サッシミー
「確かに奇妙な団体だな」
サカのギルド長は目を見開きながらレイシアたちを迎えた。ヒラタのギルドから盗賊の問題が解決された報告があった。その報告の中で、解決した冒険者が子爵令嬢とメイドで構成されたブラックキャッツというパーティと、料理人サムというソロの冒険者、さらに冒険者登録していないメイド一人の計四人の団体だとは聞いていたのだが……。こうして実際に目にした光景は、とても冒険者のグループには見えなかった。
「ブラックキャッツのリーダー、レイシア・ターナーです」
「ブラックキャッツ、レイシア様の侍従メイド、サチ」
「Cランクのサムだ」
「ただのメイド長、キクリでございます」
「お、おう。サカのギルド長のムサカ・コージーだ。それで、話は聞いているな。緊急依頼はクラーケン退治だ。ターナーだったら初心者の街だろう? 海は経験あるのか?」
港町、海の怪物。レイシアには想像もつかない魔物。
「経験ありません」
「俺は何度か倒したことがあるぞ」
料理長が声をあげた。
「クラーケン。あれは旨いぞ。八本の足で動くバケモノなんだが、煮ても焼いても生でも食える。淡泊なふりをして、濃いんだ。味が。甘味でもない濃厚な味がある。上手く言い表せないが食ったらうまい食材だ」
「おいおい、クラーケンを食う気なのか」
「当たり前だろ? え、食わないのか?」
「聞いたことないな。大体、倒す事すら難しいのに」
「そうか? 親父に連れられて小さい頃倒しに行ったんだが」
「それは、クラーケンじゃないんじゃないか?」
ギルド長と料理長が、クラーケンの形や大きさで確認し合っている中、レイシアは『クラーケンは食材』という認識を固めてしまった。
「師匠! クラーケンはどのように倒したら美味しく食えるんすか!」
レイシアが料理人モードに入った。ギルド長が驚いてレイシアを二度見した。
「おう、ヤツを倒すにはまずは足だな。根元から三本は切り取りたい。切り取った後もうにょうにょと動くんだが、それは放っといてもいい。……いや、海に落とすな。足はとにかく旨い! メイン食材だ」
「足が旨いんですね」
「ああ。ショッツルがあればサッシミーがなお旨くなる。とりあえず、仕込みに行くか、嬢ちゃん」
「はい、師匠!」
「じゃあ、俺から言う事は以上だ。クラーケンが出たら現場に直行してくれ。Cランク冒険者として緊急依頼を受けてもらう。まあ、お嬢さんは無理するな。命大事にしてくれよ。初見の者に無理させる気はねえ。経験をつんでくれ。サムには期待している。そういや、二つ名があるんだって? 聞かせてくれ」
「俺は、王都では『ブラッディ・サム』と呼ばれていたな」
「私は、『姉猫・兄猫』と呼ばれています」
「ほう、いい名じゃねえか。お嬢さんはないのか?」
「いえ……。ありますが」
中々言い出そうとしないレイシアに、逆に興味を深めるギルド長。
「仕方がないですね。私は……『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神。それが、悪役令嬢たる私ですわ。おーほほほほほ』」
「はぁ? すまんもう一度……」
「『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神。それが、悪役令嬢たる私ですわ。おーほほほほほ』」
「覚えられん。書いてくれないか?」
レイシアはしぶしぶ紙に二つ名を書いた。
「次に会うまでは覚えておこう。え~と、『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、それからなんだ? メイドアサシンは黒猫様の死神。ほう。で? それが、悪役令嬢たる私ですわ。おーほほほほほ』この笑い声はいるのか? いらんよな? いや、二つ名だしな、いるか」
棒読みでつっかえながら二つ名を読み上げられたレイシア。ダメージが半端ない。しかも、必要がないのに面白いからとイリアが勝手に付け加えた『おほほほほ』にダメ出し。いまさらなくすこともできないおーほほほほ。ちょっとだけイリアを恨んだ。
「覚えなくていいです。制服でも悪役令嬢でも、好きに略してください」
「そうはいかんだろう。大丈夫だ。ギルド長の役職にかけて覚えよう!」
「そんなことに役職をかけないでください!」
レイシアが止めようとしたが、ギルド長は覚えようとメモに目を落とす。
料理長は「行くぞ嬢ちゃん」と声をかけると部屋を出ていった。レイシアも料理長に続いて部屋を出るしかなかった。
◇
「スゲー! 師匠、これなんすか?」
「レイシア様。今はドレス対応でお願いいたします。お店の方が対応に困っておりますよ」
メイド等がたしなめた。サチが店主に事情を説明している。レイシアも反省し、貴族のお嬢様の仮面を被った。
「サッシミーに合うというショッツルは扱っておられますか?」
いきなりヤサグレからお嬢様に変身したレイシアにどう対応していいのか躊躇する店主。それでも頑張って商品を売り込む。
「こちらがショッツルでございます。今サッシミーを買いに行かせております。ぜひご試食を。それから、サッシミーでしたらぜひこちらをお試しください」
「何ですの? そちらは」
「これは、滅多に手に入らないショウユという調味料でございます」
「ショウユだと! 嬢ちゃん、買うぞ!」
料理長が興奮している。
「何ですの? ショウユ?」
「先月、久しぶりに和の国の交易船が来たんです。商人たちが色めき立って買い付けしたものです。その後のクラーケン騒ぎがなければ、今頃はもっと賑わっているはずなのですが」
店主は、ほとほと困っているという感じで答えた。
「それでショウユとはなんですの?」
「そうですね。サッシミーも来たことですし、まずは試食を致しましょう」
店主は毒見役を兼ねて、先にサッシミーを食べて見せた。
「最初は塩でお食べ下さい」
レイシアはフォークでサッシミーを刺す。刺した時でも分かる初めての感触。口に入れるとプルンとした弾力とツルッとした舌触り。柔らかな魚の身がほのかな塩の辛さで甘味を引き出される。
「不思議な感覚ですね。初めての食感です」
「では、ショッツルを少しだけつけてお食べ下さい。
「あっ! おいしい」
塩辛い調味料は、ふくよかな旨味をサッシミーに乗せた。癖のある風味が鼻腔に広がる。
「何ですの、この深い味わいは。塩辛いだけでない奥深さは」
「海と魚のハーモニーでございます。お嬢様は海を見られましたか?」
「いいえ、まだです」
「そうですか。海風は潮の匂いであふれています。命を育む海。そこで育った魚から作られた調味料がショッツルでございます。こうしてサッシミーを食べるのにも良いですが、煮もの、焼き物にも使える万能調味料でございます」
レイシアは、もう一切れショッツルにつけたサッシミーを食べた。最初のインパクトは弱まったが、その分ショッツルとサッシミーの奏でる奥深さを堪能することができた。
「なんて素晴らしい……」
レイシアは言葉を失った。今まで習ったソースとは全く違うアプローチの調味料。感動しかなかった。
「では、ショウユもお試しください」
レイシアはショウユをつけたサッシミーを口に入れた。
ショッツルとは同じようで何かが違う。そう、癖がないすっきりとした味。雑味の少ないそれは、純粋に魚の旨味だけを引き出した。
「これは……。なんですの、これは」
「ショウユでございます。こちらは和の国でのみ作られる調味料です。大豆と塩、それにコウジというもので作られていると聞きます」
「大豆、なのですか。なるほど。ショッツルが海の恵みなら、ショウユは大地の恵みなのですね」
「すばらしい! 言いえて妙ですね。その通りでございます。癖の少ないショウユはどのような食材でも受け止める、まさに大地の恵みでございます」
「買いましょう、師匠! 研究のし甲斐があります!」
「ほどほどにしとけよ、嬢ちゃん」と言われながら、大きな樽ごとショッツルとショウユを買い付けた。
「食材も見たいです!」
「そうだな。魚とか豊富だが、その前に刃物屋に行くぞ。和の包丁が残っているかもしれない」
料理長がそう言うと、レイシアは「そうですね」と刃物屋に向かった。和の包丁は一本しか残っておらず、唯一残っていたのは筋引き包丁だけだった。
「嬢ちゃん、これはサチに持たせとけ。これから必要になる」
料理長がそう言って筋切り包丁はサチが持つことになった。
その時、街中に鐘が響き渡り、「クラーケンが出た!」と伝令の大声があちらこちらで発せられた。レイシアたちは海の方向を聞いて、現場に向かった。
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