緊急依頼

 ヒラタの冒険者ギルド。暇そうに酒を飲んでいる冒険者のわきをすり抜け、メイド二人とごつい男を引き連れた、ドレス姿で優雅に歩くレイシアが入ってきた。


 ざわつきながら、そしておかしなものを見るように見つめながら、冒険者たちは窓口までの道を開けた。何しろ冒険者ギルドは下町の通用門近くにあるため、ギルドでドレス姿の女性など見たことがないから。


「いらっしゃいませ。何かご依頼でしょうか?」


 貴族が護衛依頼にでも来たのかと受付嬢は対応を始めた。まあ、大体は使用人を寄こすので、直接貴族と対応することなど初めてのこと。少し声が上擦っていた。


「あ、私達は冒険者です。Cランクパーティブラックキャッツのレイシアとサチです」


 二人はギルドカードを差し出し、受付嬢に確認させた。


「はい? え~と。そうですね。確かに本物です。あの~、後ろのお二人は?」

「付き添いです」


 レイシアが答えた。


「はあ。付き添いですか」

「俺はギルドに所属している。ソロでCランクだ」


 料理長はギルドカードを出した。


「食材狩るのに必要だからな」

「私はただのメイドです」


 サチは(ただのじゃないだろ!)と心の中で思ったが、黙ってやり過ごした。


「ターナーから港町サカに向かって移動しているのですが、何があったのか教えていただけませんか?」


 レイシアが聞くと、受付嬢は、


「Cランク冒険者が三名。緊急依頼があります。サカでの情報を含め詳しくお話いたしたいので、別室まで移動願います」


 とレイシアたちを応接室へ案内した。



「ヒラタの冒険者ギルド長のニール・ドルだ。え~と、冒険者が三人? 三人の関係は?」


 レイシアはカテーシーを決めて自己紹介を始めた。


「私はレイシア・ターナー。ターナー領の領主の娘ですわ。現在は王都で貴族学園に通っております。学年は二年生です。こちらのサチと、もう一人ポエムというオヤマー家のメイドの三人でブラックキャッツというパーティを組んでいますの。もともとサチと二人組でしたし、その頃からCランクパーティでしたわ」


 ギルド長と受付嬢は、((領主の娘? マジか!))と心の中で思った。


「私はレイシア様の侍従メイドのサチです。レイシア様とブラックキャッツとして活動しております。二人とも、個人でもCランクですね」


「俺は、ターナー子爵家に雇われている料理長のサムだ。食材狩るために冒険者登録したんだが、いつの間にかCランクになっていたな。レイシア嬢ちゃんには、俺が動物の狩り方を教え込んだ」


「私はターナー家のメイド長を仰せつかっております、キクリと申します」


「全員、子爵家の関係者ですか」


「「「はい」」」


 ギルド長は頭を抱えた。冒険者に身分は関係ない。実力通りでないとすぐに死に直結するためだ。それにCランク以上の冒険者は兵役が免除される。その代わり、街や人民に被害が起きた時や緊急事案の時には、ギルドから緊急依頼が課せられる。よほどのことがない限り、受けなければいけない。治安を守るためのルールだ。


 しかし、目の前にいるのは豪華なドレスを着た未成年の子爵令嬢と、メイド服のうら若き美女。子爵家に雇われている料理長。

 ギルド長の立場としては他の冒険者と平等に扱わなければいけないが、個人的には関わりたくない。関わりたくないが仕事は放棄できない。やっと来たCランク冒険者に緊急依頼を引き受けてもらわないと……。しかし、ご令嬢に何かあったら……。

 

ギルド長は覚悟を決めて今起こっていることを話した。


「去年の終わり、12月10日に大嵐があったんだ。嵐は5日間続いた。港が荒れたので、冒険者ギルドに復興のための依頼がたくさん舞い込んだんだ。ここヒラタにも依頼が来たよ。冒険者どもは大喜びさ、なにせ仕事が少ない冬場だ。近隣の街から大勢の冒険者がサカの街に向かったんだ」


「それで、冒険者が少ないのですね」


「はい。でもそこまではよかったんだ。ギルドとしても、冬場の収入源は大切だからな、どんどん送り出したんだよ。しかし、年が明けた1月2日。新年で休みの港にクラーケン巨大な蛸が現れたんだ。嵐で沖から流されてきたようだ」


「クラーケンか! あれは食材になる。淡泊な身が美味いぞ」


「食べるのか⁈ それが本当にでかいらしくてな。ゴミ拾いをしていた低ランクの冒険者が次々襲われた。サカの騎士団が対応したが、海の中から攻撃されると対処しづらく、怪我人が続出した。近隣の街の騎士団も応援に行ったし、高ランク冒険者に緊急依頼も出て今現在対処している所だ」


「では、私達もCランク冒険者としてサカに向かえばいいのですね」


 レイシアがそう言うと、ギルド長が横に首を振った。


「いいや、問題は冒険者と騎士のほとんどが魔物退治に駆り出された結果、街道に盗賊団が出没したことだ。バルド盗賊団という20人程のグループが、これをチャンスと街道近くに移動してきたんだ。何台も馬車が襲われ、商人が何人も殺された。今商人はこの町に足止めされている。何人かの冒険者が盗賊に向かって行ったが帰ってこない。おそらくやられたんだろう。今緊急依頼は二つ出ている。魔物クラーケンの退治と盗賊団の壊滅。まずは盗賊団の壊滅なんだが……。かなり危険な案件だ。はっきり言えば、子爵のお嬢様に受けさせる案件じゃない。だが、冒険者ギルドとしては受けてもらわないと困る。身分で贔屓はできんからな」


 そう言うと、ギルド長はレイシアたちに向かってこう言った。


「あんたら、冒険者辞めないか? 今辞めてくれたら、緊急依頼を出さなくて済む。子爵のご令嬢が盗賊に殺されたなどなったら、大問題にならないか? ギルド長として最低なことを言っているのは分かる。しかし、みすみす殺されるのを見逃すわけにはいかないんだ。冒険者なんかしなくても生活困らないんだろう。命を大切にしてくれ」


 ギルド長は必死にお願いした。貴族相手を相手にするなどと言うリスクの大きい案件。どのみち最適解がないのなら、よりリスクの少ない方は冒険者を辞めさせること。命令出して死なれたら立場どころか自分の命がどうなるか。


 しかし、レイシアは断った。困っている人を助けなければいけないと言い切ったのだった。


「レイシア様。盗賊といえども人間です。レイシア様は人を殺めるご覚悟はございますか?」


 メイド長が真剣な顔で聞いた。


「サチ、あなたもレイシア様を守るため、盗賊どもを殺害する覚悟はありますか? 半端な覚悟ではいけませんよ」


「そうだな。嬢ちゃんたちは魔物とはさんざん戦ってきたが、対人の命のやり取りはしたことがないな。盗賊20人となると下手な同情心など持ったら危険だ。危険どころか足手まといにしかならねえな」


「放っておいたらどうなります?」


 ギルド長は黙った。代わりに料理長が答えた。


「ヒラタくらいの街だと、物流が止まれば食料が不足するな。今は冬場だから保存食が無くなるまでは堪えられるだろうが、食堂とかはそろそろヤバいんじゃないか? できる冒険者がいないから新鮮な肉は手に入らねえ。商人が無理して移動すれば被害者が増える。移動しなければ、盗賊は小さな町を襲うようになるかもな。ヤバいのは暴動か? 食料が減って経済活動が止まると暴動が起きるかもしれねえ。そうなれば、暴動に紛れて盗賊が街に入ってくる。あとは惨劇だな。ここの領主もただでは済まないだろうな。大勢が死ぬだろうよ」


 大げさではなく、簡単に予想できる程度でこれだ。都市はパニックに弱い。田舎育ちのレイシアには考えつかなかったことだ。


「そうなのですか? ギルド長」

「ああ。そうなるかもしれない。いや、サカのクラーケンが退治できれば……」


 希望だけでは現実問題は解決しない。


「どうしても、盗賊は排除しないといけませんね。サチ、覚悟を決めましょう」

「そうだねレイ。躊躇ちゅうちょして無関係な人が被害に合うのはだめだね」


 二人は起こるべき悲劇を想像して、止めるには覚悟が必要だと自覚した。


「よい顔つきになりましたねサチ。レイシア様も」

「じゃあ、緊急依頼は俺たちが受けよう。ギルド長、持っている情報すべて出せ。これから作戦会議だ」


 受付嬢が地図と資料を用意した。ギルド総力を挙げて協力を惜しむことはなかった。


 決行は二日後。明日は準備に一日かけることになった。

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