390話 二人の価値は

「それでクリシュ! さっきのは何だったの? ヒラタのお嬢さんとどういう関係なのかな? 仲良しみたいだったけど」


 馬車から降りたクリシュに、レイシアは詰め寄って聞いた。


「知り合いですよ。王都の学習会で、たまたま話す程度ですよ」

「そんな風には見えなかったけど」


 弟の恋バナを聞きたいレイシアの圧に戸惑うクリシュ。


「お前たち、着替えたら儂の部屋に来なさい。その件について少し情報を共有した方がいいだろう」


 お祖父様の一言で、レイシアはクリシュに絡むのをやめ、サチと部屋に戻った。



 お祖父様の部屋にレイシアとクリシュが入ると、すでにお茶の準備が出来ていた。

 お祖父様は、サチとポエムを下がらせ三人だけで話す体制を整えた。


「さて。まずはクリシュだ。先ほどお前はヒラタのお嬢さんを『たまたま話す知り合い程度』と評していたが、あれはそのような感じではないぞ。あの娘はお前に惚れている。それはもう、駆け落ちでも始めてしまいそうなくらいにな」


 お祖父様は娘のアリシアが学生だった時の事を思い出していた。


「はぁ。そうならないように気を使って距離を取っていたつもりだったのですが」


 クリシュは大きくため息をつき、困惑の表情を浮かべた。


「あれだけの大見えを切ったんだ。今さら引くことはできんじゃろう。相手は伯爵だ。受けるにしろ断るにしろ、いろいろ面倒だぞ」

「分かっています。だから素っ気なくしていたのに」


 お姉様基準のクリシュ。たまに言う社交辞令が相手に突き刺さっているとは気がついていなかった。伯爵令嬢のビオラにとっては、素っ気ない中でたまに出るデレにハートをわしづかみにされているというのに。


「おかしな男性の趣味を持っている方なのでしょうか?」

「クリシュ。お前、自分の価値をもう少し認識した方が良いと思うぞ」


 王都の学習会で会った他の子供たちは、比べることもできない程未熟。クリシュは同じような存在として比べる相手がいなかったので、そして唯一比べている相手がレイシアだったため、自己評価としてはままだまだ未熟、という低評価でしかなかった。


「真面目な話だクリシュ。お前は貴族の大人たちからの評価はかなり高くなっている。まあ、ターナー領が辺鄙な場所で借金を持っているためにたいした動きは今のところはないのだが。お前が二男か三男で領主候補でなかったら、婚約の申し込みは殺到していたかもしれん。いや、これから殺到するかもしれないな」


「まさか。貧乏で辺鄙な弱小子爵家の跡取りですよ。男爵家のお嬢さんでも嫌がるでしょう」


 ある意味では冷静に分析しているクリシュ。


「普通はな。しかし、レイシアがいるからどうなるか分からんぞ」

「私ですか?」


 いきなり自分の名前を上げられたレイシア。


「私こそ何もないですよ」

「何もなくて、サカの領主が婚約を打診すると思っているのか」


 お祖父様はあきれた顔でレイシアを見つめた。


「お前、何をやらかしているのか分からないようだな。今回サカの領主は半分は冗談気味に言ってみただけのようだったが、おそらく身辺調査は入るだろう。近隣の領の騎士団を借りて、冒険者を大量に投入しても倒せなかったクラーケンをわずか数分で倒す実力を持った子爵令嬢。これだけでも信じられないのに、王子とのコネクションもある。それだけであの反応だ。分かるか?」


 自分の事となると、当たり前としか思わないレイシア。


「いいか、お前は特許をいくつも取っている。新しいお店の開発とオーナーということがどれだけの金を生むと思っているんだ?学習面ではトップクラスで、騎士団を指導している。騎士団に顔が利く令嬢なんてどこにいる! こんな情報が入ったら、お前の方こそ婚約の申し込みが殺到するだろうよ。そして、そんな姉を持つクリシュが放っておかれるわけがないではないか。クリシュの才能が学園に入って一般生徒にばれてみろ。頭脳明晰、容姿端麗な姉弟として、社交界で噂の中心になるのは目に見えている。それこそ、侯爵クラスから申し込みがあってもおかしくないぞ」


 あからさまに表情が変わるレイシアとクリシュ。


「私は商人になってターナーを豊かにしたいんです。他領に嫁ぐ気なんかないですよ」

「僕も女性より領の発展を考えていたいです。やることは山積みなのに」


「気持ちは分かるが、お前たちはまだ子供だ。大人たちが本気を出せば巻き込まれた所から逃れることはできんぞ。残念だがお前たちの父親は、こういう事は苦手だ。押し切られて終わるだけでなく、あちらこちらに遺恨を残すかもしれん」


((あ~、ありそう))


 今日初めてお祖父様の言葉に頷く二人だった。


「レイシアの功績は、今のところはなぜか学園が広まらないように押さえてくれている。レイシア自体も社交が全く出来ていないおかげで良い評判が立たない。しかし、それもいつまで続くか。才能を見出されたら大変なことになるぞ。社交が出来ないから、第二夫人として欲しがられることだろう」


「第二夫人? お姉様が? 許せない!」

「それが貴族の世界だ。伝統的に第二夫人までは許されているのだ。跡継ぎが出来ないのは困るからな」


「それでも嫌です」

「私も、貴族に嫁ぐのは無理です」


「ならば、対策を練らねばならないな。クリシュ、お前の方もだ。ヒラタのお嬢さんの事も含めて、真面目に考えなさい。ヒラタのお嬢さんはお前から見たら未熟かもしれないが、一人の人格を持った人間だ。あの子を見ているとアリシア、お前たちの母親の子供の頃を思い出すよ。クリシュは覚えていないかもしれないが、思い込んだら一途に頑張る子供だったぞ」


 クリシュは母親の記憶が無かったので、「ふうん」としか思わなかったが、レイシアは、教会に行った時の事や、温泉に行ったこと、お母様お帰りなさいパーティーのあれこれや、買い物に行った事などを思い出した。


 ぽろぽろと涙を流しながら。

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