孤児院の施設とカミヤ商会

 次の日、領主とカミヤが話し合っている間、クリシュは石鹸を中心とした孤児院の成果を見せようとレイシアと一緒に出掛けた。孤児院の近くには小屋が3つあり、そこで孤児たちが働いていた。


「お姉様。石鹸の改良は順調に進んでいます。石鹸作るために新鮮なボアの脂が必要なので、定期的にボアを孤児たちが狩るようになりました。そのため肉の供給が安定し、干し肉やソーセージの製造も孤児の仕事になったんですよ。ぬかも必要なので精米もしています。ですから、小屋も三棟建てたのです。石鹸工場せっけんこうばと精肉所、それから米の保管所ですね」


 ちょっといない間に孤児院の状況が凄いことになっている! レイシアは楽しそうにボアを解体している孤児たちを見ながら驚いていた。


「もちろん研究所は別です。石鹸班、料理班、それぞれ孤児院の一室を使って研究しています。最近は料理班では『おいしい内臓料理』を研究しているんですよ。内臓はすぐ悪くなるので、何とか保存と味を担保して売り物にできないか考えているみたいです。孤児たちは内臓料理が大好きですから」


 レイシアがついて行けない状況。想像していたことでは収まり切れない。


「お姉様のおかげで、法衣貴族の勉強を僕が教えなくてもよくなりましたので、

思う存分孤児たちとやりたいことができるようになったのです。ありがとうございます、お姉様」


 クリシュのやりたい放題は、それを実現させてしまう孤児たちの才覚と、師匠バリュー神父の適切な指導というかヤバめのアイデアによりとんでもないことになっていた。


「あと2つは小屋を増設したいんです。食肉加工のアイデアがいい感じになっていますし。石鹸はなんとか高値で取引したいですよね。かなり品質は高くなりましたよ。後で確かめて下さいね」


 にこにこと報告するクリシュ。やっと状況に慣れてきたレイシアは、「では、食品開発から案内してね、クリシュ」と今度は好奇心いっぱいにクリシュに語りかけた。



「砂糖は保存料になるの。もったいないとかいいから、もっと甘く味付けして見て。塩も増やしましょう。うん、このくらい濃い味付けにすれば、三日は保存期間伸びると思うの」


 レイシアは、学園で仕入れた様々な知識を駆使くししながら、内臓料理の研究を手助けし始めた。孤児たちもメモを取りながら分量を変え、実験を始めた。


「塩と砂糖と蒸留酒。これらは保存食の基本よ。あとはどれだけ水分を抜くか、ね。そうね。お酒の使い方も研究して見て。子供が作っているからって、神父様お酒を使わせなかったのね。あなた達は食べてはダメだけど、売り物としてはお酒に漬けた保存食を考えた方がいいわ。そうね、油に漬け込むのもありだわ」


レイシアの暴走が止まらない。今度はクリシュが面食らっていた。


「レイシア。いきなりやり過ぎはいけないですよ」


 神父がレイシアを見て止めに入った。


「お帰り、レイシア。相変わらず夢中になると止まりませんね」

「ただいま神父様。先生もクリシュとやりたい放題していたみたいですね。私も混ざりたかったです」


 マッドな師弟はお互いに顔を見合わせ笑いあった。


「驚いたでしょう。クリシュが先頭に立って孤児院の仕事を改革したのですよ。小屋も一棟目こそ大工に頼んで子供たちが手伝ったのですが、二棟目からは子供たちだけで建てられるようになりました。何人か大工の棟梁が孤児を引き取っていきましたよ。何人か仕事に興味を持った子がいたのでね。そのまま弟子入りしました」


 小屋まで立ててしまう孤児たち。獣を狩り、解体調理、保存食まで作り、石鹸も作る。もう村一つくらい作れそうな勢いになっている孤児たちは、今日も元気に勉強と仕事をこなしている。

 その事に何の疑問も持たない神父とレイシアとクリシュは次々とアイデアを出しあったのだった。その後、改良した石鹸の効果を試すためにレイシアとサチは温泉に向かった。ポエムはレイシアを送り届けるまでが仕事。今は休暇を楽しんでいる。温泉でポエムにあったので、石鹸を使ってもらった。


「なんですかこの石鹼。従来品の何倍も使いやすくて汚れが取れます」


 ポエムが驚いて声をあげた。レイシアもできの良さに満足していた。


「クリシュ頑張ったみたいね。これなら特許も取れそうね」


 温泉から上がり、孤児院で昼食を取った後ドレスに着替えるため館に戻った。これからカミヤ商会の皆様を孤児院に案内するためだ。石鹸をはじめとする孤児院の商品をどうやって売り込もうかと、レイシアは戦略を立て始めた。



 孤児院の作業場を見たヒビ・カミヤは言葉を失った。食品工場でもこれほどの清潔さを保っているところなど皆無だ。孤児が生活のために作っている商品と聞いていたのだが、予想をすべて裏切られた。もちろん良い方向に。


「掃除が上手なのは孤児院の伝統ですのよ。私も孤児院で掃除を習いましたもの」


 レイシアがそう言うとサチが無言でうなずく。目の前にはハム、ソーセージ、干し肉などの商品価値の高そうな保存食。それとみたこともない料理たち。


「ご試食いかがですか?」


 レイシアが食べるように勧める。カミヤたちは見慣れたソーセージなどから手を付けた。


「うまい」

「おいしい」


 口々にほめ讃える言葉があがる。レイシアの絶品レシピに慣れた孤児院の子供たちは、干し肉一つとっても手を抜くことなく、あくなき探求心で商品のクオリティを上げ続けていたのだった。


「そちらもどうぞ」


 レイシアが内臓料理を勧めた。見たことのない串焼きを手にし、カミヤは恐るおそる肉らしきものを口にした。


「……なんだこれは? うまい!」


「それはボアの心臓ですね。こちらもどうぞ」

「……これはまた……独特の歯ごたえが心地よい」

「それは舌ですよ」


 そんな風に、肝臓、小腸、胃など各部位を串焼きにし説明を加えながら味わわせた。


「こんな料理初めて食べたよ。これは商品化できるものなのか?」


「今これらの部位を使った保存食を開発している所ですわ」

「では、商品化した暁にはぜひ我々にお任せください。これは売れる!」


「まあ。心強いお言葉、ありがとうございます。こちらの干し肉やハムはいかがでしょうか」


「もちろん最高級品として高めに仕入れさせて頂こう。金額は領主と相談させてもらおう」

「お父様と? 私も混ざりますわ」


 レイシアは、人のいいお父様が安く契約しそうだと思い、割り込むことにした。その意図を理解したカミヤは慌てて答えた。


「大丈夫です。買いたたくような真似はいたしませんよ。レイシア様を敵に回したくはありませんから」

「まあ。会長ったら」


「「ははははは」」


 商人らしい間合いで笑い合う二人を、クリシュとサチは不思議そうに見ていた。


 その後石鹸工場を見せ、新しい石鹸の説明を行い、館の風呂にレイシアがお湯を張って石鹸で体と髪を洗わせた。

 真冬に温かいお風呂。それによく溶け垢も油も良く取れる石鹸。カミヤ商会の人たちは感動しっぱなしだった。


「レイシア様! 水浴びをお湯で行うとはなんという発想なのですか! それにこの石鹸。この新しい石鹸は、水でも同じ効果が出るのでしょうか」


「石鹸は、お湯の方が効果は高くなります。材料が油ですから。ですが水でも従来の石鹸より汚れが落ちますわ。今は寒いのでお湯に致しましたけれども、手を洗う時にでも比べてみて下さい」


 ヒビ・カミヤは、まだまだ自分たちの知らないものがこの領地にはあるのではないかと、帰りの日程を伸ばすことにした。


「レイシア様。この領に来たことは、私共カミヤ商会の転機になることでしょう。出来る限りレイシア様に良い条件で取引させて頂きます。これからもカミヤ商会をご贔屓にお願いいたします」


 そういってレイシアに跪いたのだった。商人として最高の礼を尽くされたレイシアは「お父様に」といったのだが、


「いえ、私共はレイシア様に忠誠を誓います」


とダメ押しされたのだった。

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