ターナー式メイド術。実践

 レイシアたちを乗せた馬車は、のんびりとサカを目指して進んでいた。護衛にはDクラスの冒険者が四人。端から見たら無防備にも程がある一行。


 街道に馬車の通りが全くないということはない。自分は大丈夫と高を括る者、どうしても行かねばならない者。襲ったところで大した利益を出せない者。


 盗賊にだって、襲う先を選ぶ権利がある。嫌な権利だが。襲う先を間違うと返り討ちに会うから仕方がない。


 以前、商人のふりをして罠にかけようとされたこともある。二人ほど仲間を失ったが、返り討ちにして全員殺した。

 そのせいか街道を通る商人が激減し、盗賊の方もそろそろ潮時、次の手を打とうかと考えていた所だった。


 そこに、見たこともない貴族の馬車が来たら、色めき立つのも仕方がない。



「おかしら~! カモが馬車に乗ってきやしたぜ~」


 見張りが駆け足でねぐらに報告に来た。


「罠じゃねえのか?」


 お頭が言うと、見張りは思いっきり否定した。


「貴族の馬車にドレスを着た子供とメイドが二人。御者は中年の男。護衛に冒険者を雇っていますが、ありゃぁ全員低ランクだ。サカの情報を知らないのか、お嬢様の我がままか、とにかくまともに戦えるやつなど誰もいませんぜ」


「貴族か」


 お頭はにやりと笑った。


「それだけならお前たちで十分だな。そうだな、護衛は殺してもいいが、貴族のやつらは脅せばいうことを聞くだろう。御者ごとかっさらってこい。怪我させるなよ。大事な人質だ」


 そう言うと、メンバーの半分を残し、残りのものを馬車を襲う地点まで先回りするように行かせた。




「あいつら、ちゃんとできますかね」


 お頭の側近が尋ねるように進言した。


「心配か?」

「ええ。あんなならず者たちは何をしでかすか。いくら上の命令とは言え、私達がこんなところでならず者の真似など……」


「まあ、そう言うな。王国を弱体化するための立派な任務だ。このミッションが終われば国に返してやる。もうしばらくの我慢だ。それに、上手くいけばお貴族様のおかげで早く終わることができるかもしれないぞ」


 お頭は部下をねぎらいながら、人質を取った後の計画を話した。



「止まれ~! 死にたくなければ言う事をきけ~!」

「「「うわ~! 出た~~~」」」


 ならず者の盗賊たち十人が馬車を囲もうとした時、四人いた護衛は大声を出して逃げていった。


「え? は? え~と」


 盗賊のリーダーは一瞬戸惑った。手ごたえなさすぎ。段取りと違う! ここで護衛を殺して震え上がらせるはずだったのに。

 追いかけさせようとしたが、仲間が分散する方が危険度が上がる。そういう作戦でボロボロにさせられたことを思い出し、二人見張りを立てさせ放っておくことにした。


 「ふははは、そんなちんけな作戦に乗るとでも思ったのか? 中の三人、馬車から降りるんだ。御者はそのまま動くな!」


 サチを先頭に、レイシア、メイド長が馬車から降りた。御者の料理長には左右から剣で威嚇し、レイシアたち三人にはリーダーが剣を抜き身にして脅しをかけていた。


「おや、お嬢ちゃん。そんなにバッグを大切に持って。後でおじちゃんに中身を見せてもらえるかな? ははは、そっちの年増のメイドはそんなにモップをしっかり持って。怖いのかな? そんなもんで歯向かえるわけないだろうに。なあに。今は手を出さないから安心しな。お頭の所に行くまではな。ふははははは」


 盗賊の脅しと高笑いを聞きながらレイシアは、


(違う! 思っていたのと違う! もっとドス利かせるんじゃないの? 笑い方ももっとこう「ガハハハハ」って汚く! これじゃぜんぜん迫力ないわ!)


 と、どうでもいいことを考えていた。

 


 リーダーは手が空いている五人に馬車の中を調べさせた。武器を納めて馬車に乗り込んだタイミングで、レイシアが目の前のリーダーの背中に火魔法をかけた。最近は無詠唱で行えるようになっていた。


「ボオッ」


 長毛の毛皮で出来た外套は、熱さを中々感じさせない。やがて火は伸ばしっぱなしの髪の毛に移り、一気に燃え広がった。


「熱い!」


 地面に転がり火を消そうとするリーダー。何が起こっているのか分からず動揺する盗賊たち。


 その隙を突いて、料理長が盗賊の一人を殴り倒した。


「行きますよ、サチ」


 メイド長がリーダーに駆け寄ってきた盗賊の喉をモップの柄の先で突いた。サチはステーキナイフを投げ刺し、レイシアは料理長にフライパンを投げ渡した。


料理長が左右の二人をフライパンでボコボコに、メイド長とサチが見張り二人をボコボコに、レイシアがリーダーに金的を加えた。阿鼻叫喚の中、外にいた五人は戦闘不能になった。


 残りは馬車に乗り込んだ五人。


「レイシア様、サチ、良い機会です。ターナー式メイド術・裏、実戦で試しなさい」


 おいおい、と料理長が突っ込んだが二人はやる気満々。メイド長はサチにモップを渡し、レイシアは竹ぼうきをカバンから出して構えた。料理長とメイド長は二人にまかせ、転がっている盗賊を縄で縛りあげることにした。


 騒ぎを聞いて馬車から降りてきた盗賊たち。女の子たちしか立ち向かってこない、しかもホウキとモップ。敵になりそうな男は仲間を縛り上げている途中で隙だらけ。そんな状況に舐めた態度で料理長めがけて走り出した。


「えいっ」


 さちがモップで盗賊の足を引っかけ転ばした。レイシアは竹ぼうきを盗賊の顔に向けそのまま当てた。


「目が~! 目が~」


 竹ぼうきの穂先が目に刺さる。残りの盗賊は足止めを喰らった状態。


「サチ、人間の急所は?」


「縦に並んでいるんだろう。脳天・眉間・目・鼻・顎・喉・心臓・みぞおち・へそ・股間」


「そうです。では始めなさい、二人とも」


 そこからは地獄絵とも言うべき状況だった。ターナー式メイド術は、パーティーにおける防衛術。それに対し裏は、敵を逃がさないための徹底した半殺し棒術。危険すぎて実戦訓練が出来なかった。


 急所という急所をひたすら狙われ突かれる。脳天は勢いよく叩かれ金的がなされても終わることのない攻撃にさらされる。


「おやめなさい」


 メイド長の号令でやっと終わった。縛られながら見ていた盗賊たちの肝がつぶれそうになっていた。


「お、おまえら人間か?」


 リーダーが料理長につぶやいた。


「お前らから言われたくはないが、メイド長はああなるとな、俺には止められない」


 メイド長が「縛るまでもありませんね」と言い、料理長のもとに全員集まった。


「あなた達のアジトへ案内してもらえるかしら」


 レイシアが聞くと、「できるか、そんな事」とリーダーが答えた。するとメイド長が


「あら、元気ですわね。先ほどの戦いくらいでは、サチも物足りなかったようです。このくらいの元気な殿方と練習するのもよいですわね」


 とリーダーの縄を外そうとした。


「や、やめろ。あ、案内するから」

「いいえ。サチの糧となって頂きましょう。武器は何がお好みでしょう?」


 無理やり縄を解き剣を持たせた。


「サチ、やっておしまいなさい」


 ドスッ・バシッ・ドシャッ。


 叫んでも叫んでもやまない攻撃。崩れ落ちそうになると下から支えるように棒が跳ね上がる。


「次はどなたがいいかしら」


 メイド長がにっこりと語りかけた。


 ボロ雑巾のようにうごめくリーダーを見ながら、心が折れた盗賊たちは従順にアジトまでの道を案内することになった。

 

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