380話 誇りをかけて

 逃げ隠れていた護衛の冒険者が戻ってきた。足手まといになるからと、終わるまで逃げ隠れるようにしたのは最初からの計画だった。ギルドに応援を頼むため伝令役に二人を帰し、残りは縛り上げて意識を失っている盗賊たちの見張りをさせた。

 レイシアたちは、心をボキボキに折った盗賊二人だけを馬車に乗せ、アジトまで道案内をさせた。


 ◇


 レイシアとメイド長を乗せた馬車が、ゆっくりとアジト代わりの小屋まで進んでいた。小屋にはお頭始め元々のメンバー十人が使い、近くの洞窟には中途から雇ったならず者が住んでいた。周りにはテントも張ってある。


 馬車が止まる前に、小屋からお頭と呼ばれる男と二人の側近らしきものが出てきた。


「他のやつらはどうした?」


 お頭が馬車に向かって声をかけると、そのお頭にあらぬ方向からナイフが飛んできた。


 側近の一人が親方を突き飛ばし、もう一人がナイフを剣で叩き落した。


「襲撃だ!」


 お頭の声に規則正しい隊列を組む盗賊たち。馬車から飛び降り身構えるレイシアたち。木の上からナイフを投げ続けるサチ。


 キン・キン・キン


 ナイフは男たちに叩き落された。レイシアが「サチ」と叫ぶと、サチがレイシアの隣に現れた。


 距離を取り、にらみ合う。お頭が声を発した。


「ずいぶんなお転婆だな。他のやつはどうした」

「倒しましたわ」


 ドレス姿のレイシアが平然と答える。


「初めまして。レイシア・ターナー。子爵子女ですわ」


 カテーシーを決めながら、名乗りを上げた。


「あなた達は盗賊ではありませんね。騎士として訓練を受けています」


 お頭は一瞬驚き聞いた。


「ほう。なぜそう思う? こんな格好の騎士などいると思うのか?」


「歩き方、隊列の組み方。どれも訓練を受けた者の身のこなし方ですね。サチのナイフを剣でかわす技量は、王国の中でもトップクラスの力量。もしや他国の方でしょうか」


「お前、何者だ? まあ、後で聞けばいいか。それだけ分かっているんだったら大人しく捕まれ。大人しくしているなら痛い目には逢わせん。実力差も人数差も分かるだろう。わざわざ自分たちから来るとはとんだ間抜けだな。お前たちが倒したヤツらと同じだと思うな」


 二人の男に目配せをして、レイシアたちを取り押さえようとさせた。間合いに入った瞬間、メイド長と料理長が二人を一撃で倒した。


「なっ!」


 その時、レイシアがお頭に手袋を投げつけた。


「何の真似だ!」


「決闘を申し込みます」

「は?」


「あなた達が、なるべく無傷で私達を捕らえたいのは今の動きで分かりました。人質は無傷な方が価値が上がりますものね。そしてあなた達は騎士。こんなことをやっていても騎士としての誇りがあるのでしょう? むしろ騎士として振舞いたいはず。どんな命令を受けたのか存じませんが、私が騎士として対応してあげますわ」


 盗賊たちはその言葉にダメージを受けた。騎士としての志や夢や希望、入隊当初はそういった志があったのに。人のいい上司が権力闘争に負け、その上司に心酔していたこの隊はこんな仕事を押し付けられた。嫌がらせ以外の何物でもない。こんな仕事やりたくない、騎士としての誇りを取り戻したい。そんな思いを抱えていた騎士たち。レイシアの言葉は刃物以上に突き刺さった。


「戦うのはその男かい?」


 お頭が料理長を見て言った。


「いいえ、私ですわ。あなた達を騎士として認めているのですもの。貴族の私が相手になります」


 お頭は噴き出した。どう見ても勝負になどならない。一方的に勝てるじゃないか。


「では、邪魔の入らないようにしようか。俺の部下を動けないように縛りな。その代わり、お前たちの仲間も縛らせてもらう。一対一の勝負に茶番は必要ないだろう。勝った方が仲間の縄を解いたらいい」


 一対一とか言いながら、どうせ暗器を投げたり力任せに乱入したりするんだろう。そう思ったお頭は、条件を出してみた。


「素晴らしい考えですね。ではお互い縛りましょう。こちらが一人に対し、二人ずつ縛っていいですか?」

「ああ。その男を最初に動けなくさせてくれたらいいさ」


 お互いが縛り終わると、ルール確認をした。


「騎士として戦いたい。着替えてもいいか」


 お頭がそう言った。


「よろしいですわ。私も着替えた方がよろしいかしら」

「そうだな。ドレスではあんまりだろう」


 サチの縄を解き、馬車で着替えの手伝いをさせた。レイシアは冒険者の服に着替えた。


 お頭は、騎士団隊長としての騎士服の上から赤のサーコートを羽織った。


「俺はレッドウルフ隊の隊長。その矜持を忘れてしまっていた。この勝負が終わったら紳士的な対応で迎えてやろう」


 人質に取るのは確定だが、騎士として恥ずべきことはするまい、そう騎士服に誓った。


 ◇


 なんだかんだで時間はかかったが、神聖な決闘が始まろうとしていた。武器を掲げ名乗り合う二人。


「俺の名はスカイ・ホコウ。二つ名は『鋼鉄の狼』。レッドウルフ隊長だ。武器はロングソードを使うが、刃は引いてある。切れはしないが当たれば痛いぞ。今のうちに降参した方がいいと思うぞ」


「私の名はレイシア・ターナー。二つ名は『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神。それが、悪役令嬢たる私ですわ。おーほほほほほ』。武器はマグロ包丁」


 サチ以外の全員があっけにとられた。レイシアは恥ずかしいのをこらえていた。


「え~と、何だ? 制服の悪魔の……、すまん、もう一度言ってくれ」

「嫌です!」


「せっかくの二つ名、何と呼べばいいんだ? 悪役令嬢でいいか?」

「それでいいです!」


 もういいからさっさと始めてしまいたいレイシアだった。


「それとその武器はなんだ? まぐろ……」

「マグロ包丁です。切れ味は最高ですよ。ちゃんと避けて下さいね」


 初めて見る不思議な剣に、一瞬警戒したが目の前にいるのはまだ成長途中の小娘。怪我をさせないように、とっとと終わらせようと刃引いた剣を構えた。


「行くぞ」


 スカイ・ホコウ。鋼鉄の狼はレイシアの腹に向けて突きを繰り出した。一撃さえ当てれば戦闘不能になる。かなり痛い思いをさせるが、長引くよりましだろう。そんなことを思っていた。

 レイシアは、半身をずらして剣を避けると、そのまま刀身の横を踊るように回転をしては進み、その勢いでスカイの背中に回し蹴りを決めた。


「ゴフッ」


 進行方向に力を加えられ、つんのめって転んだスカイ。本来であればこれでレイシアが勝てた。しかし、レイシアは間を詰めず立ったままで言った。


「舐めているのか? てーしたことねーな。所詮三下か、クズ」


 あまりのふがいなさに、おもわずやさぐれモードが出てしまった。騎士団での訓練で、気合を入れさせる時はいつもやさぐれモード。その癖が出てしまった。レイシアの中では決闘ではなく訓練をしているような錯覚が起きた。


「なにっ?」


 豹変したレイシアに、戸惑いを覚えたスカイ。その隙をレイシアが、ギリギリ避けられるようにマグロ包丁で切りかかる。


「早い! そうか、軽い剣は早さを重視するためか」


 必死で避けるスカイ。サーコートにうっすらとマグロ包丁の刃が当たる。あちらこちらに穴が開き、切り刻まれる騎士の誇り。


 スカイはやっと本気になった。全身に殺気がみなぎる。目の前にいるのは手加減が必要なお嬢様などではない。全力で対峙するべき一人の敵。


「いい面構えじゃねーか。三下が騎士になったみてーだな。ほんじゃあ、次で決めようや」

「ああ。本気で行く」


 レイシアはすっかり悪役ポジだった。一介の騎士の心を取り戻したスカイに対し、やさぐれ冒険者にしか見えないレイシア。立場はいつの間にか逆転していた。


 縛られている部下たちは、隊長の勝利を信じた。隊長が勝てば俺たちの騎士の矜持も戻せるかもしれない。いや、これからは騎士として生き直す! そんな希望を胸に秘めて。


(あの剣は薄くて軽い。叩き折ってしまえばこちらの勝ちだ)


 スカイはマグロ包丁に向かい、全ての力を注ぎこんだロングソードを振り下ろした。

 レイシアは、ロングソードをマグロ包丁で受け流し、そのままスカイの背後に回ると、サーコートと騎士服をまっすぐ縦に切り裂いた。


 背中には一筋の切り傷。たらたらと血が流れだした。


「「「隊長!!!」」」


「背中の傷は、騎士の恥。俺の負けだ、悪役令嬢」


 スカイは負けを認めた。しかし、おかげで騎士としての矜持を取り戻すことができた。


 レイシアはスカイに傷薬を塗ってあげた。その後縄で手を縛り、全員を馬車に乗せると、ヒラタの街へ帰っていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る