閑話 伯爵令嬢の恋路

「いま帰った。被害状況の確認がしたい。資料を届けるように」


 お父様は馬車から急いで降り、執事にそう告げると足早に館に入った。


「お嬢様。大変でございましたね。お着替えがすんだらお茶とお菓子を用意させます」


 メイド長が私をエスコートしてくれた。それほどお父様にとって今回の事件は大変な事だったのだろう。お母様もお姉様もいない中、私がしっかりしないと。クリシュ様ならどう動くの? お父様の仕事を手伝うのかしら。

 私はまだそこまでの実力も信頼もないわ。


「お茶は嬉しいのですが、私は学ばなければいけません。家庭教師を呼んで。ヒラタの領内をもっと知りたいの」


 メイド長が、目を丸くして驚いていた。


「お嬢様、ご立派になられて。、早く先生をお呼びするように」


 メイドに指示を出し、私を部屋まで連れて行った。



 三日たった午後、私はお父様に呼ばれた。


「ビオラ。勉強を頑張っているようだな。メイド長が感動していたようだ」


 お父様が誉めて下さった。


「はい。この領で何が起こったか。この領は何が良くて何が足りないのか。それが分からないとお父様を手伝うことなんてできませんもの」

「私の手伝い?」


 お父様は不思議そうに私を見つめて言った。


「お前がこのヒラタの領主になるわけではあるまい。どこか安心できる領の跡取りに嫁いでここを出ていくのにか?」


「私がこうして安心して生活できているのは、お父様やお母様のおかげです」

「ああ、そうだな」


「お父様が大切にしているヒラタの領。そして領民のおかげで、私達は生活できているのです。その感謝と責任を忘れてはいけないと思っています。いずれどこかへ嫁ぐ身ですが、この領の素晴らしさを知り、貴族としての仕事や責任を知り、少しでも役に立たなくては。それではただのお飾りのお人形ですわ。なにか一つでもお役に立ちたいのです。それに……」


「それに?」


「もしどこかに嫁いで領主夫人になった時、何も知らない足手まといにはなりたくないのです。ヒラタの領地と嫁ぎ先の領地を繋ぐ橋渡しをしたいのです。どちらにも利があるような、そんな風にお役に立てる存在になりたいのです」


 お父様が私をじっと見つめている。そして、私にむかってこう言ったの。


「それは、どこかではなく、嫁ぎたいところがあるんだね」


 ぶわっと顔が熱くなった。


「図星だね。ビオラ、貴族の結婚は基本的には領地と領地の関係で決まることが多い。残念だが、多くの領主と領主夫人はその親同士で話をまとめた結婚をしている者が多いんだ。家の格、派閥の相性、取引の有無、場合によっては親子ほど、いやそれ以上の年齢差が出る場合もある。最近は自由恋愛を認めている領主も出てきたが、相手の親がそうでなければトラブルになる。分かるな」


 それはお姉様からさんざん聞かされた。好きになるのと結婚は違うんだって。


「はい」


「それが分かっていればよい。それはそれとしてだ。この度のヒラタとサカの問題を解決した冒険者たちをこの屋敷に迎え入れ感謝と褒美を渡さねばならない。領主夫人の代理をしてはもらえないだろうか」


「私がですか⁈」


「ああ。他におるまい」


 確かにお母様もお姉様も王都にいますから、家族でここにいるのは私か弟だけですね。


「冒険者は三人。そのリーダーが15歳の少女だそうだ」


 15歳の少女ですか⁈ お姉様と年齢が近いではありませんか!


「名前をレイシア・ターナーというらしい。当日は祖父と弟も招く予定だ。よくおもてなしをしなさい。お茶会を別に開こうと思っているんだよ」


「レイシア・ターナー様? って、まさか!」

「ターナーを名乗る貴族は一つしかないな」


 クリシュ様のお姉様⁉ なんで?


 私は気が遠くなって倒れてしまいました。



 当日は緊張しっぱなしでした。午後1時の予定でしたので、早めにランチを軽く摘まんで身支度を始めました。クリシュ様とお姉様が来られるのです。完璧なお出迎えをしなければいけません。


 別室にはお茶会の準備が整っております。そこもチェックしないと。ああ! 時間がいくらあっても足りませんわ!

 私、大丈夫よね。ヒラタ領の恩人、そしてクリシュ様のお姉様に失礼がない様に振舞えますよね。


「お嬢様、そんなに緊張なさらなくとも大丈夫でございますよ」


 メイド長はそう言ってくれましたが……ああ、ドキドキが止まりませんわ~!


 馬車が2台到着しました。クロモの街で出会ったオヤマー様。クリシュ様。その執事と冒険者らしき男の方が一台の馬車から降り、レイシア様、メイド三名がもう一つの馬車から降りてきました。私はお父様の執事とメイド長を隣に立たせ、領主代行としてお迎えした。


「ようこそいらっしゃいました。わたくし、ビオラ・ヒラタ伯爵令嬢です。父、いえ、領主のもとにご案内させていただきます。どうぞこちらへ」


 一か所間違えてしまいました。メイド長がよく出来ましたと背中に手を当ててくれました。



 

 最初の謁見はお父様が進めて下さったので、私は隣にいるだけで済みました。盗賊を捕まえ、街道の封鎖を解いてくれたお礼に、十分な金銭と報償を送る約束を交わして終わりです。


「この後、ささやかなお茶会を娘のビオラが計画している。先ほどは冒険者として迎えたが、今度は恩のある子爵家として迎え入れさせてはいけないだろうか。クリシュ・ターナー殿。レイシア・ターナー嬢。そしてオズワルド・オヤマー殿」


 皆さま、快く受け入れて下さいました。ほっとしました。すぐに帰られたらどうしましょうかと心配しておりましたのよ。


「それでは、いちど休憩を致しましょう。皆さまをお部屋に案内して。ごゆっくり寛がれたのち、お茶会を始めましょう」


 私は暗記した文言を、間違えないように言葉にした。



 一時間ほど休憩した後お茶会は開始します。私が主催者なのです。メイド長はじめメイドの皆様のお力を借りなければとてもでないが出来ませんわ。お父様にたのんでお給金割り増しして頂きますので、協力よろしくお願いいたしますわ。


 今回は貴族のお茶会ですので、オズワルド様、クリシュ様、そしてレイシア様の三名だけご案内。他の方は、お部屋でメイドたちが持て成していますの。


「本日はお誘いを受けたいただきありがとうございます。レイシア様においては、ヒラタの街を救って頂き、本当に感謝してもしつくせません。クリシュ様、いつもいろいろ教えていただき、ありがとうございます。そしてオズワルド様。クロモでは大変お世話になりました。わたくし共の精一杯のおもてなしを受けて頂けますこと感謝いたします」


 大丈夫よね。お父様を見ると頷いてくれた。


「娘も初めてのホステス役。緊張が皆さまに移ったかもしれません。気楽にお話を聞かせて頂ければありがたい。レイシア嬢。誠にありがとうございました。では乾杯を致しましょう。我々の出会いに。感謝を捧げお茶会を始めましょう」


 お父様の挨拶をきっかけに、三重奏が静かに音楽を奏でた。


「オズワルド様。オヤマーには大きな借りが出来てしまったな」

「いやいや。儂は関係ない。レイシアと使用人がやったことだ。借りならターナーに返すのですな」


「いえいえ、外祖父であるオズワルド様がサカに来るように指示して下さったからこの度の結果になったのだと伺っております」


 お父様はオズワルト様に話しかけています。私は主催者としてレイシア様とクリシュ様に話しかけましょう。


「改めましてレイシア様。いつもクリシュ様にはお世話になっております」

「改めましてビオラ様。クリシュ失礼なことしていない? 時々口が悪くなるのよね」


 分かります! じゃないよ。


「そんなことありません。優しくして頂いています」


 本当です。優しさの形が難しいだけです。


「そう、よかったわ」


 よかった。レイシア様優しそうな人で。でも本当にこの優しくて華奢な方が、盗賊を退治したり魔物を切り刻んだりしたのでしょうか?


「あの、疑っている訳でないのですが、レイシア様のような上品で可愛らしい方が、どのように盗賊や魔物を退治なさる程強くなられたのでしょう」


 私は聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。


「ああ、強くなる方法?」

「姉さん!」


「それはね……」


 レイシア様は、止めようとするクリシュ様を気にせず様々な事を話してくれた。


 訳が分かりません! どうしてメイド修行をなさるのですか? 料理? 包丁? 王子様をボコボコ? クリシュ様、何とかしてください! あ、お父様が混ざってきた。 お父様、さらに混乱するような事尋ねないで下さいませ!


「なるほど。レイシア嬢は王子ともつながりがあるのか」

「つながりはないですよ。知り合いなだけです。同級生ですので」


「なるほど」


 お父様が少し考えておもむろにクリシュ様に声をかけた。


「クリシュ君」

「はい。なんでしょう」


「この間、二人で話したよね。クロモの街で」

「はい。お誘いありがとうございました」


「あれは娘からの頼みだったんだ。それでだ、一つ相談だが」

「何でしょうか」


「ここにいるビオラと婚約しないか?」


 えっ、お父様、何を言ってるのですか。


「まさか。からかうのもそれぐらいにして下さい。僕は辺境の子爵の子ですよ。伯爵家のお嬢様が僕の婚約者では可哀そうではありませんか。伯爵から子爵に娘の身分を落とすなど、考えないで下さい。ビオラ様に失礼でございます」


 え? 振られたの、私。


「君なら、君と君のお姉さんが協力すれば、すぐに伯爵くらいなれそうだと思うのだが」


「買いかぶりすぎです」


「ビオラと婚約すれば、ヒラタ伯爵家としていくらでも援助できる。金銭的にも政治勢力的にもな」


 お父様。何を言ってらっしゃるのですか。


「ほら、ビオラ様が困っておられます。僕たちはまだ子供です。婚約とか許嫁とかを考える暇はないのです。いまはとにかく学んで、領地を立て直す地力を身に着けなければいけないのです。他人の力を当てにすることを覚えてしまっては、かえって回り道になってしまうのです。この話はなかったことにして頂けないでしょうか」


「だそうだが、ビオラはどうだ? 言ってみなさい」


「私は……」


 私はどうなの? クリシュ様が好きなんじゃないの?


「私はクリシュ様が好きです」


 きゃっ、思わず言っちゃった!


「ビオラ様。その様なことを軽々しく発言なされてはいけません。僕たちはまだ小さな世界で生きているのです。学園に入学すれば、身分も同じような素敵な方がたくさんおられますよ。いま、僕のような弱小子爵と婚約などしては、後悔なさることでしょう」


「そんなことございません。クリシュ様ほど真摯で努力家で優しい方はおられません」


「はあ。急いては事を仕損じますよ。婚約など軽々しく解消出来ないのですから」


「クリシュ様。クリシュ様にとっては私は取るに足らないつまらない子供なのでしょうね。だから……、今じゃなくてもいいです。クリシュ様より一年早く、私は学園で学びます。クリシュ様が入学なさるとき、私は素敵な先輩となってクリシュ様を迎え入れますわ。その時まだ子供っぽく見えたら、その時は諦めます。ですが、クリシュ様の隣に立っても遜色のないレディになっていたら……。その時は私にチャンスを下さい。子爵という伯爵から下の立場になろうと、自ら笑って歩いて行けるそんな賢くて自立したレディになりますわ。その時まで、勝手に他の人と婚約などなさらないように。今はまだまだですが、必ずクリシュ様に認められるようになります。見ていてください!」


 はあはあはあ。何言ってるの私! これじゃあ喧嘩売っているみたいじゃない!


「だそうだ、クリシュ君。いやあ、私の娘にこれだけ言わせるとは。やはり面白い男だな、君は」


 お父様まで何を言ってるの! 笑い過ぎです!


「ビオラ様。僕の事を買いかぶりすぎです。僕は先程も言った通り、誰とも婚約などする気はないのです。素敵なレディになってよいご縁を結んでください」

「あきらめないわ。私があなたを、クリシュ・ターナーを振り向かせます。覚悟しなさい!」


 だから何言ってるのよ私。


「まあまあ、クリシュ君。貴族の婚姻は基本的には親同士で交わすものだ。私からターナーの領主に手紙を出そう。お父様と話し合ってみてくれ。それからだな、少しはうちの娘にチャンスをあげてはくれないか? 確かにいまのビオラでは、君から見たらパートナーとして魅力を感じないかもしれないが」


「そんなことはないですよ」


「「は?」」


「同い年の子供の中では、とびぬけて努力家で学ぶ意識も強い素敵な女性だと思っています。だからこそ、よい家柄に嫁げば才能を発揮できるのではないかと思っているのですよ」


 褒められているのかいないのかよく分からないです。


「僕が恋愛や結婚に興味がないだけですので」


 分かりましたわ。見ていなさい。勉強も美貌も、全て兼ね備えた素敵なレディとして学園で待っていますから! 覚悟しなさいクリシュ様。


 そうですわ。あとでレイシア様に勉強のコツを聞かなくては。


 はっ、もしかして魔物も狩らないと認められませんの? もしかしてクリシュ様ってシスコン? 私、こんなパーフェクトなお姉様と張り合わなければいけないのかしら。


 無理ですわ~! でも頑張ります! クリシュ様を振り向かせるためです。


 私、とんでもないことをしようとしているのでしょうか。

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