食材!
4~7メートルの石柱のような岩がボコボコと立ち並ぶ海岸。そのひとつの岩の上に巨大なクラーケンがいた。燃えるような真っ赤な八本の足を器用に動かしながら、冒険者たちを餌にでもしようかと狙っている。
弓を射かけても足で払いのけ、多少刺さっても痛さを感じないのか効いている様子もない。ロングソードで足を切り落とそうとしても上手くいかず、吸盤を持つ足でからめ取られる始末。
遅れて到着した魔法騎士がファイヤーを飛ばした。
しかし、墨を吐かれ、火球はクラーケンに届く前に消されてしまった。
そんな中現場に着いたレイシア一行。料理長はレイシアにマグロ包丁、サチに筋切り包丁で戦うように指示をだした。
「師匠は何をつかうのですか?」
「俺か? 俺はこれだ。柳葉包丁。またの名をサッシミー包丁ともいう」
「きれい。薄刃ですね」
「ああ。扱いは難しいが切り口がいいぞ」
ほれぼれと柳葉包丁を見つめるレイシア。
「じゃあ、行くぞ。まずはギルド長を探そう。こういう時は指示を仰がないとな」
しかしレイシアはドレス姿。サチとメイド長はそのままメイド服。目立つ集団は注目の的。探すより先にギルド長がレイシアたちを見つけ声をかけた。
「おお、よく来たな。現状は見ての通りだ。クラーケンにはこちらからの攻撃はほとんど効かないんだ。俺たちにはクラーケンが街に入らないように威嚇するのが精一杯なんだ。まあ、今日はどんなことをしているか全体を見て覚えてくれ。むやみに突っ込むとヤツの餌にされるぞ」
料理長は首を傾げながら聞いた。
「さっき火魔法を放ったみたいだが、水魔法は使わないのか?」
ギルド長はあきれたように「水生動物に水魔法をつかってどうするんだ」と答えたが、料理長は説明を始めた。
「クラーケンは蛸のバケモノだろ。そうだ、ちょうどいい。嬢ちゃんも覚えておけよ。蛸はな、真水で洗うと一気に鮮度が落ちるんだ。蛸と真水は相性が最悪。生きている蛸を弱らせたかったら、真水をぶっかけるんだ。海の魚を扱いたかったら、よく覚えておけ」
「……蛸が真水に弱い? 本当なのか?」
ギルド長が聞いてきた。
「ああ。料理人なら知っているはずだが。もしかして料理人しか知らないのか?」
ギルド長は料理長を連れて騎士団長の所に走った。
「水が弱点? 聞いたことがないが。それに、水魔法が使えるやつは置いてきたぞ」
「隊長! 自分二属性であります」
「そうか。二属性持ちは他にいるか!」
三人の二属性持ちがいた。
「ダメもとだ。いっせいに攻撃する。冒険者たちを下がらせろ。三人は配置に付け」
ギルド長が笛を吹き冒険者を引かせた。騎士団長がカウントを始める。
「5・4・3・2・1・発射」
「「「ウオーター!!!」」」
クラーケンは向ってくる水には反応を示さなかった。そのまま頭部に水の塊がぶつかった。
威力自体は荒れた波程度。クラーケンに取っては何のダメージもない筈だった。
真っ赤な頭部が灰色を帯びた白色に一瞬変わった。ゆっくりと赤に戻っていくが、見たことのない現象。
クラーケンがグラついた。二本の腕で必死に岩を抱え、落ちないようにふらつく頭部を支えていた。
「「効いている!!」」
騎士団長とギルド長の声がシンクロした。
「今のうちに足を狩れ」
ギルド長が叫んだ。「「「ウオオオオ――――」」」と一斉にクラーケンの足に近づく冒険者たち。
クラーケンは足をばたつかせ抵抗をする。弾力のある足には、なかなか剣が通らない。傷はつかずにはじかれる剣と冒険者。一人の若者が蛸の足にからめ取られて、強引に持ち上げられた。
「まずい。嬢ちゃん、スパイクを出してくれ。行くぞ」
料理長はレイシアから靴用のスパイクを受け取ると靴に装着させた。それを待たずにレイシアとサチがクラーケンに向かって走っていった。
サチが冒険者を捕まえている足を筋切り包丁をスパスパと、4回振るって切り落とした。
「よし」
サチが安堵した所に、二本の足が襲い掛かる。
ザシュッ。スパッ!
レイシアが空中でドレスをひるがえしながら、マグロ包丁で二本の足を切り落とした。
「よくやった嬢ちゃんたち。後は任せろ」
料理長がクラーケンの足を渡って頭部に向かう。スパイクはそのためのすべり止めだった。それを見たメイド長はクラーケンの両目にステーキナイフを投げつけ視界をうばった。
「蛸を締める時は、目と目の間より少し下の急所をぶった斬るんだ。覚えておけよ、嬢ちゃん」
料理長が柳葉包丁を両目の間にぶっ刺すと、そのまま全体重をかけ顔面を切り裂いた。
一瞬で色を失ったクラーケン。残った足が意思のないうごめきを続けながら倒れた。
「
クラーケンに乗った料理長が勝利宣言をした。
騎士が、冒険者が、言葉を失った。
対処の仕様がなく、立ち去るまで街に入れないようにすることがやっとの魔物が、ドレスとメイド服と料理人の服を着た四人によって倒された。
しかし、一同がその現実を受け入れた時、
「「「ウオオオオ―――――――――――――――」」」
地響きのような歓声が沸き上がり、海岸ではガタイのいい男同士、誰彼かまわず抱き合う姿であふれた。
「巻き込まれたくない状況ですね。レイシア様、サチ、今すぐここから逃げましょう」
メイド長が声をかけ、三人は瞬歩を駆使し現場から立ち去った。
一人残された料理長が「「「ゆっうっしゃっ! 勇者!」」」と言われながら、もみくちゃにされたのは言うまでもない。
◇
「なぜ、クラーケンの足を切ることができるんだ? 弾力があって剣でもなかなか切れなかったのに」
やっと落ち着いてギルド長と話ができるようになった。まずは解体をしなければならないのだが、どうしていいか分からないギルド長は料理長に聞くしかなかった。
「ああ。食材は包丁で切るものだろう。剣で切れなくても包丁なら切れるさ。解体も冒険者じゃなく料理人を呼んでさせてくれ。あいつらじゃ手に負えないだろう。食材は料理人に任すのが一番だ」
食材という斜め上の回答に、ギルド長がその場にへたりこんでしまった。
「まあ、なんだ。気を落とす事でもないさ。次にクラーケンが来たら対処できるようになるってことだ。祝勝会やるんだろ、クラーケン料理振舞ってやればいいさ。さあ、商人ギルドと料理人ギルドに話し通しな。俺は嬢ちゃん探してくるから。柳葉包丁だけじゃ手こずる。マグロ包丁と筋切り包丁で何とかなるか? 和包丁持っている料理人は店閉めさせても全員呼んで来させてくれ。後は任せた」
そう言うとギルド長を放っておき、レイシアたちを探しに街へ向かったのだった。
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