ。あいつ、嫁に行けるのか? あの非常識な娘を貰う貴族などあるのか? 無理だろ」


「さようですね。一般的なご令嬢とは少しおもむきが……」

「趣どころか、なんだ? バイタリティーがありすぎぬか」


「かといって、冒険者の嫁では」

「そんなことは許さん! いっそ結婚などせんで家に置くか!」


「そう言うわけにはまいりません。旦那様、お嬢様の事はきちんと考えて下さい」


「……クリシュは喜びそうだぞ」

「確かに。あ、いえ、そんなことをしたらクリシュ様こそ結婚しなくなります!」


「俺はな、レイシアが好きな男を連れてきたら、反対しないようにと思っているんだ。アリシアが俺を選んだとき、オヤマーのご両親から反対され駆け落ち同然で来ただろう。あんなことにはさせたくないんだ」


「旦那様!」


 旦那様と奥様は、それはそれは苦労を共にしたのでした。先代様はそれによって、さらに苦労をなさられましたが。


「若いということは、周りを気にせずに進んでゆくことができる大切な時期なのです。クリシュ様もレイシア様も旦那様がお支え下さい。昔先代様が旦那様を支えた様に」


「親父か。確かにそうだな。……いや、俺はあそこまで非常識じゃなかったぞ!」


「教会の改革した時点で同じようなものです! 過去の自分と真面目に向き合ってみて下さい」


 私はワインを一気に煽った。本当に、無自覚でやらかすのはターナーの血なのでしょうか。先代様もだいぶやらかしましたし。

 それでも私は、先代様と旦那様に仕えることができて本当に幸せだと思っているのですよ。クリシュ様とレイシア様がどのように成長なさるか、これからが楽しみでございます。




 その一月後、旦那様にサカの領主からレイシア様への婚約の申し込みの書状、ヒラタの領主からクリシュ様に婚約の申し込みの書状が同時に着いて、旦那様が混乱に落ちるのでございますが、それはまた別のお話でございます。





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